二幕五場 「そういうの、たらしって言うんですよ?」
「………一体、どういうことなのですか?」
巨大トレントが消滅し、急に開けた空間になったところへ、カヤがやってきた。
世話役の女エルフ達はついてきていない。何が起こったのか、彼女達も戸惑っているようだ。
「どうと言われても、見た通りだ」
師匠が答えるが、当然それで納得できるわけもない。
「トレントは、どうなったのです? それに、宝珠は? 宝珠はどこにいったのですか!?」
「う~ん、恐らくだが、トレントと一緒に消えてしまったなぁ。あれで結構結びつきが強かったみたいだな」
「消えてしまったって………、そんな。どうしてくれるんですかっ!?」
「どうしようもないな、消えてしまったもんは」
師匠にそう言われて、その場でへたり込むカヤ。
リホはその姿をバツの悪そうな顔でそっと見ていた。
この場にいる者の中で、何が起こったのかを正しく把握できているのはリホだけだ。
他の者は、今目の前で起きたことが何なのか、まるで理解できていなかった。
それはそうだろう。
リホとサヤのところへトレントが枝を振り下ろした瞬間、その横に突然師匠が現れて、枝がぶつかると見えたと同時に、砂が風に散るかのようにトレントが消えていったのだ。
一部始終を全て見ていても、何が起こったのか理解はできないだろう。
リホはその様子を見てはいなかったが、状況から何が起こったのかはすぐに察した。
(あぁ~、また師匠がやっちゃったのかぁ……。しかも、宝珠まで一緒に……)
流石に宝珠まで消す気は師匠にはなかったと思うが、その割には当の師匠はしれっとしている。
「宝珠が無くなって、森の様子はどうなった?」
「………変な感覚は無くなっています。恐らく宝珠が消えたことで、森全体に及んでいた魔力の異常が元に戻ったのでしょう」
カヤは森の様子を探ってみた。先ほどまで凄まじい勢いで渦巻いていた異常な魔力が、今は綺麗に消えている。
「なら良かったんじゃないか?」
「良くはありませんっ。森に掛けられていた術まで消えてしまっては、わたくしたちはこれからどうやって暮らしていけばいいんですかっ」
「別に、普通に暮らしていけばいいんじゃないか?」
(ちょっと、師匠? 何言ってるんですか?)
リホは声に出さずに盛大に突っ込んだ。
「普通にって………、わたくしたちはハイエルフです。これまでわたくしたちだけで森の中で平穏に暮らしてきたんです。それが………」
「だったら、これからは森の外の連中ともうまくやっていけばいいだけだろ?」
「そんな簡単にいきますかっ! わたくしたちエルフは、かつてヒト族との争いを避けて、森の中を選んだんですよ!?」
「それが間違いなんだよ。大体お前たちエルフは、ヒト族との争いって言ってるが、実際に争いまで発展したのなんて、ほんのごく一部だけだろう? 残りは自分達からとっとと森だの渓谷だの岩山だのへ、逃げ出していったんじゃないか」
師匠にそう詰められて、カヤはぐっと押し黙る。
確かに、リホの一族に伝わる話では、ヒト族との争いを避けて森へ移り住んだ、とあった。
ヒト族と実際に争った、という伝承はない。
「お前らは、いつも周りを見下しすぎなんだよ。もうちょっと周りのことを見て、真っ直ぐに判断してやれば、一緒にやっていくのはそんなに困難じゃないと思うぞ? 今回のことを見てもな」
そういって師匠はリホを指さす。
リホはサヤを助け起こし、集まってきた戦士達と言葉を交わしている。
何が起きたのか説明してほしいエルフ達に詰め寄られて、ちょっと困った様子でもあるが。
「宝珠がなきゃ村を、森を守れない、って訳じゃないだろう。宝珠があっても無くても、みんなを守りたいっていう気持ちは変わらないだろ? それがあれば、どうとでもやっていけるさ」
「……………そうでしょうか?」
「この森に一番近い街の連中は、みな気のいい奴らばかりだ。森の中でキノコを採っている奴もいるらしいしな。鉱石が特産品だから、森の物と交換を持ち掛ければ、互いにいい商売になるんじゃないか?」
師匠はカルドの街のことを持ち出して、カヤに説明した。
カルドは鉱山を抱えているが、それ以外の資源にはそれほど恵まれていない。
一方で森からの恵みを多く得られるエルフ達にとって、鉱物資源は貴重だった。
互いに足りないところを補い合えれば、良い関係が築けるかもしれない―――。
「やってみようよ、お姉ちゃん」
サヤが近付いてきた。
「あたしは、外の人たちと交流してみたい。その中で、村のみんなが幸せになれる方法を見つけていきたい。そのほうが絶対に、今よりも良くなる気がする」
サヤの目が輝いている。
いつの間にか、カヤの周りに皆が集まってきていた。
全員がカヤを注視している。期待とともに。
「……………みんなの気持ちは分かりました。まずは村へ帰りましょう。村の皆と相談しなければなりません」
カヤは静かにそう告げた。
「師匠、なんかうまく話まとめちゃってません?」
「んン? そんなことはないぞ」
「そうですかぁ? 宝珠消しちゃったこと、うやむやにしてませんかぁ?」
リホが師匠の痛いところを突こうとするが、師匠はどこ吹く風だ。
「それはそうと、師匠。なんでわたしがトレントを止められるって思ったんですか?」
「お前の棒には魔導卿が超高振動を付与していただろう? それで枝の攻撃を食い止めた時に、枝の動きが若干止まっただろう? だから、奴の幹に直接『気』を浸透させれば、その衝撃で止まるんじゃないか、ってね」
「………やっぱりそれって、完全に見込みでしたよね?」
「そうでもないさ。ある程度確証はあったよ。ただ実際にやってみなければ判らないことだからな」
「それでわたしに吶喊させたんですね」
「もう少し長いこと動きを止められると思ってたんだがな~」
師匠は容赦なかった。
「また今日から修業再開だな」
「き、今日からですかっ!?」
「当たり前だろう。なにサボる気でいるんだ?」
「ひいぃぃぃ~」
そんなリホと師匠のやりとりを、サヤが微笑みながら眺めていた。
その夜。
往路で野営した場所まで戻り、再度そこで一行は野営の陣を敷いた。
道中はトレント達の妨害もなく、他の魔物の襲撃もなかったため、体力的にも限界に近かった一行は、かなり楽に進むことができた。
野営地では師匠が発動した結界で見張りが不要、ということが分かっていたため、食事が済むと皆早々に寝入ってしまった。
リホだけは師匠から呼吸法の鍛錬を言いつかり、一人離れたところで長いこと呼吸を練っていたが、それも今は終わって、サヤの隣でくぅくぅ寝息を立てている。
師匠は相変わらず眠りもせずに、焚火の番をする形で座っていた。
焚火の周りでは、皆思い思いの場所で固まって眠り込んでいた。
焚火の爆ぜる音が時折するが、それ以外は静まり返っている。
「……ちょっとよろしいですか?」
そういって、カヤが師匠の隣に腰を下ろした。
「どうした?」
「昼間、ちゃんとお礼が言えてなかったので。改めて、今回のこと、あなたとリホさんにお礼を申し上げます」
そういってカヤは姿勢を正して頭を下げた。
「別に頭を下げられるようなことはしていないよ。こっちは元々森の異常を調べに来ていたんだ。ただそれだけのことだ」
「それでも、サヤを助けていただきました。他の者たちも、わたくしも、助けていただきました。村の者たちも食人鬼から救っていただきました。その全てに感謝いたします」
「随分とまた仰々しいな。お前さんももう少し柔らかくなった方がいいと思うぞ。妹みたいにな」
「………わたくしはサヤとは違いますから」
「そうか? 根は同じようなもんだと思うぞ。顔も良く似ているし」
「そうでしょうか」
「ああ、二人ともかわいい顔してるよ」
途端にカヤの顔が真っ赤に染まった。
「そ、そんな、かわいいだなんて……、なんてことを言うんですかっ」
「言われて困るもんでもないだろうに」
「そ、そんなことはありません! もう、わたくしは寝ます!」
そういってカヤは立ち上がると、反対側へ行って焚火に背を向けて寝てしまった。
「やれやれ、なんだかなぁ」
師匠はひとり呟いて、その姿を見やっていた。




