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二幕四場 「もしかして、またですか?」




「止まった………?」


 カヤが信じられないものを見るように、動きを止めた巨大トレントを凝視していた。


「……信じられない……」


 サヤも驚いて目を見開いている。

 召喚した火蜥蜴(サラマンダー)はいずれもトレントの枝に撃墜されてしまい、術の反動で一気に体に疲労感が襲ってきていたが、それどころではなかった。

 エルフの戦士たちも、目の前で起きたことが理解できず、呆然と立ち尽くしている。


「おい、今だぞ? 宝珠を取り返すのは」


 師匠がそう声を掛けた。

 その声を聞いて反射的に動き出す戦士達。

 動きを止めたトレントの根を切り開いて、宝珠へ肉薄する。

 やがて、細かい根に覆われた宝珠に手が届くまでに接近し、これを取り出そうとした時。


「ぐあぁぁぁぁ~」


 宝珠に触れたエルフが、その手を押さえて苦しみだした。

 見ると、宝珠に触れた手の、肘から先が赤黒く変色している。


「直接宝珠に触れるなっ! 剣でこじり出せ!」


 ベラルが他の戦士達に指示を飛ばす。それを聞いた者たちは、残りの根を切り裂いて、そのまま剣で宝珠を掘り出そうと試みた。


「あの状態では、宝珠に触れるのは他の者には無理です。わたくしたちでなければ」


 カヤが状況を見てそう判断する。


「いいえ、危険です。カヤ様が近づくなど」


 周りを固める世話役のエルフ達が、そう言ってカヤを止める。

 トレントがいつ動き始めるか分からない今の状況では、それもやむを得ない。


「じゃあ、ここは私の出番ね」


 そう言ってサヤが前に出ようとした。


「サヤ、あなた……」

「心配しないで。みんなもいるし、リホさんだっているんだから。それよりも、あの宝珠をなんとかしないといけないでしょ?」


 そういうと、サヤはトレントに向かって走り出した。


「サヤ様っ!」


 心配して止めようとする戦士達をすり抜けるようにして、サヤはトレントに迫った。

 そして、既に剥き出しになっている宝珠へ手を伸ばすと、両手でしっかりと挟み込んだ。


「うっっっ―――」


 サヤの顔が苦痛に歪む。あれだけの邪気をまき散らしていた宝珠に直接触れているのだ。何も影響が出ない訳がない。


「―――あ、あともう少し………」


 サヤは必死になって宝珠を引き抜こうとする。

 宝珠からは凄まじい量の濁った魔力が、両の手を通じてどんどん流れ込もうとしてくる。

 それは単なる暴走というのではない、邪悪な意思を持ったかのような魔力の波だった。


「これさえどうにかできれば………、森が元通りに………」


 サヤは森の中での生活が退屈ではあったが、決して嫌っていた訳ではなかった。


 森に掛けられている術のおかげで、他のみなが安心して暮らしていけている。

 そのことも十分理解していたし、それを守る役割が自分達姉妹にあることも、分かっていた。


 それでも、自分とカヤをこの森に縛り付けているこの宝珠を、疎ましく思ったことがなかったわけではない。

『宝珠を守る義務さえなければ…・・・』そう思ったことはこれまで一度や二度ではなかった。


 姉が亡き父の跡を継いで族長を引き受けた時も、それに甘えて、自分だけ好き勝手に生きる道を選ぶことはできなかった。


 二人で宝珠を守ることが自分たちに課せられた使命。

 そう自分に言い聞かせてきた。


 だからこそ、今ここで、森の異変の元凶かもしれない宝珠の異常を、自分がなんとかしなければならない。


「私が………、助ける………」


 サヤは更に両腕に力を込めて、一気に宝珠を引き抜こうとする。


 その時。


『ビクンッ』


 トレントの幹が脈打った。


 サヤが顔を上げると、震えながら枝を両腕のように持ち上げていくトレントの姿が見えた。


「オォォォォォ~~~~~~~!!!」


 トレントが吼えた。

 トレントの幹のすぐ横にいたリホはハッと気づいて、その動きを追う。


「サヤっ!」

「サヤ様!」


 カヤと戦士達の叫び声が重なる。


「っ!? 手が、離れない………」


 サヤは宝珠を掴んだ手を引き剥がそうとしたが、掌が宝珠に張り付いたまま動かない。

 そして宝珠は相変わらず、トレントの根元から引き抜けないのだ。


「危ないっっっ!」


 カヤが悲鳴を上げた。


 そこからの光景は、リホの目にはまるでゆっくりと進むコマ送りの紙芝居のように映った。


 トレントが繰り出した枝の攻撃。

 トレントの暴れる根になぎ倒される、戦士たち。

 リホが身を挺してサヤを庇う形で上から覆い被さる。

 サヤはまだ諦めずに腕を引き抜こうとしている。

 頭上から迫りくるトレントの枝。

 サヤを抱きしめ身を伏せるリホ。


 そして―――。


「…………?」


 リホはいつまで経っても自分の体を潰しに来ない、トレントの枝のことを不審に思って、そっと顔を上げた。


 視線の先には、呆然と空を見上げるカヤの姿がある。

 周りの世話役たちも同じように呆けている。


 リホはゆっくりとトレントの方へ顔を向けた。


 そこにあったのは。


 何食わぬ顔で立っている、師匠の横顔だった。


「………師匠?」

「………まぁ、そういうことだ」

「助けてくれたんですか?」

「お前だけじゃない。そこのエルフの妹もな」


 そう言われて、リホは自分の下敷きになっている形のサヤを思い出した。


「っ!? サヤさん、大丈夫ですかっ?」


「……………………ない」


 サヤがポツリといった。


「えっ?」

「ない…………なくなってるの……」


 リホはサヤをじっと見る。そこで気づいた。


「宝珠がない! っていうか、トレントごとなくなっちゃった!?」




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