二幕四場 「わたしがそこまでやる義理はないと思うのはここだけの話」
宝珠はかつて、この森にエルフ達が移住を決めた際に、神殿を作りそこに収められたものだ。
一族に先祖代々伝わっていたそれは、周囲の精霊力と反応して、広範囲に影響を及ぼすものだった。
それを森の中で最も効果的な場所に神殿を作ってそこへ置き、自分達以外の存在、特にヒト族に対して森への侵入を拒むように術を掛けた。
宝珠は神殿から森全体へその力を作用させ、カヤ、サヤの一族の者が、代々宝珠の管理と新たな術の発動を担ってきた。
台座は宝珠を制御するための装置であり、宝珠を安定させるものでもあった。
それが今、巨大トレントの根元に取り込まれようとしている宝珠を見ると、そこから溢れ出している狂った魔力が台座からひしひしと伝わってくるのだ。
「宝珠が狂ってる? どういうことだ?」
師匠が問い直した。師匠としてもこの状況は想定外だったらしい。
「はい、宝珠に語り掛けても応答がありません。感じるのは、のたうち回るような魔力の暴走です」
カヤが厳しい表情で答えた。
トレントは今も、自身に着いた火を消そうと躍起になって暴れまわっているが、それが収まってしまえば、もうどうすることもできない。
「はじめはあのトレントが宝珠の魔力を取り込んで、それで暴走している、と考えてたんだけど、そもそも宝珠の魔力自体が狂ってしまって、それを取り込んだトレントも暴走している、というのが本当みたい」
サヤも同様に厳しい顔でトレントを見つめる。
宝珠の力でトレントを抑え込み、併せて森の異変も解決しよう、と考えていた側としては、この状況は思ってもいなかった異常事態だ。
「なぜ、宝珠があんな状態に………、あのトレントの影響でしょうか」
カヤが誰に聞くともなく呟くが、当然誰もその答えは持っていない。周りの世話役たちもどうしていいかわからずにいる。
「これでは、宝珠を取り戻しても、森が元に戻ることは………、いったい、どうすれば………」
「こういうときはな、できることからやればいいんだ」
打つ手が無くなって途方に暮れているカヤに、師匠がそう言った。
「できることって………、わたくしたちに何ができるのでしょう」
「まずは宝珠を取り戻すことだな。宝珠の状態がどうのというのは、手元に取り返してから考えればいい。宝珠を取り除けば、あのトレントも何か変化があるかもしれんぞ?」
確かに宝珠を取り込んだことでトレントが暴走しているのであれば、宝珠から引き離すことで、今の状態から変化があるかもしれない。
「ここからはそっちに切り替えて、戦士どもの援護をしてやるのはどうだ? ウチのもまだやれてるしな」
そういって師匠が示した先では、のたうち回るトレントの隙をついて、残っている枝も打ち払おうと奮戦しているリホやベラルたちの姿があった。
「……分かりました。そうしましょう。どのみち、それしかないですね」
カヤはそう言って心を決めたようだった。宝珠を取り戻す、となれば、根元に攻め込んでいる戦士たちの負担は更に増す。
それでも、やらないわけにはいかなかった。
「みんな、聞いてください! トレントに取り込まれた宝珠を取り戻します! こちらから精霊の加護を最大に付与しますから、何とか取り戻してください!」
カヤが全員に向かって大きな声で指示を出した。それを見て師匠はちょっと意外そうな顔をした。カヤがこんな大声を出すとは思っていなかったのだろう。
「お前たち、カヤ様、サヤ様から付与を頂いたら、一気に突っ込むぞ!」
戦士たちは気勢を上げる。エルフ達はカヤのいつにない強い姿勢に感じ入るものがあったようだ。
(わ、わたしは、どうすればいいの? そろそろしんどくなってきたんだけど……)
リホは段々溜まってくる疲労を感じて、棒を振う勢いも少しずつ鈍くなってきていた。
ちょっと助けを求める気持ちも込めて師匠を見ると、何故か手招きしている師匠が見えた。
リホはタイミングを見計らって、トレントから大きく飛び退き、師匠の元へ走った。
「はぁ、はぁ、……どうしたんですか?」
「ちょっといいか?」
師匠はそう言ってリホをカヤたちから少し離れたところへ引っ張る。
「お前、そこで『気』の練りを高めろ。それで、十分高まったら、トレントに掌底でぶち込んでやれ」
「『気』を、ですか?」
「そうだ。お前の棒、トレントの攻撃を受け止めていただろう? それだけでなく、受けた瞬間、枝の動きが若干止まっていたはずだ。その原理で行けば、『気』の浸透で動きを止められるかもしれん」
リホは先ほどまでのトレントとの攻防を思い返してみた。確かに師匠の言うとおり、棒で枝を受けた時に、その動きが幾分弱まった感じはするが……。
「かもしれない、なんですか? それじゃあ、止まらなかったらどうするんですか!?」
「離れればいいだろう? まあ、何も効かないってことはないと思うぞ? あればそれは、お前の力不足だ」
師匠は血も涙もないひとだ。リホは心からそう感じた。
「チャンスはエルフどもが作ってくれるから、お前はしっかりと『気』を練っておけ」
「……わかりましたよ、やればいいんでしょう」
師匠の無茶ぶりは今に始まったことではないので、リホは諦めて『気』の練りに入る。
その様子を何とも言えない表情で見ていたカヤは、それを興味深そうに見ていたサヤと目があった。
カヤはさっと視線を外して、エルフの戦士たちの戦いぶりを見つめ直していたが、サヤはそのままリホの様子を観察していた。
「おい、この後ウチのが吶喊するから、そのタイミングを上手く作ってくれ」
師匠がカヤに声を掛ける。
「えっ、吶喊ですか? ……分かりました。それに合わせて指示を出します」
カヤが少し慌てた表情で答えた。師匠が自分の所へ来るとは思っていなかったようだ。
「じゃあわたしがちょっとそれまで攪乱させておくね」
そういってサヤが新たな術の発動に入った。
サヤの正面に術式が浮かび上がる。
「―――サラマンダーよ、我の呼びかけに応えよ!」
飛び出してきたのは2体の火蜥蜴だった。
火蜥蜴はトレントの周りを飛び回り、その動きを牽制している。
本来森の種族であるハイエルフが、火の精霊術を用いることは珍しいことだ。
そのためもあるのか、呼び出せたのは2体だけで、飛び回る以外に大した攻撃ができるわけではなかった。
それでも、火を苦手とするトレントにとっては、厄介極まりない相手であり、火蜥蜴を撃ち落とそうと躍起になって、足元のエルフ達への対応が疎かになってしまっていた。
エルフの戦士達は、これ幸いにトレントへの攻撃を強め、各々根元に切りかかって宝珠へ迫っていたが、根の動きも中々に激しく、直接宝珠にたどり着けてはいなかった。
そんな中。
「――――師匠、行けます!」
『気』が練りあがったリホがそう叫んだ。
「みんな、リホさんが突っ込みます! 場所を空けて!」
カヤが指示を飛ばす。
それを聞いた戦士たちは一か所だけ空間を空けるように移動して、トレントの牽制に入った。
「行きますっ!」
リホは大きく息を継ぐと、一気にトレントの根元に飛び込んだ。
エルフ達が空けてくれた場所は、トレントの最も太い根があるところ。
そこへ掌底を当て、同時に練り上げた『気』を叩き込んだ。
「はあぁぁぁぁぁぁっ!!」
その瞬間、トレントの幹全体が細かい振動に包まれた。
そしてそれが枝の先まで震わせたあと、トレントはピタリとその動きを止めたのだった。




