二幕四場 「あ、やっぱいいです、師匠の手伝いは」
巨大トレントの根元、人間で言ったら足の付け根にあたるところの奥に、時折チラッチラッと見える光。
それが、トレントに取り込まれようとしている宝珠の輝きだった。
その光景を見て、カヤは半ば絶望しかける。
「あ、あれでは、もう宝珠を元に戻すことは………」
「あ~、けっこう取り込まれちゃってるねぇ」
相変わらず呑気な師匠が答える。
「ここから、宝珠に働きかけるのは無理なのかい?」
「神殿の台座が残されていましたから、それを使えば出来なくはないですが、それでも今の状態のままだと難しいです」
代わりにサヤが答える。
どうやら本来は宝珠が台座においてあり、その状態で台座を通じて宝珠に術を流し込むらしいが、離れていてもある程度は作用が及ぶらしい。
ただ、今のようにトレントに大部分を取り込まれていると、その作用もほとんど届かないということだ。
「じゃあ、あれをどうにかして取り戻すしかないな」
師匠が変わらない様子でそう伝える。
目の前ではリホがトレント相手に大立ち回りを演じている。
「そんな……、あそこまで取り込まれていては、もう打つ手が……」
「我らが行きますっ!」
トレントの注意が削がれて体が動くようになったエルフの戦士たちが、カヤの周りに集まった。
「私とサインでリホ殿の援護に回ります。そこでトレントの注意をより引き付けて、残りの面子で根元側から攻撃をして、なんとか宝珠を取り返します」
森でトレントの追撃を振り切ったときに、リホと一緒に殿を務めたベラルがカヤに進言した。
確かに、それが今一番宝珠を取り返せる可能性の高い作戦と思える。
しかしそれは同時に、トレントに最も肉薄して攻撃を加えなければならないということであり、危険度も極めて高かった。
「それではあなた達が危険すぎます」
「それは覚悟の上です。リホ殿がああして身を挺して我らを守ってくれている今、我らがそれ以上の働きをしなければ、ハイエルフ末代までの恥となりましょう」
戦士たちは皆一様に頷いた。
その決意の瞳に見つめられて、カヤは何も言い返せなくなってしまった。
そして、トレントの枝を撃退し続けているリホの姿を見る。
村に縁もゆかりもないものが、あれほど戦ってくれている―――。
「分かりました。それでは必ず宝珠を取り戻しましょう」
カヤは心を決めて、戦士たちに命を下す。
隣でサヤも深く頷いた。
作戦通りにエルフの戦士たちは二手に分かれた。ベラルとサインはリホの元へ駆けつけ、力を合わせてトレントからの攻撃を受け止め、さらに挑発を重ねていく。
トレントはそれに乗るように、いまや完全に体を神殿から離して、リホ達に狙いを定めていた。
その背後から、残りの戦士たちが隙をついて襲い掛かった。
攻撃に移る前に、サヤから防御用の精霊術を付与されたため、トレントの攻撃が体に当たらず逸れていく。
そのまま戦士たちはトレントに突っ込み、根元に対して激しく攻撃を始めた。
カヤとサヤは、世話役の女エルフに守られる形で神殿の跡に近付き、崩れずに残っていた台座に手をついた。
そこから術を発動して、トレント内部の宝珠に作用させようというのだが。
やはり宝珠の露出が少ないのか、カヤとサヤ二人がかりで術を発動させても、宝珠側へは届いていないようだった。
「まだダメ………もっと宝珠を近くに感じ取れないと……」
カヤとサヤも必死になって宝珠に働きかけているが、中々思うようにいかない。
正面では、リホとベラル、サインの三人がトレントと激しい攻防を繰り広げていた。
「ぐおっ!」
サインがトレントの枝の横払いをまともに食らって吹き飛んだ。
地面に転がったサインは意識はあるようだが、すぐには立ち上がれないようだった。
「!? 大丈夫か、サイン。しっかりしろ!」
ベラルがサインを気遣うが、トレントの攻撃が激しく、サインの元へ近寄ることができない。
(うぅ~~、このままじゃ埒があかないかも~。どうしても決め手に欠けちゃうんだよなぁ)
リホは内心ちょっと焦っていた。
巨大トレントの振り回す、人の太ももほどもある枝の鞭を、自身の棒で何とか食い止められているのはいいが、それ以上のことができていない。
負けはしないが、勝ち切ることもできない、といった感じか。
いや、体力のことを考えれば、ジリ貧で負けに向かっているとも言える。
(師匠がちょっと手伝ってくれるだけで、全然楽になるんだけどなぁ)
そう思って師匠のほうをチラ見したリホに、『収納袋』をなにやら漁っている師匠の姿が映った。
(なにを…………!? もしかして?)
リホの脳裏に、カルドの執政官の館であった出来事が蘇った。
あのとき師匠は、魔導卿から渡されたという何かで、そこら中を穴だらけにするような爆発を―――
「あ、あったあった。一個だけ残ってたか」
師匠がそう言って、『収納袋』から取り出したのは、何やら黒い筒状の物体。
片方の先端が少し出っ張っており、そこを師匠が指で押し込んだ。
「こうして、これで―――」
そういって師匠は、手にした黒い物体を巨大トレントのほうへひょいと放り投げた。
その黒い筒は、丁度とリホ達とトレントとの間くらいのところへ転がっていった。
咄嗟に嫌な予感がして、リホはベラルに叫ぶ。
「下がってくださいっ! 危ないですっ!」
ベラルは何のことか分からなかったが、リホの言葉を信じて、その場から後ろへ飛び退った。
リホもその場から飛び退き、まだ倒れこんでいるサインのほうへ駆け寄ったその時。
ドゴォォォォォォォン!!
凄まじい爆音と炎が巻き上がった。
後方から攻撃をしかけていた戦士たちも、この爆発に驚いたのと同時に、爆風に煽られて皆身を屈めることになったが、何より一番驚愕したのは巨大トレントだった。
自身が最も苦手とする炎が、いきなり目の前で吹き上がったのだ。
驚き、恐れ、燃え移った火をなんとかしようと、狂ったように枝を振り回し始めた。
それを見て、後方のエルフ達は絶好の好機とばかりに根元への攻撃を激しくした。
やがて数本の根が切り落とされ、宝珠の姿がより見えるようにまでになった。
「いけるかもっ」
そういってサヤは再度宝珠への術を始動させる。
カヤは師匠の放った『何か』に驚き、暫くぼーっとしていたが、サヤの声を聞いて慌てて自分も術を掛け始めた。
「…………」
「…………」
二人の魔力がどんどん高まっていき、台座全体が淡く光り始めた。
「おっ、いけそうか?」
師匠が二人のそんな姿を眺めていたのだが。
「「……………………!?」」
カヤとサヤが驚いたように顔を上げた。
「こ、これは…………」
カヤの額に汗が滲む。
「どうしたんだ?」
師匠が尋ねるが返事がない。
やがてサヤが言葉を返した。
「…………宝珠が、狂っています。あれでは、元に戻すことはできない……」




