二幕四場 「Move, Feel, then Think」
「神殿が………」
誰ともなく呟く。
あると思っていた宝珠の神殿は、今目の前で廃墟のようになってしまっている。
しかもその上には、これまで見たこともないような巨大なトレントがのしかかっている。
「こいつが、森の異変を……?」
サヤも目の前の光景が信じられない、といった感じで呟くが、それに応えるものはいない。
背後から迫っていたトレント達は、何故かこの空間までは枝を伸ばしてこないようだった。
すると、巨大トレントがこちらに気づいて幹に浮き出ている顔を向けてきた。
酷く捻じ曲がり、醜悪で怨念すら感じさせる顔。
その顔がこちらを向いた途端、一行は強烈な悪寒が全身に広がった。
「うっ、ううぅぅぅ~」
エルフ達は皆その場で蹲り、体を抱えて震えだしている。
カヤは急いで何かの術を掛けようとしていたが、自身も酷い状態なのか、中々思うように術を展開できないようだった。
「うぅぅわあぁぁぁぁ、し、師匠! わたしも気持ち悪いですぅ~」
リホはそう言ってその場でバタバタ足踏みした。森の中で『大周天』を行ったときに感じた、全身をまさぐられるような感じ。あれが強烈にきたのだ。
「『小周天』をしろ。逆に外からの流れに対して自分の中からの圧を高めるんだ」
師匠からの助言だ。リホはすぐに呼吸を整え始めた。
ゆっくりと息を吸い、自分の中の『気』の流れを整える。全身に『気』を巡らせ、外から入ってこようとするあの気持ち悪い感覚を、肌の外側で遮断する意識を持ち続けた。
「………あっ、なくなってきました」
「それを続けていろ。元々お前にはこの森の
異変はそんなに作用しないはずだ」
「どうしてですか?」
「おそらくだが、この森の異変は、魔力の高さに比例して影響が大きくなるんだろう。竜族が森で消えたのもそういうことだ。お前は魔力が極端に低いから、その影響は他のやつらよりよっぽど少ないはずだ」
そう言って師匠は地面に倒れこんでいるエルフ達を見つめた。
エルフ達は頭を抱えたり体を震わせたりして、皆倒れこんでいる。
何とかカヤが膝をついた姿勢で、術を掛けようとしているがうまくいかない。
すると、隣でサヤも上体を起こし、カヤに向かって言った。
「お姉ちゃんは、宝珠を何とかして! 宝珠を使えば、この異変も収められるわ!」
「宝珠……宝珠は一体どこに……?」
カヤは苦しい中必死になって廃墟然とした神殿の方を探るように見るが、一見したところでは宝珠は見当たらない。
「私がみんなを動けるようにするっ……」
そういって今度はサヤが術式を発動し始めた。
サヤも中々集中できずにいたが、何とか小さく術式を詠唱し始めることに成功した。
やがて一同が倒れている地面を囲うように術式が構築され、風の精霊術が発動した。
精霊が起こした結界によって、一行を苦しめていた邪気が少し弱まり、倒れていた者たちも体を起こし始めた。
「お姉ちゃん、今よ。こっちであのトレントの注意を引き付けるから、宝珠を探してっ」
サヤがそう言い放つと、エルフの戦士たちが何とか立ち上がり、それぞれ武器を構え始めた。
サヤの言うとおり、トレントに攻撃を仕掛けて、その注意を引こうというのだろう。
しかし、全員立ち上がるのがやっとの状態だ。
「おい、リホ。お前、あのトレントの姿勢をかえてこい」
だしぬけに師匠がとんでもないことを言い始めた。
「ふぁっ!? どういうことですかっ?」
「あいつ、神殿に覆い被さったまま動かないだろ? なんか、怪しいなと思ってな。位置を変えたら何か変化があるかもしれん」
「それでどうしてわたしなんですか?」
「今一番動けるのはお前だけだ」
そう言われてリホも周りを見回す。
確かに、真っ直ぐ立つのも難しい状態の戦士たちや、未だ蹲ったままの世話役たちに比べれば、先ほど『小周天』で気持ちの悪さを一掃できた自分のほうが動けるのは間違いない。
でもそうは言っても………。
リホの中に、どこかハイエルフに対するわだかまりがまだ残っていた。
村で食人鬼を撃退したときは、子どもが襲われるという状況で、何も考えずに体が動いた。
しかし改めてハイエルフのために戦え、と言われると、どうしても気持ちが躊躇してしまう。
彼らには何の罪もない。かつて自分と母親を迫害した村の同族たちとは違う。
そう思っても、どうしても拭えない違和感があるのだ。
「森の異変に、あのトレントと、見つからない宝珠が関わっている可能性は高い。それをなんとかするのはあの姉妹の役割だ。お前は、あの二人が何もできずにここで倒れていくのがいいか?」
師匠から厳しい一言が飛んだ。
「……そんな訳ないじゃないですか。ずるいですよ、師匠は。そんな風に言われたらわたし、やらざるを得ないですよ」
「それでいいんだよ。まずは動け。そして感じろ。考えるのはその後だ」
「なんなんですか、それ」
「とりあえずお前は俺の所有物だからな、それを忘れるな」
師匠にそう言われてしまっては、もう仕方ない。
リホは目を閉じて気持ちを整えた。
(わたしはどうしたい?)
(わたしはこれからどうしていきたい?)
(わたしはいま、なにをするのが一番いいの?)
リホの脳裏に、師匠のいつもの言葉がふっと浮かんだ。
『面白いからだ』
(わたしが、いま面白いとおもうこと………それは、ここでみんなを助けること!)
リホは決意の眼差しで目を開いた。
「行きますっ!!」
そう言ってリホは棒を回転させながら巨大トレントに撃ちかかっていった。
トレントは接近してきたリホを敵と認識したのか、太い枝による連続攻撃が絶え間なく飛んできた。
リホは一定の距離を取って、飛んでくる枝を全て打ち払っていく。
「さてと……、お前さんたちは大丈夫かい?」
師匠がカヤとサヤに声を掛けた。
「私たちは大丈夫です。さっきよりも体は動くようになりました」
どうやらリホへ注意が向いたことで、他のものが感じていた邪気が若干弱まったようだ。
「あいつがトレントの姿勢を変えたら神殿跡にもう少し近づけるか? それでなにか分かるかもしれんぞ」
「……やってみます」
カヤは意を決して頷くと、リホの様子を見守った。
隣ではサヤも同様にリホを見つめている。
リホは巨大トレントと一定の距離を保ちながら、少しずつその右側へ回り込むように場所を動いていた。
そうすることで、神殿の左後ろから抱え込むように覆い被さっていたトレントを、神殿から引き剝がそうという魂胆だ。
リホが悉くトレントの攻撃をいなしているうちに、トレントもそれに苛ついてきたのか、リホへ正対して攻撃を仕掛けるようになってきた。
そしてリホが太めの枝を大きく外へ弾くと、それに合わせてトレントが反対側の枝を飛ばしてきて、その結果トレントの根が神殿から浮き上がった。
それを見たカヤは素早く神殿まで距離を詰めて、その中をさらに注視したのだが。
「!? 宝珠が……ない?」
崩れた神殿の中に、宝珠の姿は見えなかった。
宝珠の大きさは子どもの頭程度もあるから、この距離ならば見落とすことはまずないはず。
肝心の宝珠が見当たらず、カヤは一気に焦りに囚われた。
「あ、あそこ! お姉ちゃん、あそこに宝珠が!」
サヤがそういって指さした先は、今しがたリホとの遣り合いで浮き上がったトレントの根の付け根あたり。
トレントは宝珠を自身の中に取り込もうとしていたのだった。




