二幕三場 「森、エルフ、ときたら次は…」
翌朝。
いつもの習慣でかなり早い時間に目が覚めたリホは、微かに聞こえてきた話し声に気づいて、体を起こすのを止めた。
「………あなた方は本当に竜王の部下ではないのですか?」
「関係者であることは認めるよ。あれの意見でここに来ることになったのは事実だからな」
「竜王を“あれ”呼ばわりですか……、その時点で、あなた方が普通の存在ではないということを、自ずから証明しているようなものですが」
声から、師匠とカヤが話しているらしい。
リホは何となく気になってそのまま寝たふりを続けた。
「しっかし、お前さんも大変だな。その歳でハイエルフの族長やってるなんて」
「……わたくしがいつ、いつあなたにわたくしの年齢を言いましたか?」
「言わなくても判るさ、お前さんも妹も、まだかなり若いだろう?」
「…………そうですね、否定はしません。わたくし達はたしかに、村の者たちと比べても若いほうです。でも、そのこととわたくし達の果たすべき役割とは関係はありません」
「それはそうなんだろうが、お前たちの親父さんがもし生きていたら、お前たち、今とはまた違った生き方をしていただろう、と思ってな」
「違った生き方………?」
「それがなんだかは判らないが、少なくとも今のお前さんは、やりたくて族長をやっているようには見えんな」
「そっ、そんなこと、あなたに言われる理由はありません!」
「それならそれでいいさ。ただ………」
そこで師匠は言葉を切った。
「面白いか、それ?」
リホは思わずガックリくるのを何とか抑えながら聞いていたが、一方で
(師匠はどこでも師匠だなぁ)
と思ってしまった。
「面白いかどうかの問題ではありません。わたくしには皆を守り導くという使命があるんです」
「守り、導くねぇ。果たしてそれが本当かな?」
「どういうことですか?」
「い~や、別に。気にしないでくれ。さて、こっちもそろそろ起こしにかかるか」
そういって師匠が近づいてくる音がした。
「おい、起きろ。朝の鍛錬だ」
「は、はいっ!」
リホは慌てて跳び起きた。
「鍛錬、ですか?」
カヤが不思議そうに訊いてくる。
「ああ。こいつはまだまだ未熟だからな。鍛錬は欠かせんよ」
カヤには、昨日見たリホの活躍ぶりが“未熟”とは到底思われなかった。
食人鬼や森林熊を一撃で倒しておいて、まだ未熟扱いとは。外の人間はどれだけの力を持っているのだろう。
エルフの戦士にも勿論強者はいるが、それでもリホの強さは決して軽視できるものではなく、むしろ同行している戦士たちには、若干ではあるが畏れられているほどだ。
それを“未熟”というのだから、この男はそれよりももっと強いのだろうか?
カヤは未だに見えてこない師匠の強さに、興味を惹かれた。
「わたくしもその鍛錬、見せていただくことはできますか?」
リホが呼吸法を始めようとしたところで、カヤからそう声を掛けられた。
「え、えっと~、……どうなんでしょう。師匠?」
「別にいいぞ。朝の鍛錬ならな」
朝は基本的に呼吸法の鍛錬で、傍から見ているだけでは何をしているのか、とんと理解できないものが殆どだ。
それでも、昨夜は夜の鍛錬を部外者に見せるのを嫌って行わなかったのだ。
てっきり鍛錬そのものをあまり見せないようにする、と思っていたリホは、師匠のこの対応がちょっと意外だった。
「『大周天』まで進めろ。そして、その時の感覚を教えろ」
師匠がそう指示を出してきた。
あぁ、そうか。森の異変を感じ取れ、ってこと?
リホは師匠の言わんとするところが分かって、すぐに呼吸法を取り始めた。
「これは、一体………」
「見てればわかる」
(見てわかるようなものではないでしょうに)
リホは心の中でそう突っ込んどいた。
やがて『大周天』に至り、リホにも周囲の『気』の流れが分かり始めた。
森に入る直前に比べて、森から受ける『気』の流れがより強く足裏に届いてくる。
だがそれは、以前よりもより明確に脈動し、不規則に変化する、異常な『気』の流れだった。
「どうだ?」
『大周天』の動きを一通り終えたリホに、師匠が訊いてくる。
「森の外で感じたよりも、もっと分かりやすかったですね。脈打つ感じとかも、すごい足に来ていましたし、あ、あと、流れてくる『気』自体もなんかおかしかったです。なんていうか、こう……」
リホはそこで少し考え込んだ。さっき自分が感じた『気』の違和感を、言語化するとしたら何だろう?
「………敵意? 邪気? そんな感じがしました」
「………邪気、ですか?」
カヤが訊いてくる。
「ええ、森の外、っていうか、他の場所ではそういうの感じなくて、力の流れだけが分かるんですけど、今感じたのは、流れの中にこちらに対する変な意識というか、……う~ん、やっぱり邪気というのが一番近いかなぁ」
「そうですか………」
カヤはそれを聞いて表情を曇らせた。何かを考えこんでいるようだ。
そうしているうちに、サヤや他のエルフ達も起き出してきた。
リホの鍛錬もそこで終了になり、一行は朝食の準備に取り掛かることになった。
一行は朝食を摂った後、宝珠の神殿に向けて進みを再開した。
小径は所々途切れそうになりながらも、森の中を奥へと続いている。
歩き始めてすぐには、大猪や緑虎が何匹か襲い掛かってきたが、エルフの戦士たちで対処できる程度で、道中は比較的穏やかに進むことができた。
「ね~、お姉ちゃん。朝、なに話していたの?」
サヤが隣を歩くカヤを突っついている。
常に周囲を警戒している周りの者たちと比べて、サヤはどこかお気楽な感じだ。
「なんのこと?」
「もう、惚けなくてもいいじゃん。あの人と話してたでしょ?」
そういってサヤは、少し後ろからついてくる師匠のほうをかるく振り向いた。
カヤもそれで察したようだった。
「別に大した話じゃないけど」
「ふ~ん、そうなんだ~」
「それよりも、リホさんが森の異変が強くなっている、と言っていました。森から“邪気”を感じると」
「邪気?」
「ええ。ですから、サヤも気を引き締めていてください。何があるかわかりませんよ?」
「ずいぶん信用してるのね?」
サヤが意地悪そうに返す。
「リホさんの実力は本物ですから。原理は分かりませんが、あれだけの力の持ち主の言うことを無視はできないでしょう」
カヤがきっぱりと言い返す。
「それに………、あなただって、感じているでしょう?」
声を潜めてカヤがサヤに囁いた。
「そうね。確かに変な感じがするわ。私たちの術の利きも薄くなってるみたい」
サヤも同様に声を潜めた。周囲のエルフ達に聞かれないように。
その時。
前方にいた戦士が慌てて二人の元へやってきた。
「道が、途切れております!」
「どういうことですか?」
「このすぐ先で、道が無くなっているのです」
「わたくしも確認します」
そういってカヤは戦士と共に、集団の先頭へ向かった。
その様子を見て、リホと師匠もその後ろからついていく。
「道が無くなったって、どういうことなんでしょうね?」
「さあな。森の中の道だから、そういうこともあるんじゃないかって気もするが……」
師匠はあまり気にしていない感じだ。
すぐに先頭のいる場所についた。
確かに、目の前には途中で途切れた道と、そこから先を塞ぐように立っている木が見える。
「これは………」
そういってカヤが目の前の木に近付いた瞬間。
「!? 危ないっ!」
そういってカヤの腕を掴んで後ろへ引き戻した世話役の女が、伸びてきた木の枝に体を絡めとられ、引き寄せられていった。
「きゃああああぁぁぁぁ」
「トレントだ! 周囲を警戒しろっ!」
エルフ達はすぐにカヤとサヤを囲むように展開し、自分たちの周囲に眼を光らせた。
リホもその場で周りを警戒しながら、『気』を探ってみる。
「………師匠、囲まれてませんか?」
「どうやら、そのようだな」




