二幕三場 「わたしが寝ている間に話進めないでもらえますか?」
前面の森林熊も危なげなく撃退し、リホ達一行が宝珠の神殿へと向かう小道に行き当たったのは、それからしばらく後のことだった。
陽はもうかなり傾いており、森の中は薄暗くなってきている。
「今日はここで野営をしましょう」
そういってカヤが指示を出すと、エルフ達はすぐに周辺の木々へ索敵用の仕掛けをしに回り始めた。
それを見て、リホも師匠にいつものように準備をしようと話しかけたのだが―――
「今日はあの家は使わんぞ?」
「どうしてですか?」
「あれはな、他のものに見せないでくれって、魔導卿から言われてるんだ」
確かに、リホと師匠の持っている『収納袋』だけでも、他の者たちからみたらとんでもない水準の術式が付与されているものだ。
その上、そこから一軒家を取り出した、なんてことになったら……。
「そうですか……、じゃあ、今夜は……?」
「連中と同じように野宿だな」
師匠はさらっと言うが、この旅に出てから、あの家の快適さにすっかり慣れてしまっていたリホには、今さら普通の冒険者のように野宿をするのが、些か憂鬱だった。
「ただ……、そうだな、結界だけはいつものを張らせてもらうか」
「いいんですか?」
「あれはな。魔道具として説明できる範疇だから、大丈夫らしいぞ?」
そういって、師匠はカヤの方へ近寄った。
カヤは仕掛けを掛け終えた戦士から報告を受けていたところだったが、近づいてきた師匠を凝視している。
「……なにか?」
どことなく態度がそっけない。
まあ、先ほどの戦闘時に、師匠は何も対応しなかったからなぁ。疑念を持たれても仕方ないか。
リホはそんな思いで二人のやり取りを見ていた。
「野営するにあたって、普段使っている結界用魔道具を貸し出そうと思ってな」
「結界用魔道具? そんなものがあるのですか?」
「ああ。これを使えば見張りも不要で朝までぐっすり寝ることができるぞ」
朝までぐっすり寝れる、と聞いて、周りのエルフ達の表情がピクリと明るくなった。
旅において、夜しっかり眠ることができるかどうか、というのは、旅全体の成否に関わるくらい重要な要素だ。
師匠の言葉をすぐに信用したわけではないが、思わず反応してしまうくらい、魅力的な内容だった。
「……それを信用してよろしいのですか?」
「俺たちが今こうして五体満足でいることが何よりの証拠だな。どうしても気になるなら、あいつに訊いてくれ」
そういって師匠はリホのほうへ顔を向けた。
カヤはそれを見てしばらく考えていたが、
「分かりました。貴方とリホさんを信用します。どうかその魔道具を私たちにも使わせてください」
そう申し出てきた。
その後、師匠が張った結界にエルフ達が驚愕し、敵に襲われないと分かった面々が徐々に緊張を解いて野営の準備を進めるのを、カヤも少し驚いた感じで眺めていた。
以前の自分だったら、こんなに簡単に申し出を受けることはなかったのに。
この得体のしれない男とその弟子のことを、こんなにすぐに信頼するようになったのは何故なのだろう?
あの男は魔物の撃退にも手を貸さなかったし、道中も特に何か役に立って訳ではない。
それでも、カヤは気づくと師匠の動きを目で追っていることに気が付いた。
特段何かをしている訳ではない。何を考えているのかもよく分からない。
でも、その行動を注視せざるを得ない何かがある――
「お姉ちゃん、なに見てるの?」
不意に後ろから声を掛けられた。
「っ、えっ、べ、別になにも………」
「ふぅ~ん」
サヤは何か言いたげな様子でカヤの前までやってきて、顔を覗き込んだ。
「な、なによ?」
「べつにぃ~」
サヤがちょっと意地わるそうに微笑む。
「誰を見ているのかなぁ~、と思って」
「みんなの様子を見守っていただけです」
「それならそれでいいけど?」
そういってサヤは食事の準備をしている世話役たちの方へ行ってしまった。
「……もう、ほんとに何なのかしら……」
カヤはそう一人で呟いて皆のことを改めて観察しはじめた。
夕食はエルフ達の持ってきた乾燥肉を戻したスープと、これまたエルフ達の固いビスケットで簡単に済ました。
これも、一軒家で『収納袋』から取り出した豪華な夕食に慣れていたリホには、久々ということもあり中々ハードな食事になった。
食後はいつもなら鍛錬を行うところなのだが、エルフ達もいる中で『武術』の技を見せることを師匠が嫌ったため、周りに気づかれない程度の呼吸法を行って『気』を練るだけにしておいた。
結界によって位相がずれているため、外の森の様子ははっきりとは分からないが、どうやら魔物が押しかけてきているようなことはなさそうだった。
焚火を囲んで、エルフ達が思い思いの場所で体を横たえている。
移動した距離は短かったが、魔物との戦闘もあり、カヤたち姉妹を守るという使命もあって、かなり緊張していたのだろう。
不要だとさんざん伝えたのだが、念のためといって交代で見張り役を立てることにして、それ以外のエルフ達は早々に眠りについたようだった。
リホも今日一日でそれなりの数の敵を倒し、自分で思っているより疲れていたようで、師匠の隣で横になるとすぐに寝息を立て始めた。
「ちょっと、いい?」
横にはなっていたが眠ってはいなかった師匠の横に、サヤがやってきた。
「どうした? 寝ないのか?」
「う~ん、あんまり眠くないのよね。昼間いろいろあったからかしら」
そう言ってサヤは師匠の隣に腰を下ろした。
「あなたは、寝ないの?」
「俺は眠くならない質なんでな。必要があるときだけ寝るんだ」
「ふ~ん、そんな人がいるのね。面白いわね、外の人って」
サヤは興味深そうに師匠を見た。
「お前たちは森の外に出ることはないのか?」
「滅多に出ないわね。必要なものは森で賄えるし、そもそも外の人間とあまり折り合いが良くなくて、森の中に引っ込んだんだしね」
「その割にはお前さんはそうでもなさそうだが?」
「そうねぇ。私は、森の中でずっと暮らしていくのに、ちょっと飽きてたっていうか」
サヤはそう言って周りのエルフ達を見やった。
「別にそれが悪いって言うんじゃないけど、なんかね。私達だけで孤立しているのって、ちょっと違うんじゃないかなって気がするの。ハイエルフが今の生活様式を変える必要はないと思うけど、外部との交流まで断っているのは、将来的に良くないかなって」
「姉も同じ意見か?」
「う~ん、どうだろう。お姉ちゃんは族長としてみんなを纏めなければならないし、軽はずみに外に出たい、なんて言うことはできないだろうから、本心はわからないかな?」
「お前さんはそれはいいのか? 外に出たがっても?」
「私は自由だから。立場上、大人しくしてなきゃいけないことが多いけど、縛られるのはまっぴらだわ」
そういってサヤは肩を竦めた。
「お姉ちゃんはねぇ、先代の族長だった父が亡くなったときに、自分には村のみんなを守る義務がある、って言って、自分のことよりも族長としての務めを最優先にしてきたの。私はそれを見てたから、すごいなぁって思うのと同時に、私にはああいう生き方は無理だなって思って」
持って生まれた性格の違いもあったのだろう。カヤは誰が見ても真面目で、少々堅物な感じもある一方、サヤは開放的でどちらかといえば奔放な性格だった。
「で、俺たちが現れたのを見て、自分も外に出たくなった、と」
師匠がさらっと図星をついた発言をした。
それを聞いたサヤはペロッと舌を出した。
「……やっぱりわかっちゃってた? 私が外に出たがってたこと」
「まあな」
「……いろいろと良く分かっているようね。でも……」
サヤは師匠の方を向いて、ニヤッとした。
「お姉ちゃんのことまでは分からないようね?」
「どういうことだ?」
「ふふふ、ひ・み・つ。私からはまだ教えないわ。もっともっと、楽しませてもらうもの。でも、いいこと?」
そういってサヤは師匠に指を突き付けた。
「お姉ちゃんのこと、悲しませたらダメだからね? それだけは守ってね?」
「よくわからんが、一応覚えておこう」
「……まあ、そういうんでしょうね、あなたは。何となく予想はついたけど……。それじゃあ、お休みなさい」
サヤはそういってカヤの隣に静かに戻っていった。




