二幕三場 「はい、熊殺しの称号もいただきました!」
あれからカヤ、サヤの族長姉妹と話し合って、結局リホと師匠は、ハイエルフの宝珠のある森の奥へと行くことになった。
同行するのは姉妹の他に、護衛として戦士団から6名、姉妹の世話役の女性たち4名。計14名の集団となった。
最初はもっと護衛の数を増やして……、と言っていたのだが、
「森の中で人数が増えると逆に足手まといになるぞ?」
という師匠の助言に従い、この人数となったのだ。
人数を絞ることにしぶしぶながら賛同したのには、先だっての食人鬼襲撃に際しての、リホの活躍があったのも大きかったようだ。
というか、戦士団の中には、リホが見せた棒術に対して露骨に怖れている者もいるようだった。
まあ、一撃で食人鬼の頭を吹き飛ばせば、それも仕方なかろう、とは師匠の言。
実際にはリホの腕前というわけではなく、魔導卿のトンデモ付与術式のせいなのであるが。
「では参りましょうか」
村の一番高い屋敷で精霊術を行っていたカヤが、付き添っていたサヤと一緒にやってきた。
村を離れるにあたって、村にかけている精霊術を再度掛けなおしたらしい。
これで約10日間は術の効果が続く上に、今回食人鬼の襲撃を受けて、村の周囲に防御の結界も張ったとのことだった。
カヤ曰く、村に侵入しようとするものに対して、精霊が迎撃するらしいのだが。
(じゃあ、わたしたちが帰ってきたときに、まだそれが効いていたら、どうなるんだろう?)
流石に術を掛けた本人であるカヤがいれば、どうとでもできるはずだとは思うのだが、何分精霊術に疎いリホにはそこまでは分からなかった。
出発する一行へ、村の人々が次々に声を掛けてくる。
「カヤ様、サヤ様、どうかお気をつけて……」
「くれぐれも無理無茶はなさらぬよう」
「お前達、しっかりとお守りするんだぞ?」
「無事を祈っております!」
沢山のエルフ達に囲まれて気遣われている姉妹の姿を見て、リホは少し複雑な気持ちになった。
自分や師匠に声を掛けてくるエルフはいない。
それは別に構わないのだが、自分と母親を村から追放同然の扱いにした、かつての同族たちのことを思い出すと、今目の前で繰り広げられている光景が、何か作り物のように感じてしまうところがあった。
(結局、エルフはエルフだけを尊重する……。それはいつでも、どこでも、変わらない……)
自分がハーフエルフであるといったら、ここにいる者たちはどんな反応をするのだろう?
きっとあの時と同じように蔑まれ、迫害されるのだろう。
それでも自分は、ハーフエルフであることを変えることはできない。これまでも、これからも―――。
ぺちんっ
リホは後頭部をしたたかに張り飛ばされた。
「っつ、痛ったぁ~~~」
「何ぽけ~っとしてるんだ?」
「叩くことないじゃないですかぁ。結構痛かったですよ?」
「ちゃんと『気』を練れていないから、そんな油断が生じるんだ。忘れたのか? 常時『気』を練っておくってことを」
そういえばエルフ達と遭遇する前に、そんなことを言われていた気もする。
「………分かりましたよ。―――ふう~~」
渋々ながら、でも自分にとって必要なことだと分かっているので、リホはしっかりと呼吸を整え始める。
そんなリホと師匠のやり取りを、離れたところから見つめている者がいた。
「………………」
それを横目でスッと確認したものも。
「………ふぅ~ん、そういうことなの? お姉ちゃん」
サヤはカヤに聞こえないように一人でこっそり呟いた。
一行は村を出て、森を更に西へ向かった。
宝珠があるという神殿は、村から南西の方角なのだが、真南へ向かうと他の魔物に遭遇する確率が高くなる、ということで、一旦は西へ向かい、途中で南へ進路を変えることになったのだった。
(確かに魔物とは出会ってないけど、これは……)
リホは密に道の悪さに閉口していた。
正直なところ、道と言えるような道はない。
エルフの村にたどり着く前にも、同様の道なき道を歩いてはいたが、ここの方がもっと森が深い。
そのため、避けて歩かなければならない草木が半端ないのだ。
ハイエルフたちはそういったところでも、大して苦にせず進んでいく。
ハーフエルフといえど、ほとんどを街で過ごしてきたリホにとっては、なかなかにキツイ行程だ。
「この先で、神殿に向かう小道にぶつかります。そのあたりで本日は野営することにしましょう」
カヤが師匠の近くへ来て、そう告げた。族長ではあっても流石にこの森に住むハイエルフ。道の悪さは苦にしていない。
「あとどれくらいで着くんですか?」
これで日が暮れるまでこの調子だったら、ちょっとしんどいなぁ、と思ってリホは訊いてみた。
「そうですね……、あと2、3刻といったところでしょうか」
2、3刻かぁ。
微妙な時間の長さにリホは何とも言えなかった。
その時。
「魔物ですっ!」
先頭をいく戦士団の一員から、鋭い警告が挙がった。
途端にカヤとサヤの周りを世話役の女エルフ達が取り囲み、さらにそれを守るように戦士三人が逆三角形に位置を取る。
リホと師匠はさらにその後ろに位置することになったのだが、
「師匠、わたしたちはどうするんですか?」
場所的に自分たちが魔物の相手をするわけにもいかず、カヤとサヤの護衛も出る幕なしの様子を見て、リホは師匠に訊いてみた。
「敵は……、ああ、森林熊か。あれなら戦士どもに任せておいていいだろう。お前はそのまま後方を意識してろ」
「分かりました」
リホは言われるまま、後ろを向き『気』を練りながら襲撃に備えていた。
前方では戦士たちが森林熊を相手に戦っているが、危なげはなさそうだった。
森林熊は体こそ大きいが、基本的に単独行動をしているので、相手にはしやすい存在だった。
だったのだが……。
「!」
リホは視界の奥から接近する姿を認めて、素早く棒を取り出した。
森林熊だ。挟み撃ちの形になっている。
それが偶然なのか、意図的に前後から襲い掛かったのかは分からない。
どちらにしても、背後の守りがエルフ達的に手薄になっていたため、彼らは浮足立った。
「出ますっ!」
リホはそう言って、少しでも棒の扱いやすい場所を狙って飛び出す。
森林熊はそんなリホを見て獲物と捉えたのか、真っ直ぐにリホへと向かってきた。
森林熊が立ち上がった瞬間を狙って、リホが棒を垂直に振り下ろした。
棒はほんの少し狙いが逸れ、森林熊の右肩に当たった。
そのまま肩から右半身ほとんどがつぶれていく森林熊。
「ふぁっ!?」
思わず声が漏れてしまう。
魔導卿が施したらしい、こうしんどうなんちゃら……、の威力はこれまでの戦闘で分かっていたが、どうもそれだけではなさそうな気がする。
カヤとサヤの周りを固めつつ、リホの戦いを見守っていたエルフ達も、リホの棒のあまりの威力の高さに眼を瞠っている。
「………師匠、これ、ほんとに使っても大丈夫なんですか?」
戻ってきたリホがおそるおそる尋ねた。
使う度になにかとんでもない力が発揮されていく気がする。このまま使い続けたらいったいどうなるのだろうか……。
そんな心配を抱いてしまったのも、致し方ない。
「とりあえず使っとけ。食人鬼なんかはともかく、獣型の魔物と遣り合うには得物があったほうがいい」
師匠がそう言ってくれたが、リホの不安はぬぐい切れない。
(今夜、魔導卿にもっと詳しく訊いておかないと……)
しかし残念ながら、その機会は得られなかった。




