二幕三場 「美少女姉妹はズルいわ~」
22.二幕三場「ハイエルフの姉妹」(1)
「どうぞこちらへ」
リホと師匠は奥の部屋に通された。
ここは樹上にある家で、一番大きな家だ。
おそらく集会所かなんかなのだろう。
今は、食人鬼の襲撃で負傷したエルフ達の救護所となっている。
リホと師匠は、傷の手当を受けているエルフ達の様子を横目で見ながら、さらに奥にある部屋へ通された。
そこには先ほど回廊から落ちたところを間一髪師匠に助けられた族長と、食人鬼の迎撃に出た戦士長グァム、そしてもう一人の護衛がいた。
通された二人は族長とテーブルを挟んで向かい合って座った。
「まずは村を助けていただいたことにお礼を言おう」
グァムが頭を下げる。
彼も腕に傷は負っていたが、そこまで大きな怪我ではなかったらしい。
治療師の手当も受けず、簡単に包帯だけ巻いている。
「それと、族長を救ってくれたことも、感謝する」
もう一人の護衛から、落ちた時のことを聞いたのだろう。グァムが師匠に向かって頭を下げた。
助けられた張本人は黙ったままだが。
すると、もう一人の護衛が口を開いた。
「私からも感謝するわ」
そういってかぶっていたフードを下げて現れたのは、族長に似たところのある、これまた大変な美少女だった。
「あなたは………?」
リホが尋ねる。やや線の細い護衛だとは思っていたが、女性だとは気づかなかった。
「私はサヤ。族長の妹よ」
サヤはそういって少し微笑んだ。
「!? し、失礼しましたっ!……わたしてっきり……」
リホは慌ててお辞儀をする。相手はハイエルフの族長の妹。ハーフエルフである自分からすれば、いやでもへりくだってしまう相手だ。
「あ~、そういうの、要らないから。堅苦しいのキライなのよね。だから族長なんてものはお姉ちゃんに任せてるんだし」
サヤは手を振りながらリホを制した。堅物だった姉と比べて、これはまた随分と振れ幅のある妹だ。
「大体、助けてもらったのはこっちのほうで、お礼こそすれ畏まられるなんて筋違いだし。グァムも、アンタもうちょっと態度どうにかしなさいよ」
フードを取った途端、ポンポンポンポン小気味いいくらいに言葉を飛ばしまくるサヤ。
先ほどまで厳つい顔をしていたグァムも、すっかり困り顔だ。
「サヤ様、今は一旦お控えいただき……」
「何言ってんのよ。この人たちがいなかったら、どうなってたと思ってんの? ハイエルフはいつから、受けた恩義を忘れるような低俗な種族に成り下がった訳?」
「決してそのようなことは……」
「だったらまずはしっかりとお礼をして、その上で改めて今回のことについて話をすべきじゃないの!」
サヤは中々に手厳しい性格のようだ。
リホはそんなサヤの姿を見つめていた。なんか、思っていたハイエルフのイメージと、若干違う。
師匠も目の前のやりとりを黙って見守っていた。こっちは絶対面白がってるんだから。
すると、今まで黙っていた族長が口を開いた。
「サヤ、そのくらいにしておきなさい」
「…………はぁ~い」
そう言われて、意外とあっさりサヤは引っ込んだ。グァムもほっとした様子が顔に出ている。
「……妹が失礼しました。改めて、わたくしからもお礼を申し上げます。村のものの窮地を救っていただきありがとうございました。それと……」
ここで族長はちょっと視線を落として、やや恥ずかしそうな素振りを見せた。
「そ、その、わたくしを助けていただいたことにも感謝いたします……」
助けられた時のことを思い出したのか、顔を赤らめながら、少し上目遣いで師匠を見つめている族長。
(うわぁ、美少女の上目遣い、破壊力あるわぁ)
リホも思わず唸った。
当の師匠は全く気にせずであるが。
「……わたくしはカヤと申します。見てのとおり、この森のハイエルフの族長をしております」
カヤが自己紹介をした。
カヤが族長、サヤがその妹、ということは、それ以上の年長の存在がいないということだろうか?
見た感じだとグァムや他のエルフ達のほうが年上のように見えるが(エルフの見た目はあてにはならないが)、それならば血筋の問題だろうか?
「わたくしたちは今、森でのあらゆることに対応せざるを得ない状況にあります。そのため、あなた方の来訪に対してもまずは警戒することから入らねばならなかったこと、お詫びいたします」
カヤがそう言ってきたのは、リホも意外だった。
ハイエルフはプライドが高く他種族を見下している、という思い込みがあったため、こんなに早く自分たちの対応の非を認めるとは思っていなかった。
「別に構わんよ。さっきも言ったが、この森に異変が起きていることは判ってたからな。そのせいであんたらが神経を尖らせているのも判っていた」
(判ってたのなら、もうちょっとうまいやり方すればよかったのに……)
先ほどまでのエルフ達とのやり取りを思い出して、リホは心で突っ込む。
「お心遣い、恐れ入ります。……改めてですが、今この森で起きていることをあなた方にも共有したいと思います。それが、今回の件について、わたくしどもからできる最大の誠意だと思いますので」
「それじゃあせっかくだから聞かせてもらおうか?」
「はい。………異変が起きたのは今から6か月ほど前のことでした」
カヤがゆっくりと話し出した。サヤとグァムもそれぞれ椅子に座った。
「森全体に掛けられている術が少しずつおかしくなっていきました。魔物たちは本来わたくしたちに対して攻撃性は高くなかったはずなのですが、先ほどの食人鬼たちのようにわたくしたちを狙って襲ってくるようになりました。そのため、わたくしたちは自衛のために村の周囲に罠を仕掛け、見張りを増やして警戒にあたらなければならなくなりました」
森の魔物がハイエルフに対して攻撃性が低かった、というのは、森に掛けられていた術の効果なのだろうか?
リホはそんなことが可能なのか、考えてみたがよく分からなかった。
「それに……、わたくしたち以外に反応する惑わしの術が、わたくしたちにも影響を及ぼすようになっていきました。村の者の中から、森へ入ったきり戻れなくなるものが出始めて………」
「それは、森の中で魔物に襲われて、っていうことじゃないのか?」
師匠が質問する。リホもそれは思ったことだった。
「戻れなくなったのは先代の戦士長で、食人鬼程度ならば単独で倒せるほどの強者でした。森の外周部へ向かっていったのにも関わらず、戻ってきませんでした。道中で強い魔物に襲われたから、というふうにはあまり考えられません」
聞けば、先代戦士長以外にも、同じように森の異変の調査で出かけて帰ってこなかった者たちがかなりいたとのことだった。
どれもそれなりに腕利きの者たちで、しかも集団で調査に出かけたまま戻ってこなかったらしい。
森の中には食人鬼以外にも厄介な魔物はいるにはいるが、もっと奥深いところに生息しているため、外周部へ向かった調査隊が出くわしたとは考えられない、とのこと。
「わたくしたちはひとまず被害を最小限に食い止めるために、全員を村の中央部へ集め、村全体を精霊術の結界で覆いました。森に掛けられている術を中和し、異常を村の中まで侵入させないための措置だったのですが……」
そこでカヤはちょっと口どもった。
「そしたら、今度はそれを狙って余計に魔物どもが村を狙うようになってしまった、のよね」
代わりにサヤが話を繋いでいく。
「お姉ちゃんは村のためを思って術を掛けたのだから、別に気にすることはないって、さんざん言ってるのに、自分のせいで余計に皆を危険に晒してしまった、っていつも気に病んでいるのよ」
サヤがカヤを見つめながら打ち明けた。
グァムはじっと正面を見据えたまま動かない。
「で、これからお前たちはどうするつもりかね?」
師匠が訊いた。
「………森の異常の原因は分かりませんが、術がおかしくなっているなら、それを直すことは可能です」
カヤが切り出した。
「森の奥に、かつて森全体に術を掛けた際の、宝珠があります。それを使って再度術を掛けなおせばあるいは………」
「カヤ様、それは―――」
グァムが慌ててカヤの言葉を遮る。どうやら森の秘密に関わることらしかった。
「いいんじゃないの、今さら。どのみちあれはお姉ちゃんかわたしかにしか扱えないんだし」
サヤがさらっと更に秘密を暴露する。
「それはそうですが、何もこの森の秘密を部外者に簡単に明かさずとも……」
「よいのです、グァム。こうなった以上、わたくしたちはこの状況を打開するために、あらゆる手を講じなければなりません」
カヤがきっぱりと言い切った。まるで自分自身に言い聞かせるかのように。
「宝珠ねぇ。それはあんたら姉妹にしか扱えないのかい?」
「そうです。それがハイエルフの族長の血を受け継ぐわたしたちの力なのです」
「じゃあ、そこへ行ってみるか」
まるで近所の酒場にでも行くくらいの気軽さだ。
師匠には、危機感ってものないんだろうなぁ。
リホはそんなことを思いながらも、この後の展開を思いやっていた。




