二幕二場 「そうです、わたしが食人鬼殺しです」
「族長がお尋ねだ! 答えろ!」
リホの傍にいるエルフが荒々しく言い放った。
階段上のエルフの族長の美しさに思わず見とれてしまっていたリホだったが、そう言われて師匠のほうへ顔を向けた。
「これって、わたしに訊いてますか?」
「そうじゃないか? とりあえず、おまえ答えとけ」
師匠は我関せずの感じで周囲を眺めている。
リホは軽くため息をついてから、顔を上げて族長に答えた。
「別にわたしたち、竜王の手下じゃありませんけど」
「貴様、口応えしようというのかっ!?」
横のエルフが厳しい口調で詰めてくる。
いや、口応えも何も、答えろっていったのそっちでしょ?
リホは内心大いに突っ込んでいたが、ここではそれは出さず、あくまで穏やかに話を進めようとした。
「口応えとかじゃなくて、事実そうなんですよ。確かに竜王さんから話を聞いてここへは来ましたけど、別に手下とかそういう関係じゃないです」
「ならなぜ竜王の名を出して我らを恫喝した!?」
「恫喝って………」
そう言われてリホは先ほどの師匠とエルフ達のやり取りを思い出した。
《こちらは竜王の依頼を受けてきているんだが》
《この森の上空で竜族の若者が消えた、という報告があって、竜王がこちらに調査を依頼してきたんだ。それを無下に扱った日には、竜王がどんな手にでるか……》
あ~、ダメだ。恫喝っていわれても文句いえないかも。
エルフ達が竜王の名に強く反応したのはリホにも判った。実際竜族と事を構えたくはないのだろう。あの様子だと、若い竜が行方不明になったことも何か知っているのかもしれない。
「お前たちは竜王によってこの地に遣わされた、と聞いています。竜王の望むところを叶えるために動いていれば、手下と言われても同然でしょう」
族長が階段の上から言葉をかけてくる。しかし綺麗な声だ。こういうの、鈴の音のような声、っていうんだろうなぁ。リホはそんなことを思っていた。
「お前たちは森の異変を探りに来た、と言っているそうですが、見てのとおりこの森に異変などありません。それは周りを見れば一目瞭然でしょう」
言われるままに周囲を見回せば、確かにこの村? といっていいのか、集落は、変な感じもしないしエルフ達も特段困っている様子もない。
人々は突然連れてこられたリホ達に興味と警戒をもって、遠巻きに眺めているが、何かに怯えていたり、切迫しているような感じはしなかった。
「たしかにここは何もなさそうだなぁ。どうやってるんだ、これ?」
師匠が口を挟んできた。
「(ちょっと、師匠? わたしが応対するんじゃなかったんですか?)」
横からこっそり師匠に囁いたが、師匠は知らんぷりだった。
「森の中は確かにおかしい。それは間違いない。だが原因がわからない。それを調べるのが俺たちの目的だ」
「何のために? そのことに何の意味があるのです?」
「面白そうだからだ」
エルフの族長や周りの護衛達は一瞬ポカンとした。
それはそうだろう。面白そうだからって、そんな理由を堂々と述べられても。
「だがそれよりも、この村だけ異変を感じなくなっていることのほうが面白そうだな。なにをどうしたんだ?」
「………そんなことを外部のお前たちに知らせるつもりはありません」
「やっぱりなにかしてるんだな」
「…………っ!」
暗にこの空間になにか仕掛けがある、ということを漏らしてしまい、思わず言葉に詰まる族長。
その様子を見て、実は案外悪い人ではないのではないか? とリホは思っていた。
「話したところで、別にだれか損をする訳じゃあるまい? お前らが困っているのを知ったところで、別にどうこうするつもりはないぞ?」
マイペースな口調で師匠が重ねる。
確かにプライドの高いハイエルフのこと、自分たちの弱みを外部に見せるわけにはいかない、と考えていてもおかしくはない。
それを突いた師匠の言葉だったが、それもまたハイエルフのプライドを刺激することになったのは、仕方のないことか。
「貴様らごときに手助けを乞うつもりは毛頭ないわ! 我らハイエルフを侮るではない!!」
階段上の護衛の一人が激しく言い放った。先ほどリホ達を森で取り囲んだ集団の中にいた、戦士長のグァムだ。冷静な性格かと思っていたが、意外と熱くなりやすいのか。
反対側に陣取っている護衛は、先ほどから少しも動かず、声も発していない。族長にぴったりと寄り添っている。
「貴様らの企んでいることは大方こうであろう。森の異変と口実を作って、我らの森の秘密を暴き出し、この地を自らの手に収めようとする、その先駆けとして、貴様らが遣わされたのだろう? この地は我ら誇り高きハイエルフの聖地として、千年以上も我らが守り通してきたのだ。今更手を出してこようと、それで引き下がる我らではない!」
グァムが拳を握りしめて熱弁した。周りのエルフ達もそれに賛同するように頷いたり、武器を打ち付けあったりしている。
「我らは今後幾年もこの地を守るものとして―――」
「申し上げます!!」
突然、リホ達のいる場所へ一人のエルフが血相を変えて飛び込んできた。
「何事だっ! 今は取り込み中である」
「南に食人鬼の群れが現れて、こちらへやってきます!」
「何!?」
「見張り小屋が突破されて、今は偵察隊の者たちが進路を逸らすべく攻撃を仕掛けていますが、やつらは真っ直ぐこちらへ向かってくる模様」
「何故、ここを………?」
「お急ぎください、奴らが来るまで、あまり刻がありませぬ」
エルフ達は大混乱になった。
大人達はあるいは武器を手に取り、あるいは自分の子供の手を引いて、あちこちへ走り回っている。
リホと師匠の周りを固めていた者たちも二名を残して森の外へ走り出していく。
逃げ惑うもの、怒声を張り上げるもの、不安から泣き出すもの、辺りは騒然としていた。
「うろたえるな! 態勢を整えて村の外で陣を敷く。戦えるものは全員弓を持って続け!!」
グァムがそう叫び階段から飛び降りそうな勢いで駆け下りてきた。
族長はもう一人の護衛に付き添われて、階段の上に避難している。
どうやら族長が戦の先頭に立って指揮する訳ではないらしい。
「師匠、これ、どうしますか?」
リホは流石に自分もどうすればいいか、尋ねてみた。
「食人鬼か……、おまえも相手してみるか?」
「えぇっ? だって、食人鬼ですよ? さすがに無理なんじゃぁ………」
食人鬼は先だってのゴブリンとは話にならないくらいの存在だ。
身体も大きく、力も強い。知能も高い。
何より凶暴性が高く、その名のとおり人間を好んで食べるという、凶悪な性質を持っている。
一応人型をしているから『武術』で対しやすい相手ではあるが、体格差はほぼ倍だ。
「ここにいれば安全じゃないんですか?」
「安全かどうかは分からんよ。食人鬼とエルフ達次第かな」
「だって、師匠といればいつもみたいに……」
ここでリホは、さっき森の中でエルフに囲まれた時に思ったことを口にした。
師匠の傍にいれば、攻撃を受けても大丈夫。
そんな安心感からつい油断したのか、うっかり口が滑ってしまった。
「勘違いしているようだが、おまえに向けられた攻撃はそのままだぞ?」
師匠はリホの考えていることを読み取って、そう返した。
「俺はおまえの面倒はみない。だからおまえには『武術』をやらせてるんだからな? 俺の傍にいようといなかろうと、ちゃんと対策しないと」
師匠は一旦言葉を切って、続ける。
「おまえ、死ぬぞ?」
リホは自分の認識の甘さを痛感することになった。
そうなのか。やっぱりそうなのか。
あれは師匠だけの力で、師匠にしか働かなくて、師匠だけしか守られないんだ。
それならわたしは、自分の身は自分で守るしかない。
そうリホが気を引き締めなおそうとしたその時。
「グルルルルゥゥゥアアアァァァ!」
叫び声と共に、村の奥から一体の食人鬼が現れた。
続いてもう一体、もう一体と姿を現す食人鬼。
都合三体、どうやら防衛線を突破されたようだ。
食人鬼は近くの回廊を素手で叩き潰し、家の扉を粉砕しながらうろつきまわっている。
獲物を探しているのだろう。
エルフ達の倍を超える巨体が迫ってくる。
その腕は太く、爪は茶色で禍々しい長さに伸び、口からは涎を垂らしながら、辺りをギョロギョロと見回している。
食人鬼が出現した近くにいたエルフ達は恐怖に叫びながら村の中央の方へ逃げようと走り出した。
その姿を見た食人鬼は獲物を逃がさんとばかりに近寄り、掴みかかろうとする。
村に残っていた戦士たちが弓矢で応戦するが、大した傷を負わすことができていない。
そのうちに、小さな子供を連れた母親らしいエルフが転び、子供と一緒に地面に転がってしまった。
それを見て唸り声を上げながら近寄り、今にも掴みかかろうとする食人鬼。
「――――っ!」
次の瞬間、リホは『収納袋』から棒を取り出しながら瞬歩で食人鬼まで接近し、まさに今子供のエルフの頭を掴もうとしていた食人鬼の腕を下から跳ね飛ばした。
「グァッ!?」
リホの棒が当たった瞬間に肘から先が弾け飛ぶ食人鬼。
そのままの勢いで食人鬼とエルフの親子の間に割って入ったリホは、正面の食人鬼の頭へ思い切り棒を打ち下ろした。
ドゥバァンッ!
凄まじい音と共に、食人鬼の頭が砕け散った。
リホはすぐに二体目の食人鬼に向かって狙いを定める。
残りの二体のうち一体は、今のリホの姿を見て敵と認識し、こちらへ向かってきた。
だがもう一体は別の方向で家々を壊して獲物をあさり続けている。
(くっ、あれだけ離れていると同時に相手は難しいな。なんとかできないか………)
近寄ってくる一体を見据えながら、リホは視界の端でもう一体の動きを追った。
もう一体の食人鬼は自分が食らう獲物を探すため、目につくもの全てを壊しまわっていた。
そのうち回廊部分を破壊した際に、その衝撃が他の場所へも伝わっていく。
それは族長たちがいた木の上へも伝わった。
「っ!?」
自分たちの立っていた回廊部分が大きく揺れて、族長とその護衛は思わず大きく体が傾いてしまう。
元に戻ろうとして今度は反対側、回廊の外側へ大きく体が傾き―――
「あぁっ!」
族長の体が宙へ舞った。
そのまま地面に叩きつけられる、と思ったのだが。
「大丈夫か? ずいぶん無茶な降り方をする」
落ちてきた族長を抱きとめたのは、師匠だった。
「えっ? あっ、あっ、あのっ」
族長は何が起きたのかよくわからず、それでも自分が男に抱きかかえられていることは認識しているようで、みるみる真っ赤になっていく。
「あとはあいつに任せとこう」
師匠はそういって、たった今二体目の食人鬼を仕留めたリホのほうを見やった。
つられて族長もリホの姿を見つめる。
(結局わたしが全部片づけるんじゃないですか~)
そう心の中で叫びながら、リホは三体目の食人鬼へ向かっていった。




