二幕二場 「こういうとき何て言えばいいかわからないの」
「それ以上進むと、死ぬぞ?」
そう言われてリホははじめなんのことかわからなかった。
でも師匠が黙って指をさす方向をじっと見つめていると、そこになにかが潜んでいるのが分かってきた。
見えはしない。気配がかすかに感じ取れるだけ。
いずれも木の上、枝と枝の間に巧妙に身を隠した状態で、こちらを狙っている。
得物は弓矢。
そこから察するにこの森のエルフらしいが―――
「この辺りにエルフの集落があるとは聞いたことがないな。連中、どうしてこんなところで見張ってるんだ?」
師匠が小声で呟く。後ろから抱きとめられたまま、耳元で囁かれるので、リホはいちいちビクッとしてしまう。
「し、師匠、やっぱり、これって狙われてるんですか?」
「まあ、そうだろうな。ただ、狙いに来る理由がいまいち分からんが」
そもそもこの「あやかしの森」には、侵入者を森の奥へ進ませないための仕掛けがある。
かつてのエルフ族が掛けた複雑な精霊術が。
だからエルフがわざわざ自らの身を晒す危険を冒してまで、侵入者を追い払いにくるとは考えにくかった。
「おい、リホ。おまえ訊いてみろ」
「は? な、なにをですか?」
「あのエルフどもが何をしに出てきたのかだよ」
「そんなの、当たり前じゃないですか。わたしたちをとらえに―――」
「捕らえるつもりなのか、追い返すつもりなのか、はたまた別の思惑があるのか。それを訊いてみろ、って言ってんだよ」
「えぇぇ~、そんなの訊いて何になるんですか?」
「相手の思惑が分かれば、こちらの出方も変わるだろう? 情報収集は戦術の大事な要素だぞ?」
そう言われればリホも仕方がない。覚悟を決めて前方左右の木の上に潜んでいるエルフ(と思われる存在)に話しかけた。
「あのぅ~、すみませんがぁ~、みなさんはエルフですかぁ~!」
「おまえはバカか? どういう声かけしてんだ」
師匠が呆れている。
じゃあ他にどう声を掛ければよかったの?
リホは心の中でツッコみ返す。
木の上の存在からは返事はない。
相変わらずこちらに狙いをつけたままだ。
その様子に、(やっぱりこれは歓迎されてないんだろうなぁ)とリホは思う。
その理由の中に、自分がハーフエルフであることが既にばれてなければいいのだが………。
「ほれ、もっと話しかけろ」
「ああん、もう!」
師匠に促されて、リホは再度声を張り上げた。
「わたしたちはぁ~、この森のぉ~、異変を~、確認しにきたんですぅ~、ただそれだけなんですぅ~」
異変の確認に来ようがなんだろうが、森に入ってくるものはいずれも侵入者として判断する。
そんなエルフ達の考えがあるとは、これっぽっちも考えていない声掛けだった。
「………囲まれたぞ」
師匠が低く呟いた。
リホがハッとして周囲の気配を探ると、確かに今まで前方だけだった気配が、周囲にいくつも拡がっている。
どうやらリホが話しかけている間に展開したらしい。
「ど、どうしましょう?」
「とりあえず相手の出方を待つか」
師匠はどうしてもこういうときの危機感が足りないような。
出方を待つ、ってもし攻撃されたどうするの?
リホは自分たちを狙っている弓矢の数が一気に十倍に増えたことに、さすがに不安を覚えていた。
すると。
「お前達の目的が何であろうと、この森に入ることはまかりならぬ」
前方から良く通る低音の、しかし力強い声が響いてきた。
「ここは我らの森。異変など知らぬ。のこのこと森の奥へ立ち入り我らの領域を犯したこと、後悔するがいい」
「ほう、後悔か。いったいなにをどうするつもりかね?」
「ちょっ、師匠? 煽らないでくださいよ!」
二十を超える弓矢に狙われている状況なのに、師匠はてんで意に介さず、若干煽り気味で話し続ける。
リホはそんな師匠の様子にハラハラしていたが、ふと
(あ、そうか。師匠は狙われても平気なんだ)
そう、たとえ矢が飛んできても、いつものように当たらずに消えてしまう。
だから、師匠は余裕なんだ。
そう思ったリホは、自分もすっと肩の力が抜けていった。
「森に異常があるのはお前らも分かっているんだろ? だったら、お互いに情報交換をしたほうが得ってもんじゃないか?」
「くどいぞ、森に異変など起きて―――」
「こちらは竜王の依頼を受けてきているんだが」
途端、周囲の気配に緊張が走った。
森の中で周囲と隔絶した生活を営んでいるハイエルフといえども、竜族のことは知っている。
そしてその王が、横暴短慮でどこででも暴れるということも………。
「この森の上空で竜族の若者が消えた、という報告があって、竜王がこちらに調査を依頼してきたんだ。それを無下に扱った日には、竜王がどんな手にでるか……」
師匠は敢えて含みを持たせた言い回しをする。
周囲は目に見えて気配がざわつき始めた。動揺しているようだ。
それはそうだろう。その気になれば竜族総出でこの森を焼き払われるかもしれない。そのくらいの暴挙をしそうな存在として、竜王は認識されていた。
「…………わかった、いいだろう。お前たちを連行する。お前たちの知っていることをすべて話してもらおう」
前面の声がそう告げた。
すると周囲に展開していた包囲網があっという間に近づいてきて、リホ達を取り囲むようにエルフの集団が現れた。
皆長い耳と碧眼をもつハイエルフだ。
リホは久々に見る同族、それも上位種であるハイエルフに緊張せずにはいられなかった。
「私はこの森のハイエルフ戦士を束ねる戦士長、グァムだ。これからお前たちを里へ連れていく。無駄な抵抗はするなよ?」
数人のエルフが短剣を構えてリホと師匠を取り囲んだ。
二人とも武器を身に着けていないので、それ以上特に拘束などはしないらしい。
裏を返せば、拘束しなくても問題なく連行できる、という自信の表れか。
リホと師匠は促されるまま、エルフ達に付いて細道を歩いていった。
しばらく歩くと、明らかに道が広くなり手が入っていることが分かるようになった。
さらに進むと、道の先にちらちらと家らしきものが見え始めた。
ただし、その家は地上ではなく樹上にある。
「あれが……ハイエルフの家……」
リホは樹上高く置かれている家を見て、自分の生まれた村を思い返していた。
リホのいた村も森はあったが、家々は森の木々を切り開いてできた平地に建てられていた。
樹上に家を設け、それらを空中回廊でつないでいるこの里は、リホには初めての光景だった。
「すごい環境ですね、ハイエルフの里は」
「こういうのは珍しいな。他のエルフではあまり見ないかもな」
「……師匠はエルフの住んでいるところ、他にも知ってるんですか?」
「まあな。あちこち旅してりゃ、自然にな」
自然に、って。自然にエルフの里にたどり着いていたんじゃ、隠れ住んでいるエルフの立場がないじゃない。
「それはそうと、お前、いま気分どうだ?」
師匠がリホに尋ねてきた。そういえばさっきまでは、変な感覚が体中を駆け巡っていた。
「………そういえば、ここに来てから感じませんね」
リホは自分の体の様子を観察してみたが、おかしな感覚はどこにもなかった。
「ふう~ん、そうか。さすがはハイエルフの里、ってことか」
師匠が一人で納得した感じになっている。
「お前ら、ここで止まれ」
リホと師匠を先導していたエルフが、短剣を突き付けながら指示した。
「これから族長がお前らに尋問をする。包み隠さず知っていることを全て話せ!」
いちいち上から口調だな、とリホは思ったが、とりあえずは師匠に倣って大人しくしていることにした。
まあ、いざとなれば師匠がいるし。
弓矢も短剣も、別に怖くないし?
師匠と離れずに逃げ出せば、なんの問題もなく切り抜けられるだろう。
そう考えて、リホはいつになく余裕だった。
「族長がいらっしゃる!」
そういわれてリホは顔を上げた。
前方の巨木の上には大きな、もはや屋敷といっていいような家があり、その入り口から伸びる階段を数人が下りてきた。
左右を護衛役に挟まれて近付いてきたのは、色白で目の覚めるような金の長髪を緩くまとめ、白色のゆったりとした法衣風の服を着た超絶美人だった。
年の頃は二十歳前後に見えるが、何といってもハイエルフだ。見た目どおりの年齢とは限らないが、それでも印象は“美少女”というほうがふさわしい感じだった。
「お前たちが竜王の手下ですか」
ハイエルフの族長が冷たく言い放った。




