二幕一場 「お決まりのゴブリンではありますが」
19.二幕一場 「森の異変」(2)
「師匠、これ、なんか変なんですけど……」
戦闘を終えたリホは、おそるおそる自分の棒を師匠に差し出した。
さっきの打撃はどうみてもおかしい。
それなりの力を込めて繰り出した突きではあるが、あくまで牽制の意味合いだったし、あんなふうに緑虎の頭が一撃で吹き飛ぶなど、普段のリホの腕前からはちょっと想像ができない。
師匠はしばらく眺めた後、
「おまえ、そのまま棒を握ってな」
そう言ってリホに再度棒を握らせた。
その状態でリホと反対側の棒に触れる。
「あ~、これはあれだな、魔導卿だ」
その一言でリホの頭の中にも、昨夜の魔導卿との会話が一気に蘇った。
でも、話をしたのは昨日だし、いきなり?
「これはな、超高振動の機能を棒に付与したんだな」
「ちょうこうしんどう?」
「前に話したことがあってな。剣にものすごく速い振動を加えて切れ味を増すという技術があってな。その原理を魔導卿に教えたんだが……」
「これ、棒ですよ? それで、なんでこんなになるんですか?」
「詳しいことは魔導卿に訊かなきゃわからんだろうな。高振動以外にも何かしてるかもしれんし」
「何かって……、それが一番怖いんですが」
リホは自分の棒をしげしげと眺めた。これはあとで必ず魔導卿に、何をどう付与したのか確認しなければならない。
(そうでなければとてもじゃないけど、怖くて使えないよ!)
リホと師匠はさらに森の奥に向かって進んでいった。
相変わらずろくに道はないし、呼吸法をしながらなので歩みはかなり遅い。
リホを前に出し、すぐ後ろに師匠が続く形で2人は木々をかき分けて歩いていく。
するとまた魔物の気配がした。
「今度は……」
リホは気配を探る。さっきの緑虎ほどの圧迫感は感じないが、どうも複数っぽい。
音を立てずに少しずつ気配のするほうへ近寄っていくと、やがて木々の間に緑の体をしたものたちが数体、固まって何かをしているのが見えてきた。
(ゴブリン……)
リホはその姿を見て、思わず顔をしかめた。
牡しか存在せず、ヒト族をはじめ人間の女を攫って繁殖を行うゴブリンは、一般だけでなく冒険者からも忌み嫌われていた。
リホも昔受けた依頼の際に遭遇したことがあったが、その時は他のメンバーが一匹残らず退治していた。
でも、今は一人。師匠はいるが。
「……師匠、手伝ってくれますか?」
リホはそっと後ろにいる師匠に相談する。
ゴブリンを打ち漏らすのは冒険者としての御法度。
そう訓練所でも教わってきた身として、目の前のゴブリンたちを逃したくはなかった。
「…………師匠?」
返事がない。そう思ってリホは振り返った。
どこにも師匠の姿がなかった。
「師匠!? どこいったんですかっ?」
思わずリホは声を大きくしてしまう。
それを聞きつけたゴブリンたちがそろってリホの方へ振り向き、ぎゃあぎゃあ言いながら駆け寄り始めた。
手には粗末な棍棒を持っている。
リホはすぐに棒を取り出そうと思ったが、さっきの場所と比べても、ここのほうが木々が密生していて棒を振るえる空間がなさそうだった。
どうしようかリホが迷っているうちに、ゴブリンたちはリホとの距離を詰めてくる。
その数、7匹。
リホは棒を使うのをやめて、構えを取った。
近寄ってくるゴブリンたちを見渡し、どこから迎え撃つか考えていく。
「ぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ」
先頭のゴブリンが振り上げた棍棒をリホに振り下ろすのと同時に、リホは体を捌いてそれをよけ、ゴブリンの胸に掌底を叩き込んだ。
今回は相手が人間ではないので、『気』の発動も遠慮しない。
「おぎゃっ!?」
リホの攻撃を食らったゴブリンは堪らず吹き飛んでいき、別のゴブリンにぶち当たった。
その隙にリホは別のゴブリンの横へ回りこみ、そこにも掌底を叩き込む。
その動きを見ていた他のゴブリンがリホの後ろから殴りかかろうとするが、気配で察していたリホはこれも難なく躱すと、今度は背後の敵に向かって背面から強烈な体当たりを食らわした。
その衝撃で宙を飛ぶゴブリン。
木に叩きつけられてそのまま動かなくなった仲間を見て、ゴブリンたちは目の前の女が、自分たちの欲望を満たすだけの存在なのではなく、自分たちの命を脅かす恐怖なのだと悟り始めた。
(あと4匹―――)
リホは止まることなくゴブリンたちの間を動き回り、致命の一撃を叩き込んでいった。
半ば戦意を失ったゴブリンはもはやまともに反撃もできず、次々と斃されていった。
「ふう~」
全てのゴブリンを斃したことを確認して、リホはやっと緊張を解いた。
思わず呼吸法まで止めてしまったことに気が付き、すぐに再開する。
するとどこからともなく師匠が現れた。
「なかなかいい攻め方だったじゃないか」
「どこに行ってたんですかっ? いきなりいなくなったらびっくりするじゃないですか!」
「なんでびっくりするんだ?」
「当たり前でしょう! いると思って話しかけたのに、振り向いたらどこにもいないんだから…」
「言ったはずだぞ? お前には一人前になってもらうってな。おれがいてもいなくても、一人で戦えるようになる必要があるんだよ」
「それにしたって、なにもここで……」
リホはそれからしばらくグチグチと文句を言っていた。
さらにしばらく森の奥へと進んだころ。
「なにか感じないか?」
師匠からまた訊かれた。
リホは改めて呼吸を整えて、『大周天』を行い始めた。
「………っ? これは………」
周囲から感じる『気』がなにかおかしい。
森に入る前に感じた時よりももっとはっきり、それが分かる。
脈動しているのもそうだが、流れている『気』がそもそも変だ。
足裏に絡みついてくる感じがする。
これは一体………。
「そこまでわかれば上等だ」
師匠はそういってくれたが、リホはそれよりも今自分が感じた違和感のほうが気になっていた。
「師匠、これってどういうことなんですか?」
「原因はまだわからないが、何かがこの地の『気』を乱しているな。それも森にとってあんまり良くないほうに」
「良くないほう、ですか………、そういえば、なんですけど」
「どうした?」
「森に入る前よりも、なんだか気分が悪い気がします」
「ほう?」
「なんかこう、体の中を触られているというか……、うまく言えないんですけど、時々ぞっとする時があります………。師匠はどうですか?」
「俺か? 俺はなんにもないな」
でしょうね。訊いたわたしがバカでしたよ。
「でも、お前のその感覚は結構重要かもしれんぞ? しばらく自分の様子を観察しておけ」
「しばらくって?」
「ここから先もっと奥に入っていくから、そのときどうなるか、自分の感覚を探っておけ」
まだ奥へ進むのか。いったいどこまで行く気なんだろう?
リホはそう思いながら、森の奥への侵入を再開するのだった。
それから数刻。
日が傾き始め、森の中が一層暗くなり始めたころ。
「………道?」
リホは足元に、細いながらも明らかに何者かがつけたと思われる道を見つけた。
「これは…………、どこにつながってるんでしょう?」
「それは行ってみれば分かるだろう」
師匠はそういって、リホに先へ行くように促した。
言われるままリホは道を先へ進む。
木々の間を縫いながら、道は途切れることなく続いていく。
そうして進んでいくうちに、リホは先ほどよりも明確に気持ち悪さを覚えてきた。
呼吸法を続けるのが難しくなるくらい、全身に悪寒が走っている。
まるで見えない何かにまさぐられているような感覚だ。
「師匠……、だいぶ、気持ち悪いですぅ」
「そうか、悪くなっているか」
「えぇ、かなり嫌な感じで―――」
「待て」
そういって師匠がリホの肩を掴んだ。
リホがバランスを崩すと、師匠がリホの肩を掴んだまま引き寄せる。
その行為にリホは思わずドキッとしたが、耳元で囁かれた言葉に一瞬で緊張が走った。
「それ以上進むと、死ぬぞ?」




