二幕一場 「なんで吹き飛んだのっ?」
大陸には元々エルフ族が先住していたが、後からやってきたヒト族と当初はうまく共存していた。
自然を好み、精霊と共感する能力が高く、木工品や織物に優れたエルフ族。
種族として突出した能力は持たないが、人口が多くその分スキルに秀でた者の数も多く、それが全体として様々な能力を抱えることに成功しているヒト族。
互いに足りない部分を補いながら、うまくすみ分けていたのだが。
平均寿命が長く、その分生まれる子どもの数が少なかったエルフ族は、多産で環境適応能力にも勝っているヒト族に、次第に生活圏を圧迫されるようになっていった。
そうなると当然種族間で衝突が起こるようになるが、元来温厚で争いごとを好まないエルフ族は、どちらかといえばヒト族を避けて移動するようになった。
エルフ族が新しい居住空間として選んだのは、渓谷や深山、大森林の奥などだった。
その一つが「あやかしの森」だった。
大陸南部に広がるこの大森林は、エルフ移住の最初期に選ばれた地であった。
この地に移住したエルフたちは、森をエルフ族の永住の地とするために、エルフ以外に作用する様々な仕掛けを施した。
そのためにこの森はいつしか、エルフ族以外が森の奥に入り込むことができない、気が付くと元の場所に戻ってきてしまう「あやかしの森」として知られるようになた。
森の周辺部をウロウロする分には普通の森と変わらないため、カルドの街で聞いた「キノコの収集人」のような、森からの恵みを得ている者たちもいる。
ただ聞いた話からは、その周辺部においても最近、まどわされることがある、ということらしいのだが。
リホと師匠はまず、森の周辺部から探ってみることにした。
森の外が見えるくらいの位置まで入って、そのまま外縁部に沿って歩いていく。
下草は生えているがそこまで深くはなく、木々もそこまで密生していないので、歩くのにそれほど手間はかからない。
とはいえ道なきところを分け入って歩くのはそれなりにしんどい訳で。
「師匠、これ、いつまで続くんですか?」
エルフの血を引いてはいるが、早い時期にヒト族の街中で暮らすようになったリホにとって、木々を縫うように歩き続けるのは結構な負担だった。
しかもなぜかリホが先頭。
「もうしばらくだな。お前、なにか感じないか?」
師匠が後ろから訊いてくる。
「なにか、っていわれても………、なんですか?」
「噂じゃ魔力が高いほど異変があるそうだからな。俺よりもお前のほうが先になにかあるんじゃないかと思ってな」
師匠に魔力がない、というのは『死の大地』にいるときに魔導卿から聞いていた。
リホ自身も魔力が極端に低いため、当初は全然気が付かなかったのだが、言われてみれば確かに、師匠から魔力を感じたことがなかった。
そのことを魔導卿から聞かされたときには、そんなこともあるんだな、くらいにしか思わなかったのだが、詳しく話を聞けば聞くほど、それがいかに異常なのかが分かってきた。
魔力が低い、なら理解はできるし存在もする(自分がそうだから)。
しかし魔力がない、というのは人間としてあり得ない、ということらしい。
魔導卿曰く、人間には魔力を紡ぐ力が元々備わっており、それがその他の生き物との違いにつながっていて、その結果云々かんぬん…………。
途中から訳が分からなくなり聞き流してしまったが、人間としてあり得ない、ということだけはよく覚えていた。
(わたしよりも魔力が低い、というか、ないっていうのは、やっぱりどうなんだろう………)
師匠の持っている力や『気』を扱う姿などを思うと、リホの中で師匠がどんどん理解不能になっていく感じがした。
知れば知るほどこの人は訳がわからなくなるな。
「このあたりから奥へ入ってみるか」
しばらくして師匠がいきなりそう言った。
言われて森の奥を見ても、別に道があったとかそういうことではなさそうなのだが………。
「なんかあったんですか?」
「いや、別に? 退屈なんだろ、お前?」
「退屈っていうか………、たしかに変わり映えはしないですけど」
「ここからはお前は呼吸法を行いながら進むんだ」
師匠がとんでもないことを言い出した。
「呼吸法をしながら、ですか? そんなの、ムリですよ!」
普段の鍛錬時には、姿勢を整え、緩やかな動きを伴いながら呼吸を練っていた。
そうしないと呼吸が乱れうまく『気』が練れないからだ。
それを歩きながら、しかも森の中の道なき道を。
「ここから奥は魔物が出るぞ? 常に『気』を練って備えておかないと、死ぬぞ?」
さらっと師匠が爆弾発言をぶっこんできた。
確かにこの森には魔物がいる。
近年冒険者の活躍により、人間の住む街や主な街道沿いに魔物が出ることは大幅に減ったが、ここは違う。
森の中を惑わされて徘徊しているさ中にも、魔物に遭遇することがあるのだ。
そうして命を落とすこともあり、帰ってこられなくなるものもいる。
「で、でも………、歩きながら『気』を練るって、どうやれば」
死ぬぞ? と言われてさすがにリホも焦ったが、そうはいってもこれまでやったことのないことだ。
上手くできる自信などなく、けれどもできなければ死ぬ、と言われてしまってはどうしようもない。
「なに、そんなに難しく考えることはない。いつも行っている鍛錬をしっかりと思い浮かべながら歩けばいいんだ。ああ、ただ目は開けておけよ?」
いつもの調子でしれっと師匠がいう。
(ほんと、こういうとき軽いんだよなぁ、師匠は)
リホは軽くため息をつくと、言われたとおりに呼吸を整え始め、同時にゆっくりと歩き始めた。
はじめのうちこそ歩き方がぎこちなくなったり、呼吸が乱れたりしたが、たしかに師匠のいうとおり、しばらく意識して呼吸を整えて歩いていると、じきに同時に行えるようになった。
「今日からは呼吸法は起きている時間全部これで鍛錬な」
またまたしれっと師匠が恐ろしいことを言ってくる。
「全部ですか?」
「そうすればこれまで呼吸法に充てていた時間を『武術』の鍛錬に割けるようになる」
「それはそうですけど」
「それに、呼吸法は継続してやっているほうがより効果が高くなるんだ。『気』の練りが高まればそれだけやれることも拡がる」
「まだやることが増えるんですね………」
これまでの鍛錬を振り返ってみて、これ以上やることが増えるのか? とリホはげんなりした。
(これまでだって結構、いろんなことやらされてきてるんだけどなぁ………!?)
ナナから教わったことや、旅に出てからの鍛錬のことをぼんやり思い出していたリホは、不意につかんだ気配に気を引き締めた。
「師匠!」
「来たぞ」
森の奥からゆっくりと姿を現したのは、緑と黒の縦縞をもつ大きな虎の姿の魔物だった。
たしか、緑虎。
特段やっかいな特殊能力を持っている訳ではないが、とにかく森に特化した姿と俊敏な動きで襲ってくるタイプの魔物だったはず。
リホは相手の動きを注視しながら、そぉーっと『収納袋』から棒を取り出した。
棒を手に取って構えようとしたリホは、ふと棒が震えているように感じた。
(??)
棒が怯えているの? まさか、そんな。
リホはありえない想像に自分でツッコんだ。
昨夜魔導卿と話したことはすっかり忘れて。
「木が邪魔だからな、動きに制約が出るぞ」
師匠が助言をくれる。
といってもリホだってそれは分かっている。
(飛び掛かってくるところをまずは突きで迎え撃って、その後は――――)
リホが考える間もなく、緑虎は木々の間から素早い動きで飛び掛かってきた。
宙に浮いた一瞬の隙をついて、リホは棒を繰り出す。
まずは相手の攻撃を牽制して、主導権を握らなくては。
そう思って繰り出した棒は、緑虎の喉元に当たった瞬間、その頭を吹き飛ばした。
「!?」
リホは何が起きたのか、分からなかった。
そう、まるで師匠がいつもやっているのと同じように。




