幕間その1 「それをフラグがたつというんだよ」
17.幕間 その1
「――――というわけだったんですよ~」
魔導通信機である小石の上に浮かんでいる骸骨の幻影に向かって、リホは長々と説明をしていた。
あれからカルドの街を疾風のごとく駆け抜け、「あやかしの森」へ近づくように街道を進みに進んで丸一日。
街道から「あやかしの森」へ向かう小道に入って少し進んだところにあった空き地で、リホと師匠は野宿をすることにした。
野宿、というにはあれなくらい豪華なものだが。
ここまでロクに食事も摂ることなく進んできたため腹ペコだったリホは、真っ先に食事を提案した。
因みに師匠はここまでほとんど疲労の様子もなく、腹も減っていないらしい。
食事が済んで気持ちも体も落ち着いたところで、リホはカルドでの顛末を魔導卿に連絡しよう、と思い立った。
何しろ魔導卿が、監察官がカルドを訪れるように手配してくれたのだ。
そしてその監察官の目の前で、執政官を消してしまった。
師匠が。
この後師匠と自分が手配されることになるだろう件も含めて、魔導卿には説明しておく義務がある。
そう思ってリホは魔導卿を呼び出したのだが―――
「ではですねっ、その執政官が消えていくところをもっと詳しく話してくれませんか!? 消えていく感じはあれですか、いつものように砂が風に吹かれるような、ザァーーーっという感じでしたか? それともなにかこれまでと違った消え方をしたとかは!?」
師匠が執政官を消してしまったことを伝えたら、それまで至って平淡に(冷淡に?)報告を聞いていた魔導卿が、それはもうものすごい勢いで食いついてきた。
相変わらず魔導卿は、師匠のこの訳の分からない力に興味津々のようだ。
「消え方なんていつも通りですよ、それよりも私たちに出る手配のほう、なんとかできませんか?」
「いつも通り……、ということはやはり力の及ぶ範囲は変わらずということですね。向けられた武器も短刀、ということは発動に当たってやはり殺傷力の大小は関係なさそうで、ということは………」
「ちょっと、魔導卿? 聞いてます?」
「ん? あぁ、はいはい。聞いてますよ。手配の件ですよね? 問題ないでしょう、そんなものは」
「そんなものって………」
「だってマスターにそんなものは無意味ですよ。捕えようと手を出したものが消えるだけですから」
「それじゃ困るじゃないですか!」
「そしたら戻ってくればよろしいのです。誰も手出しはできませんから、そのまま100年ほど過ごせば何の問題もありませんよ?」
ダメだ。やっぱりこのひと、時間の感覚が狂ってる。
リホは手配の件を魔導卿に何とかしてもらうのを諦めた。
「話は変わりますが、リホ殿が使っている棒なんですが、特に何も強化されていないものですよね?」
唐突に魔導卿が尋ねてきた。
「強化、ですか? さあ、どうなんでしょう……」
そういってリホはちらっと師匠のことを見る。
師匠は食後長椅子に横になってボケーっとしていた。
因みに2人は例の一軒家の中にいる。
師匠が『収納袋』から取り出すときはやっぱりびっくりするが、改めて思うと非常に快適だ。
特に今日みたいに、何の準備もできずに逃げ回っていたような場合には。
「どうなんですか、師匠?」
「な~んにもしてないぞ~」
聴いていないようでちゃんと会話は聴いているらしい。
「だそうです」
「それはようございました。それでは私のほうで役に立つ術式をいくつか埋め込んでおきましょう」
「えっ!?」
「『あやかしの森』に入るとなれば、これまでと違い魔物との戦闘も避けられないでしょう。そんなときにきっとあなたの役に立つように私が考えて付与しておきますから、大いに期待していてください」
それは大いに期待していいのか? むしろ心配すべきなんじゃ?
リホはその言葉を胸の中でぐっと押し殺した。
「………あんまり派手にいじらないでくださいね」
それが精いっぱいだった。
夜の鍛錬を終えて、一軒家の自分の部屋の寝床に入ってから、リホはカルドでの出来事を振り返っていた。
(短いようで長いような、いろいろあった街だったなぁ)
リホの脳裏にワカやノア、街の人々の顔が浮かんだ。
ワカの定食屋の美味しい料理、ノアの愛くるしい姿。
街のみんなの温かい笑顔。
これまでどこの街に行っても生きることに必死で、任務をうまくこなせず最後は逃げるようにそこを後にしていたリホにとって。
カルドの街は、不快なこともあったけれども、人々との交流が初めてといってもいいくらいの濃さであった場所だった。
それだけに、今後いつまでになるかわからないが、街のみんなと再会どころか近寄ることもできない状態なのが、少々うらめしい。
(師匠がなぁ、あんなことにならなければ………)
せっかく大事にならないように、自分が前面に立って解決にあたったというのに、最後の最後で全部ひっくり返されてしまった。
もちろん、師匠は悪くない。
悪いのは短刀を構えて突っ込んでいった執政官だ。
でも執政官もあんな結末になると分かっていたら、絶対突っ込んでいかなかっただろう。
(まあ、あれこれ考えてもしょうがないか……)
ノアの可愛い姿をもう見られないと思うとかなり来るものがあるが、それもいつかなんとかなるかもしれない。
それこそ魔導卿に頼んでみようか。
そんなことを考えながら、リホはすーっと眠りに落ちていった。
その頃。
研究室の一角で魔導卿はリホの棒を手に取って、怪しい笑みを浮かべていた。
「さて、どんな強化を施しますかねぇ。見た目は普通の木の棒なのに、振るえばとんでもない威力を発揮する。以前マスターから伺った自在に長さを変えられる、というのも魅力的ですが………」
魔導卿は手にした棒をゆっくりと撫でまわしながら一人呟く。
「せっかくの機会ですから、いろいろと試してみることにしますかね。楽しみですねえ~」
そう言うと魔導卿は棒を研究台の上に横たえて、嬉々として作業に取り掛かっていった。
翌日。
おそらくカルドで聞いたキノコの収集人がつけたであろう小道を通って、リホと師匠は「あやかしの森」へ向かった。
野営したところからさらに南西に向かって歩いていくと、やがて遠くに鬱蒼とした大きな森が広がっているのが見えてきた。
「あれが『あやかしの森』だ」
師匠がリホに説明する。
「師匠は来たことがあるんですか?」
「あるよ」
「いつですか?」
「ずいぶん前だろうな」
師匠の「ずいぶん前」って、どのくらい前なんだろう?
「?」
師匠が立ち止まった。
「どうしましたか?」
「お前、ここで呼吸法してみろ」
「はい?」
「大周天だ」
「なんでまた急に………」
『大周天』というのは呼吸法の第二段階で、自分の体内に巡らせた『気』を用いて、自分の周囲にあるすべての存在の『気』を感じ取る、というものだ。
本当はもっと奥深いものらしいのだが、リホは今その周りの『気』を感じ取る、ということに全力を注いでいて、それ以上のことはまだこれからだった。
言われるままにリホは自分の『収納袋』を置いて姿勢を整え、呼吸を取り始めた。
まずはゆっくりと自分の『気』を練っていく。
深い呼吸を繰り返し、ようやく体内に『気』が巡り渡るのを確認して、リホは意識を外へ向け始めた。
正確には足の裏に意識を集中させる。
そこから自分の周囲の『気』の流れを感じ取っていくのだが、しばらくするとリホはその流れがおかしいことに気づいた。
変な脈動がある。
「師匠、これは………?」
リホは目を開けて師匠を見た。
師匠はリホをじっと見ている。
「わかるか?」
「はい」
「やはりなんかおかしいな、ここは」
師匠は森を仰いでそう言った。
そうしてリホと師匠は「あやかしの森」へ入っていくことになった。




