一幕四場 「最悪と言える時はまだ最悪じゃない?」
16.一幕四場 「カルド」(7)
「終わりなのは貴殿の方ですよ?」
不意に後ろから声が掛かった。
リホが振り向くと、街の皆の間から一人の貴族が歩いてきた。周囲には完全武装の護衛達が展開している。
貴族の後ろからはワカをはじめ数人が続いて入ってきた。
ノアはワカの姿を見ると一目散に走っていった。ワカもノアをしっかりと抱きとめて涙を流している。
その様子をちらっと見た後、貴族はリホ達のすぐ横までやってきた。
「私は地方監察官のワナリー伯爵だ。貴殿の行っていた不正については既に街の者たちの証言と証拠を押さえている」
ワナリー卿はそう告げた。口調は普通だが、込められた圧がかなり強い。
「な、なにかの間違いですっ、わたしが不正だなんて……、監察官ともあろう方が、こんな連中の口車にのせられるなんて」
「口を慎む方がよいぞ、執政官。私は中央から正式な要請を受けてここまで来ているのだ。既に貴殿の行いは中央の知るところとなってる。言い分があるのならば、しかるべきところで申し開きをしてみるがよかろう」
「そ、そんな………」
執政官は懇願するような素振りを見せたが、ワナリー卿はそれには取り合わず、冷徹な目で見るだけだった。
その様子をみて執政官の周りの護衛たちもあたふたしだしたが、やがて全員ワナリー卿の連れてきた騎士たちに拘束されていった。
「これは………、すべて解決した、ってことで?」
リホは突然の展開に驚いたが、監察官の手配ができた、という魔導卿からの連絡を思い出すと、この状況に納得していた。
「ん~、こいつに『おしおき』してやりたいところなんだが」
“師匠”は膝をついて俯きブツブツ何かを呟いている執政官を見ている。
そんな2人にワナリー卿が向き合った。
「もしや、リホ殿と“マスター”様でしょうか?」
「は、はいっ。って、“マスター”様?」
「ご挨拶が遅れました。改めまして私はワナリー伯爵と申します。この度はカルドの街の不正を暴いていただき、ありがとうございました」
ワナリー卿は2人に向かって頭を下げた。貴族に頭を下げられることなどこれまでなかったリホは大いに慌ててしまった。
「い、いえ、そんな、お礼なんて。わたしたちはただ街のことを思って……」
「そのことに感謝を申し上げておるのです。今回のこと、地方を預かる監察官としてお礼と共に深くお詫びをしなければならないことと反省しております」
ワナリー卿は再び頭を下げた。
「卿はいつ街に?」
“師匠”はそんなワナリー卿の様子に動じることなく尋ねた。
「皆さんがこちらに来るのと丁度入れ違いになったようです。ワカさんが事情を全て説明してくれまして、急ぎこちらへ駆けつけた次第です」
ワナリー卿はまだ抱き合って泣いている母娘を見やって少し目を細めた。リホも2人の様子をみてようやくほっとした気持ちになった。
「執政官はどうなる?」
“師匠”が一番気になることを訊いた。
「執政官は中央に送られて、そこでより詳細な取り調べが行われます。併せてかの者に協力していた貴族にも調べが入るでしょう。違法奴隷まで集めていたようですから、極刑は免れないかと」
「そうか。それならそれで、とりあえず善しとするか」
“師匠”はそう言うと、騎士たちに引き立てられていく執政官に近寄った。
「本当ならお前を『おしおき』して確かめたかったんだが、仕方ないな。まあ大人しく裁かれることだ」
「くっ!」
「お前のしでかしたことは“面白くない”ことだった、それがわかっただけでもいいだろう」
そう言うと“師匠”はくるっと振り向いて戻ってきた。
「……くっそぉ~~~~、貴様が、貴様さえいなければっ」
騎士たちに両手を拘束されようとしていた執政官は、一瞬の隙をついて騎士を振りほどくと、隠し持っていた短刀を振りかざして“師匠”へ襲い掛かった。
「あっ!?」
そこからの出来事がゆっくりと流れるように、リホの目に映った。
短刀を振り上げて切りかかる執政官、慌てて止めに入ろうとする騎士、瞬時に袂から杖を取り出そうとするワナリー卿……。
その見ている前で、“師匠”に切りかかった執政官が、短刀とともに消えてしまった。
まるで風に吹かれた砂がちりぢりになっていくように……。
「「「「「「「……えっ?」」」」」」」
その場にいた全員が、今目の前で起きた出来事が理解できず固まっている。
リホ以外。
(う、うわぁぁぁぁぁぁ、やってしまったぁぁぁぁ)
リホは慌てに慌てた。
よりによって監察官の目の前で、一番最悪な結末になってしまった。
(あんなに師匠に手を出させないようにしたのに、これじゃあ全部台無しじゃない! っていうか、これじゃわたしたち、執政官殺しになってしまうの!?)
そう思ったあとのリホは早かった。
「師匠、逃げますよ!」
「? そうか? そのほうがいいか?」
「当たり前ですっ!」
周りがまだ執政官が消えてしまったことを呑み込めていないのを幸いに、リホと“師匠”は執政官の館から遁走した。
ワカとノアに声を掛ける暇もなく。
とにかく街を出ることを最優先にひたすら走り抜けていった。
「…………一体、何が起きたのだ?」
ワナリー卿はたった今目の前で起きたことが理解できず、脱兎のごとく走り出したリホ達を追うことも忘れていた。
「執政官はどこに消えたのでしょう?」
騎士の一人が周囲を見回しながらワナリー卿へ尋ねてきた。騎士も今起こったことが理解できていない。
「分からない………分からないが、執政官が消えてしまったことは事実だ」
ワナリー卿はすぐに魔力探知の術式を作動させたが、執政官がここから逃走した形跡はなく、執政官の魔力はどこにも見当たらなかった。
「これでは、中央にどう報告すべきなのか……。ここまで追い詰めておきながらみすみす取り逃がすことになるとは」
「取り逃がした、というよりは、あの者たちが執政官に対して何かしでかした、ということにはなりませんでしょうか」
「どういうことだ」
「恐れながら監察官殿は執政官を捕らえる寸前だった。それをあの者たちが妨害したため、執政官を取り逃がした、ということになるかと」
「しかし執政官は消えてしまったのだぞ?」
「それであれば、あの者たちが執政官を殺害したことにするのがよかろうかと存じます」
ワナリー卿は今回の要請を下ろしてきた伝手のことを思いやった。騎士たちはそのことを知らないから何とでも言えるが、自分にとっては恩師筋からくれぐれもよろしく、と言い含められて出向いてきた事件で、その当人たちを犯罪者に仕立て上げるには抵抗があった。
とはいえ、このままでは執政官を取り逃がした失敗を自分が被ることになってしまう。
(あの2人もここから逃走してしまったし、頼まれていた不正の摘発はできたわけだしな。そこまで義理を立てなくても申し開きはできるか)
そう考えたワナリー卿は、執政官の部下達を中央へ連行し証言をさせることにして、一方でリホと“師匠”については執政官殺害の容疑をかけて地方へ手配することとした。
街の皆はリホと“師匠”があっという間に街からいなくなってしまったことを悲しみ、2人が犯罪人として手配されたことに憤りを覚えたが、ワナリー卿から「手配はするが積極的には探さない」という言質を受けてようやく落ち着いた。
そしてリホと“師匠”を街を救った恩人として、いつでも迎え入れる心づもりをしていた。
これでカルドの街編は終わりになります。次回幕間を挟んで、次幕が始まります!




