一幕一場 「まどうきょうって、なに?」
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「しばらくぶりだな、魔導卿」
リホを助けた男が、骸骨に向かって声をかける
骸骨は恭しく頭を下げた。
「今回は少し長めでしたね」
「そうかな? まぁ、いろいろ変わったことも多かったからな。」
「それにこのようなおまけまで…」
そういって骸骨がリホのほうを向いた。
リホはその眼窩に光る青白い光をみて震えあがる。
「あぁ、そいつは今日から俺のものになった」
「そうではないかと思っておりました。そうでなければマスターがここに連れてくるようなことはございませんでしょうから」
「名前は…」
そういって男が首を少しかしげる。
「そういえば、まだ名前訊いてなかったな?」
「はっ、はい! リホです!」
リホはあわてて直立不動で答える。
「そうですか、リホ殿ですか」
骸骨は胸に手を当てながらリホへ向かって深々とお辞儀をした。
「私はゼスト・ゲペンシュテルン大公爵と申します。不肖ながらマスターにお仕えしている者です」
「ゼスト・ゲペンシュテルン大公爵…、まどうきょう…、魔導卿!?」
リホは飛び上がった。
魔導卿――現代使われている魔導術式、いわゆる「魔術」の生みの親にして、古代魔法王国の天才魔導士だった伝説の人物。
しかし今から2000年も前に存在した人物であり、ヒト族であったはずで、いまこうして自分の目の前にいるってことは―――!?
「あなたの言うとおり、私はかつて『魔導卿』と呼ばれていた存在です。しかし今はただのアンデッド。どうぞ“絶え間なき魔導の探求を進める孤高のリッチロード”とお呼びください」
「魔導卿が現代に存在していたなんて、こんなの歴史的な大発見だわ!」
アンデッドへの恐怖もさることながら、今や知らぬ人はいないとされる魔導の祖を目の前にしていることに、リホは興奮した。
魔導卿は少し残念そうに、
「そうですか…あなたもそう呼ぶのですね……あなたがそうお呼びになるのであればそれで構いません。……ところでマスター、リホ殿はここに住むということでよろしいので?」。
「ん? そうだなぁ、どうしよ?」
男はリホと魔導卿のやり取りを大して気にもせずにいたが、魔導卿から問われて少し考えていた。
「とりあえずここにいて、あとは一人でも生きていける程度に強くなる、ってのはどうだ?」
「せっかく手に入れたものを放り出されるので?」
「いや、このままだと持ち歩けないからな。自分の面倒は自分で見られるようにはなってもらわんと」
「なるほど、かしこまりました。それではマスターの仰せのままに」
男は両腕をあげて軽く伸びをした後、
「じゃあとりあえず、こいつにここの案内を頼む」
そういって男は広間から通じる別の通路に消えていった。
魔導卿は男を見送ってから、まだ興奮しているリホに向き直る。
「ではリホ殿、こちらへ」
そういって魔導卿は少し先にあるテーブルへとリホを招く。
リホも促されるままテーブルのもとへ行き、座り心地の良い椅子に腰かけた。
「さて」
魔導卿が人差し指を立てて空を一振りすると、何もなかったテーブルの上にティーカップセットが現れた。そしてお茶も。
「お茶でも飲みながら少しお話ししましょう」
そう言って魔導卿はリホの前のカップに紅茶を注ぎ、ついで自分のカップにも注いだ。
それを見ながらリホは
(魔導卿って、お茶が飲めるの? だいじょうぶ? 飲むそばから下に零れてったりしないよね?)
と一人で心配していた。
そんなリホの考えを見透かしてか、
「心配いりませんよ。この身体はあくまで『そう見える』ようになっているだけですから。お茶を飲むなんて造作もないことです」
そういって魔導卿はカップを傾ける。
それを見てリホもカップに口をつけた。
「ところで、あなたはなぜここへ?」
改めて魔導卿が尋ねる。
「えっ? えっと…」
「いえ、あなたがマスターの所有物になったいきさつは知っています。見ていましたので。
そうではなく私が知りたいのは、なぜマスターにあのような申し出をしたのか、ということです」
「それは……」
リホはクァッドの街からここまでの話をした。
ついでにこれまでの自分の人生がいかに運がなかったか、ということも。
魔導卿はずっと耳を傾けて聞いていたが、リホが話し終わると、
「それは随分と貴重な体験をなさいましたねぇ」
「貴重?」
「えぇ、貴重です。ハーフエルフの出自だけでも十分貴重ですが、それに加えてそれほどまでに不運が重なるとは……。これは是非その仕組みを研究したくなります」
「研究、ですか…」
「あぁ、でも残念です! あなたはマスターの所有物、私が好きにあれこれできる余地はもうないのです!なんたる損失! なんたる不運! こんな機会はめったにないことなのに……」
「は、はぁ……」
リホは目の前の骸骨が大げさなしぐさで残念がっている姿を若干引き気味で見ていた。
やっぱり魔導卿は普通の人とは違うのだろうか? まぁ人じゃないけど。
そんなことを考えているリホを置いて、魔導卿はすっと元に戻る。
「さて、これからのことですが…」
再び魔導卿が人差し指を立てて空を一振りすると、リホの前に青白い人型のものが現れた。
宙を浮いているそれは、リホの周りをゆるやかに飛び回っている。
「このシルフがあなたの世話をします。何でも申しつけてください」
「?? シルフ?」
「えぇ、シルフです」
「シルフって、あの精霊の?」
「えぇ、その精霊のシルフです」
訳が分からなかった。
シルフといえば風の精霊であるが、精霊術士が術式を組んで召喚するものであり、召喚しても肉眼で見える場合などほとんどない。でも、今自分の目の前を飛んでいるのは、随分と実体感のあるそれだった。
「なんでシルフが私の世話を? というか、魔導卿って、精霊術も使えるんですか!?」
「私は魔導術式の創始者ですからね。精霊術の術式も当然理解しています」
魔導卿はやや得意げに胸をそらしてそう言った。
魔導卿、結構褒められたがりなんだ、とリホは内心思った。
「ここではいわゆる“生活”に必要なことはすべて精霊達が代わりにこなしてくれますから、心配無用です」
「わ、わかりました」
「ではこちらへ。この城の中を案内します」
そういって魔導卿は立ち上がり、リホを手招いた。
リホも急いで立ち上がり、後に続く。
入口から入ってきたのとは別の通路を抜けながら、魔導卿がリホに伝えた。
「ここにはマスターと私以外には精霊しかいませんが、極稀に訪問者があります。来ればすぐにわかりますので私が応対しますが、もしあなたが訪問者と出会ってしまったら…」
そこで魔導卿は少し言葉を切った。
「諦めてください」
「ふぁっ!?」




