六幕一場 「歳が上にもほどがある」
(なんだろう、この微妙な気まずさは……)
リホは中庭に漂う雰囲気のぎこちなさに勝手に気を回していた。
師匠から滞在許可がでたルズは、だからといって何をするのでもなく、師匠の横でモジモジしていた。
見かねたリホが「じゃあみんなでお茶でも」と提案して、恒例の中庭ティーパーティが開催されることになったのだが。
師匠の横にぴっとりくっついて座っているルズ。
そんなルズに対してちょっと恨みがましい目を向けているフーカと、探るような視線を向けているモネ。
いつものように全員のお茶の世話をしている魔導卿。
一人我関せずの師匠。
だれも言葉を発しないのだった。
(ルズさんせっかく師匠と一緒にいるのに、どうして何もしゃべらないんだろう? それにフーカちゃんとモネちゃんもずっと黙ったままで。師匠は……まあ、いつも通りだけど、それにしたってこの空気はちょっとなぁ……どうしよう?)
「あ、あのルズさん?」
「?」
「ルズさんは、その……あのぅ……」
(くぅっ、会話のスキルが欲しい……)
「ルズ、そういえば結界は大丈夫なのか?」
ルズと何を話せばよいのかリホが頭を悩ませていると、師匠がしれっと話をぶち込んできた。
(師匠、ナイスです!)
リホがこっそり拳を握りしめた。
「ひゃ、ひゃい? な、なんでしょう? ……あ、け、結界のことですか? そ、そうですね、大丈夫だと、思います……」
(ルズさ~ん、それじゃ全然話が弾まないよ~)
少し俯いた感じで膝の上で指いじりをしているルズは、まるで初恋の相手を前にした少女のようだ。
たしかに見た目は超絶美少女ではあるが、何と言っても吸血鬼だ。
見た目通りの年齢とは思えない。
(そういえばルズさんって、いくつなんだろう? いつ師匠と知り合っ―――)
「ルズさんは、お師匠様といつどのようにお知り合いになられたのですか?」
モネがいきなり核心に切り込む質問をぶつけてきた。
その表情は意外と真剣で、普段のほんわかしたモネとはちょっと違っていた。
「わたしと旦那様との出会いですか? ……それは………」
ルズはちらっと横の師匠を見る。
その上目遣いの表情にリホは思わず引き込まれる。
何をしても破壊力抜群の吸血姫だ。
「別に構わんぞ。お前が話せる範囲で話してやれ」
師匠にそう言われてルズはふぅっと一息ついてから話し始めた。
「……わたしは長い間ずっと、一族によって幽閉されていました」
「「「!?」」」
いきなりの告白にリホだけでなくフーカ、モネも衝撃を受けた。
「わたしの力は同族にとって有益であると同時に、同族を含めた不死者に対して致命的ともいえるものなのです。そのためにわたしは生まれてすぐに城の一角に閉じ込められ、外界との接触を一切断たれていました」
「そんな……」
予想もしていなかった重い話にリホは言葉が続かなかった。
「わたしは自分の力を疎み、自分の存在を否定しながら生き続けていました。そんなある日、我が国にいらっしゃったのが旦那様でした」
「お師匠様が……?」
「旦那様は城に閉じ込められていたわたしを解放してくれて、わたしに存在する意義を教えてくれました。その時からわたしはわたしの全てを旦那様に捧げることにしたのです」
「全てを捧げる……!」
言葉とそこに込められたルズの想いに、モネが思わず赤面する。
リホは気になっていることを訊いてみた。
「それっていつ頃の話なんですか?」
「今から500年くらい前のことです」
「……………はい?」
フーカとモネも理解できないのか固まっている。
魔導卿だけが涼し気にお茶を飲んでいる。
「………いまなんと?」
「ですから、今から500年ほど前にわたしは旦那様と出会ったと―――」
「「「ええええええええええええ~~~~~~~」」」
「? そんなに驚くことなの?」
「この三人はマスターのことをほとんど知らないのです。だから貴方の話を聞いて驚くのも無理はないのですよ」
「そ、そうなの? それじゃあ話したのはまずかったの……?」
ルズはおずおずと師匠の顔色を窺うように覗き見た。
「こいつらが勝手に驚いているだけだから、気にするな」
「そ、そうですか! 良かった!」
一気に表情が明るくなるルズ。
とにかく分かりやすい。
「良くない良くない良くな~~~い!! ちょっと、師匠! どういうことですか!? 500年前って!」
「まさか、マスター様も先生と同じく不死者だったりとか……」
「ああ、やはり尋常の者とは違っていたのですね。さすがは我が神……」
「言葉通りだよ。そんなに驚くことでもあるまい。500年生きてる奴なんてざらにいるだろう?」
「それは、そう言われればそうですけど……」
リホは自分もハーフエルフなため、長寿の者のことはよく知ってはいる。
普通のエルフでも500年生きる者は結構いるし、ハイエルフともなれば1000年以上生きている者もいる。
だから師匠からそう言われれば決してありえない話ではないと頭では理解はできるのだが、勝手に師匠を自分に近い存在として考えていたため、自分よりもはるかに年上だったという事実を心が素直に受け入れられないのだった。
「それならそうともっと早くに言っててくれれば……」
「お前が訊いてこなかっただけだ。別に隠していたわけじゃない」
「えぇ~、そうですかぁ?」
リホはこれまでの師匠との会話を思い返した。
なんだか要所要所ではぐらかされてきていた気がしないでもない。
「ルズさんは、それでは500年もの間お師匠様を思い続けていたのですか?」
年齢の衝撃が少なかったモネがルズに確認してきた。
モネはどうしてもそこが気になるらしい。
「ええ。……わたしは旦那様のために存在しています。旦那様が今のわたしの全てです」
顔を上げ真っ直ぐにモネを見据えて決意を語るルズに、モネも感じるところがあったようだ。
「あ、あの、ルズさん? その……あなたの力というのは? 不死者に対して致命的な力って、一体……?」
さっきの話の中に出てきたルズの力の中で、フーカはどうしてもそこが気になってしまっていた。
不死者に対して致命的?
既に死んでいる者に対して致命的って、一体どんな力なのか?
もしかしてそれが先生をボロボロにした力なのかしら?
「それについては私から話してよろしいですか?」
魔導卿がルズに確認を取る。
ルズは無言で頷いた。
「ルズの持つ力は、ルズと同じ吸血鬼だけでなく不死の属性を持つもの全てに対して特効となるものです。不死者の存在原理そのものに対して影響を与える力であるため、相手の実体のあるなしに関わらず効いてしまいます」
「どういうことですか、魔導卿?」
「分かりやすく言えば、不死者相手に普通に殴ったり蹴ったりして傷を与えることができるということです」
「ああ~」
ここにルズが現れた際の魔導卿の姿を思い出して、リホは納得した。
「そしてその力は同時に、ルズのいるヴェラツェレン王国に対する強力な保護結界となるものでもありました」
「保護結界?」
「かの国は『常闇の国』と呼ばれていますが、それを創り出していたのがルズの力だったのです」
「えっ?」
「ルズの力は強力な闇の属性です。その力を用いてヴェラツェレン全域を吸血鬼の本分である闇に閉ざしていたのです。そのためもありルズは城に幽閉されていました」
「「「!」」」
「今はその結界を我が術式によって代用させていますので、ルズはこのように比較的自由に動くことが出来るようになっています」
「それでも、わたしが出歩くと周りのものが怯えたりするから、あんまり城から出ることはないのだけれど」
そう言った時のルズの顔は心なしか寂しそうだった。
「その結界の保守期限が迫ってきているので、状況確認をしに行ったはずだったんですが……」
「そ、それは、ほんとにもうしわけない……」
最後の方はごにょごにょと言葉を濁したルズは、椅子の上で小さくなっていった。
「さあ、貴方もそろそろ戻らなければならないでしょう。私も付いていきますから、帰る準備を―――」
キィィィン!キィィィン!
突然甲高い鐘のような音が鳴り響いた。
音の出所に皆の視線が集まる。
音はルズから出ていた。
「緊急連絡!? 何があったの?」
「ヴェラツェレンで何かあったのか? 応答できるか、ルズ?」
「は、はい!」
ルズが左手の中指に嵌めている指輪に顔を近づけた。
警報はそこから鳴っていた。
「………さま、ルズ様!」
「何かあったの?」
「結界が……、何者かに破壊されました!」
「!?」
驚くルズの隣で、魔導卿の目の炎がゆらゆらと煌めき始めた。




