六幕一場 「美少女の恥じらいに勝るものなし!」
「せ、せ、正妻ぃ~~~~!? 師匠、どういうことですか!」
「そんな………我が神が妻帯者であったなんて………、はっ、ということはこの方も神ということでは?」
ストレートに疑問をぶつけてくるリホとやや明後日の方向へ行こうとしているモネ。
そして会話の流れに置いて行かれて魔導卿の横で困惑しているフーカ。
「せ、先生。一体どういうことですか? マスター様に正妻なんて……」
「あれはですね……」
説明を始めようとした魔導卿の機先を制するように、ルズが主張しだす。
「わたしこそが旦那様の正妻にして唯一の妻、ヴェラツェレン王国の王姫にして全吸血鬼の頂点、ルズルァフェーティアムなのですっ!」
「る、るずるぁっ――いたっ!」
言いなれない名前にリホは思わず舌を噛んだ。
「意外と言いづらい名前だからな。ルズと呼んでやってくれ」
「そ、そのルズさんが、どうして師匠の正妻なんですか?」
「それはわたしこそが旦那様の側にもっとも相応しい存在だからです!」
「いろいろ拗れるからちょっと黙ってな」
そういって師匠はルズの口を手で押さえた。
それを見たリホとモネはますます驚愕する。
いままで師匠がそんなことを他の誰かにしたことなんてなかったのだ。
「モ、モガモガ………」
「正妻うんぬんはこいつが勝手に言ってるだけだ。ちょっとしたいきさつでな」
「ちょっとしたいきさつで正妻って! それ、ちょっとしてませんよ、師匠?」
「そうですよ。結婚は神聖なるものです。神の御前にて二人が永遠の愛を誓い合うものなのですよ? お師匠様はそれをそんな風に」
「そんなこと言われても、事実だしな。こいつがおれに懐いているのは事実だが、それ以上のことはないぞ?」
「モガモガモガ、モガモガモガモガ!」
師匠に抑え込まれているルズがじたばた何かを訴えている。
「だとしたら、どうしてそんな人がここへ来たんです?」
「それは魔導卿に訊かないと分からんな」
「私から説明させてください」
話を振られた魔導卿がフーカに支えられながら近寄ってきた。
急速に体が回復しているようで、見ている間にもどんどん骨がくっつきあって再生していっている。
「作業前にルズのところへ挨拶に寄った際、つい口を滑らしてしまいまして」
「何をだ?」
「マスターのところに現在3人もの娘が集まってきていて、『死の大地』の雰囲気も以前とは大分変わったことを漏らしてしまいました。そうしたところ、ルズが逆上しまして」
「ふむ。そうだろうな」
「ここへ来るのを止めようとしたのですが、何分相性的にどうすることもできず、転送を許してしまいました」
「まあ、仕方ないだろう。卿ではブちぎれたルズを止めるのは難しいだろうしな」
「いえ、不覚さえとらなければ如何様にもやり方はあるのですが……さすがに瞬間的に力を使われると対処のしようもないので」
「あ、あの、先生? 質問いいですか?」
「なんですか、フーカ」
「相性って、どういうことですか? その、ルズさんは吸血鬼なんですよね? 不死王である先生との相性なんてあるんですか?」
「ほう、良いところに目を付けましたね。ただ、それを説明するにはルズ本人の許しがなければ話せません」
「どうしてですか?」
「彼女自身の力に直結する話題だからです。それを私の一存で他者に漏らすわけにはいきませんので」
そう言って魔導卿は未だ師匠に口を押えられたままのルズを見た。
心なしかされるがままに師匠に体を預けているように見えるのは気のせいか?
「マスター、もうそろそろよろしいのでは? ルズにも一応弁明の機会を与えてあげましょう」
師匠がルズを解放する。
ルズは小声で「ちぇっ、せっかく旦那様とべったりしてたのに……」と不満を漏らすも、促されるままに椅子に座った。
「さて……、ヴェラツェレンで貴方が私に働いた凶行についてはここでは敢えて聞かぬことにしましょう。貴方の性格を知っていながら思わず口を滑らせた私にも落ち度がありますし。その上で、ここへ転送してきて、何をするつもりだったのですか?」
「そ、それは……だって、お前が変なこというから」
「私はただ『最近女性が増えたので姦しくなった』ということしか言わなかったはずですが? それを貴方が勝手に拡大解釈したのではないですか?」
「うぅ、だって、そんなこと言われたら気になるじゃない! いままで旦那様のところに女性がいるなんて聞いたことなかったし!」
「ナナ殿だってエラだっているでしょう。貴方以外の女性が―――まあ、ナナ殿は女性と言い切れるかわかりませんが―――マスターの側にいることがこれまで皆無だったわけではないでしょう?」
「ちょっと待って。いまなんかすごい情報きた!」
リホは聞き逃さなかった。
「だってだって! ナナもエラもここにいないじゃない! それにあの二人は別に敵じゃないもの! ちゃんとわたしのこと分かってくれてるから! それなのに、全然知らない女がここにたくさんいるなんて、そんなの聞いたら……」
「聞いたら、何なのですか?」
いきなり顔を真っ赤にしてルズは俯いた。
ややあってポツリと漏らす。
「会いたくなったんだもん、旦那様に」
言った後に盛大に顔を手で覆い隠すルズの姿に、リホ達はポカンとしていた。
え、師匠に会いたくなったから、ここに押しかけてきたの?
あんな凄い魔力爆発させて??
しかも魔導卿のことボコボコにして???
リホの知っている中だと、ナナが師匠に対する好意を直接的に表現していたが、それでも節度は保っていた(と思う)。
それに比べてルズの表現方法は何と過激というか、直情的というか。
それがいま目の前で真っ赤になってモジモジしている姿と、どうしても結びつかない。
「で、どうするんだ、お前は?」
師匠に問われてルズははっと顔を上げたが、やがてしょんぼりと視線を落とした。
「…………帰ります」
「そうするべきでしょう。いきなり貴方がいなくなったことでヴェラツェレンでも大騒動になっているはずです。結界の保守もありますし、早急に戻るべきかと」
「……………………はい」
どんどん小さくなっていくルズを見ているうちに、リホは何だか可哀そうな気になってきた。
理由はいまだ分からないが、この人は師匠のことが好きで好きでたまらないんだ。
それなのに自分の知らないうちに師匠の側に女の人が増えて、それを知ってしまったらいてもたってもいられなくなって。
駆けつけて師匠に会ってみたら、もう自分の国に戻らなければならなくて。
リホでも恥ずかしくなるくらいの超絶美少女が目に見えて落ち込んでいく姿に、リホはほだされてしまった。
「魔導卿、そんなにすぐに戻らなきゃいけないんですか? もう少しルズさんにここにいてもらうことはできないんですか?」
「ここにですか? ルズがここに留まる理由はないんですよ? それよりも速やかにヴェラツェレンに戻る方が理に適っているのですが」
「それでも! あと少しだけ、ここにいてもらうのは難しいですか? わたしもルズさんといろいろお話ししたいし!」
「………貴方はその吸血姫に吹き飛ばされたのですよ? それなのに庇うのですか?」
「魔導卿だってボロボロにされたのに許してるじゃないですか」
「許したわけではありません。ここでは不問にする、といったまでです。いずれこの借りは返させてもらうつもりです」
「とにかく、あともう少しだけ。ねっ、お願い! 魔導卿」
両手を合わせて頼み込むリホを見やってから、魔導卿は師匠へ判断を仰いだ。
「いかがいたしますか、マスター」
「まあ、少しならいいんじゃないか? どのみち何かあるなら言ってくるだろう」
「そうですか、ではマスターの仰せのままに」
魔導卿が胸に手を当ててお辞儀をする。
「ルズさん、もう少しいられますよ! よかったですね!」
この展開に一番驚いていたのはルズだった。
「……いいの? わたし、ここにいてもいいの?」
「もう少しだけな。お付きの連中も心配するだろうから、遅くならないように戻るんだぞ?」
「はいっ! ありがとうございます、旦那様!!」
大喜びで師匠に抱きつくルズを見て、リホはまた目を丸くする。
そしてその横ではフーカとモネが複雑な表情を浮かべていたのだった。




