六幕一場 「くっ、四天王の中でも最強、ってやつ?」
それはある日の昼前の話だった。
「そうか、もうそんなになるのか」
「はい。先方からはまだ何も言ってきてはおりませんが、何か言われる前に先手を打っておいた方が良いかと思いまして」
「そうかもしれんな。あそこの連中じゃあ、それこそ問題が発生してから連絡を寄越しそうだ」
いつもの中庭で師匠と魔導卿が話しこんでいた。
そこへ午前の鍛錬を終えて着替えてきたリホと、同じく午前のお勤めといって自室で何かをしていたモネがやってきた。
「二人してなんの相談ですか? また何か良からぬ計画をしてたりしてます?」
「リホ殿も人聞きの悪いことを。私の外出の話をマスターとしていたのですよ」
「外出? 魔導卿が?」
「ええ。とあるところへ出向く必要が生じたので、そのことについてマスターにご報告をしていたところだったのです」
「わたし魔導卿はここから出られないんだと勝手に思い込んでいました。引きこもりじゃなかったんですねぇ」
「丁度いい。リホ、フーカも呼んでこい。まとめて話したほうが早い」
「分かりました。魔導卿、フーカちゃんは研究室に?」
「今取り掛かっている術式がありますが、私の外出中は一旦中断させますので、そう言って連れてきてください」
言われるままにリホは魔導卿の研究室にフーカを呼びに行った。
しばらくするとなぜか意気消沈しているフーカをリホが引っ張ってきた。
「ほら、フーカちゃん。気分転換して。そんなに研究室に籠りっきりだと、体に良くないよ?」
「はぁ~、もう少しで解決の糸口が見えるかもしれないってところだったのに、先生がいなくなってしまって中断しなきゃいけないなんて。先生、どこに行くんですか?」
魔導卿はリホ達三人のためにお茶を淹れてくれた。
フーカという助手が出来ても、この役だけは魔導卿が任せてくれない。
「ヴェラツェレン王国ですよ」
「「「ヴェラツェレン王国!?」」」
リホ、フーカ、モネの声が重なった。
ヴェラツェレン王国。
知らぬ者のない、吸血鬼の王国。
大陸北西の一角を占め、数百年以上に渡って他の国からの侵攻を受けたことがないという、屈指の強国だ。
噂ではかのヴィステリウム魔術大学院よりも歴史が古いとも。
そんなところに魔導卿がなんの用なのだろう。
「あれですか、同じ不死者の誼で、とか」
「リホ殿。彼ら吸血鬼と私とは根本的に成り立ちが違います。彼らはそういう種族としてこの世界に生を受けています。私とは違うのですよ」
「ヴェラツェレン王国と言えば常闇の国として有名なところですよね? 本当にそのような場所が存在しているのですか?」
「良いところに目を付けましたね、モネ殿は。正にその常闇の国へ行くのです。それが外出の目的の一つでもあります」
「何をしにいくんですか、先生」
「ここでは詳細についてはお話しできません。しかるべき時が来たら、その時には貴方にもお手伝いしてもらいます。今回はここで留守番をしていてください。先ほどリホ殿から聞いたと思いますが、私の留守中は魔術の研究は一旦中止にしますからね?」
「むう、わかりました~」
やはりフーカは魔術研究を中断しなければならないことが不満のようだ。
「そしたら先生が帰ってくるまでの間、私は何をしてればいいですか?」
「そんなに長い間は留守にしませんから、たまにはのんびりと過ごしていれば良いでしょう。貴方がその気なら、マスターから『武術』を教わってみる、というのも一つですよ?」
「いいっ?」
「案外新しい魔術のきっかけが見つかるかもしれません。何事も経験です、どうですか?」
「いえ、遠慮しておきます。リホさんの鍛錬を見ていたら、とてもじゃないですけど私には耐えられそうにありません」
「フーカちゃん、最初は優しくしてあげるから、一緒にしよ? 終わった後の爽快感、気持ちいいよぉ?」
「いいです、いいですってば」
フーカにウザ絡みするリホの様子にケラケラと笑い声を上げるモネ。
「何日くらいかかりそうだ?」
「そうですね、あちらの協力体制にもよるでしょうが、何も問題がなければ5日もあれば十分かと」
「わかった。その間のことは任せておけ」
「恐れ入ります。マスターにいていただけるとなれば、何の心配もございません」
胸に手を当てて魔導卿が恭しくお辞儀をした。
「それで、魔導卿はいつ出発するんですか?」
「準備ができ次第、すぐに出向きます」
「ふ~ん、じゃあ、お土産いっぱい買ってきてくださいね? 常闇の国のお土産って何があるんだろう? なんか珍しい食べ物とかあったら絶対買ってくださいよ?」
「あ、私もお土産欲しいです、先生。私はかわいい小物とか、魔道具に使えそうな綺麗なアクセサリーがいいです」
「私は地元特産の銘酒などがあれば是非……」
「……私は観光旅行に行くわけではないんですよ?」
魔導卿は呆れながら自室へ戻っていった。
「何だか、魔導卿がいないと変な感じ~」
魔導卿が出発した翌日、中庭でお茶を淹れながらリホが呟いた。
「そうですね……、私もなんだか落ち着かないです」
「フーカちゃんはね~、研究室で四六時中一緒だったからね~」
「ここのテーブルに来て魔導卿様がいらっしゃらないのは、新鮮な感じがしますね」
「そうなのよ、モネちゃん。なんか、ここのテーブルセットと魔導卿ってワンセットというか、両方揃ってはじめて機能してるっていうか、そんな感じよね」
「お師匠様もいらっしゃらないようですし、私たちだけというのは初めてなのでは?」
「そうかもしんない。そうだよねぇ、わたしたちだけなんだよねぇ。……こういうときに限って、竜王とか訳の分からない訪問者が来たりしないよね?」
「リホさんやめましょうよ、そういうの。先生が言ってましたよ、そういうのって『フラグが立つ』って言うんですって」
「ふらぐがたつ?」
「なんか、思わせぶりな言葉を発すると、その通りの結果が起きてしまうということだそうです。先生の話では『戦場で“戦争から戻ったら結婚する”みたいなことを言った人から先に死んでしまう』みたいなことだそうです」
「なにそれ、怖いんですけど? え、待って。それじゃあさっき私が言ったのは……」
「きっと竜王様が訪ねてくる、とかでしょうか」
モネがお茶を飲みながらさらりと言ってのける。
「竜王は面倒くさいなぁ~。あの人、話が脳筋すぎて疲れるんだもん」
「大丈夫ですよ、リホさん。もし竜王様がいらしたら、私がまた飲み比べをさせてもらいますから」
どっちに転んでもそれは怖いかも、とリホは思った。
「でもいいんですか、リホさん。午後の鍛錬さぼっちゃって」
フーカは一応気にかけてはいるようだが、声の感じから深刻にとらえている様子はほとんど感じられない。
「いいのいいの。だって師匠がいないんだもん。ホントだったら師匠が新しい技とか教えてくれたり、武器の使い方教えてくれたりするけど、いないんじゃねぇ。何にもできないから、しょうがないじゃん」
「リホさんはずっとお師匠様にその『武術』とやらを教わっているのですか?」
「ずっとって言っても、まだほんの数年だけどね~。それにいつも師匠が教えてくれていた訳でもないし」
「そうなのですか? ではそういうときは一人で鍛錬を?」
「それもあるし、ナナさんが見てくれていた時もあったよ」
「ナナさんとは?」
「あ、そっか。モネちゃん知らなかったよね。ナナさんっていうのはねぇ―――」
リホがいいかけたその時だった。
中庭に突如巨大な転送術式が浮かび上がった。
「あれ、魔導卿帰ってきたのかな? 早すぎない?」
リホの疑問にフーカは目を凝らす。
「……!? 術式が変です。歪みが生じています……はっ、危ない!」
術式を確認していたフーカが咄嗟にリホとモネに飛びついて地面に伏せたのと、術式からとんでもない魔力が噴出したのとがほぼ同時だった。
「な、なに? くっ、この魔力………竜王以上!?」
「うっ」
モネがえづきはじめた。
膨大な魔力を浴びて魔力酔いを起こしたのだろう。
そうしている間にも魔力はどんどん高まっていき、転送術式は光りながらグニャグニャと形を変え続けていた。
やがて中央の虚空が揺らぎ始めると、不意に中から人影が現れた。
「「「!!!」」」
現れたのは、リホ達が目を丸くするほどの超絶美少女。
その美少女が左手で引きずっていたものを無造作にこちらへ放り投げた。
それは、ボロボロになった息も絶え絶えの魔導卿の成れの果てだった。




