幕間その5 「飲むと人が変わるタイプか…」
モネが「死の大地」に来て3日後。
再び来訪者の襲来があった。
「いやぁ~わりぃわりぃ。ちょっと所用で出遅れちまって、すっかり妖魔退治を任せちまったな」
竜王が中庭に再度侵入してきたのはその日の午後。
入ってくるなり竜王は担いできた樽をドンっと地面に置き、リホの鍛錬を見ていた一同に対して詫びた。
「毎度毎度騒々しいですね貴方は。なんですか、それは」
「手間かけた礼だ。とびきり美味いのを持ってきたぜ~」
どうやら中身は酒らしい。
リホは竜王が自ら持ってきた酒がどんなものかちょっと興味をそそられたが、生憎基礎鍛錬の途中で不動の姿勢のままだったので、首一つ動かせなかった。
一方モネは初めてみた竜王に興味津々だった。
「あの~、もしかして貴方が竜王様ですか? 初めまして、私はモネと申します」
「あン? なんだ、お前は」
「竜王様にも会えるなんて、やっぱりここは世にも珍しい場所なのですね!」
「おい、魔導卿。こいつはなんなんだ?」
「貴方が依頼した『ご神体』を創り出していた張本人ですよ」
「なにぃ!? こいつが『ご神体』を?」
「ええ。かなり特殊な能力の持ち主のようです。一定期間祈りを捧げたものが神性を帯びるという珍しい力です」
「そんな力を持っているのか、こいつが?」
「こいつ、ではなくモネと申します。ところで竜王様は竜族の王なのですよね? いったい竜族はどのような神を信じているのですか? 私大変興味があります」
モネのまるで動じない態度に、フーカは驚きと尊敬の入り混じった表情を見せていた。
自分はまだ竜王のことがちょっと怖い。
話し方も乱暴だし、魔力は垂れ流しに放出しているし、何より筋骨隆々の見た目が、ちょっとムリかも……。
そんな相手と初対面なのに堂々とやり取りしているモネに、フーカは感嘆しきりだった。
「そうか? そんなに興味があるなら教えてやらんこともないぞ? だが、タダでというわけにはいかんなぁ~。俺と勝負して勝てたら教えてやろう」
「ちょっと、竜王! モネちゃんは神官なんだから、貴方と殴り合うなんて真似できるわけないでしょ! 馬鹿なことを言わないでください!」
腰を落とし両腕を前に突き出した格好のまま、リホが竜王に文句を言っているのだが、恰好が恰好なためちょっと間抜けだ。
「そうですね……、リホさんのおっしゃるように私は神官職ですから、戦うのは不得手です。何かそれ以外での勝負というわけにはまいりませんか?」
「戦い以外の勝負だぁ? う~ん、お前のような小娘とできる勝負と言われてもなぁ………、おっ、そうだ。丁度いいものがある」
竜王は持ってきた樽を手元に寄せた。
「こいつで飲み比べする、ってのはどうだ? お前、酒は飲めるんだろう?」
「はい、嗜む程度には」
「じゃあ飲み比べで俺に勝ったら、竜族の秘密を教えてやるということにしようじゃないか!」
「ちょ、ちょっと、モネちゃん?」
慌てたリホがモネを表情で呼び寄せた。
「本気で勝負する気? 相手はあの竜王よ? 底なしに飲むに決まっているじゃない」
「大丈夫ですよ、たかが飲み比べですから。別に死ぬ訳じゃありませんし。辛くなったら降参しますから御心配には及びません。それに……」
そこでモネの目がきらっと光った。
「竜王様のお酒、気になるじゃないですか」
場所を食堂に移して、竜王とモネの飲み比べが始まった。
とは言っても1対1ではなく、リホ達もご相伴にあずかっての軽い宴会だ。
酒だけでなくつまみも用意する、ということで食堂に来たのだが、食堂の主である真ん丸一つ目達は竜王に対してあからさまに態度が悪かった。
シルちゃんの同時通訳によると、竜王は食事のマナーが悪く時に皿を割ったりする粗相をすることがあるので、真ん丸一つ目からは疎まれている、とのことだった。
今回はリホ達も同席していたので真ん丸一つ目達は快く食事の準備をしてくれたのだが、竜王の傍にはあまり近寄らなかった。
「さて、お前が酔っぱらう前に話はしておくぞ」
珍しく師匠も同席していた。
リホはてっきり師匠は飲み比べの席には来ないと思っていたのだが、『ご神体』の話をするためだったのか、と納得した。
「俺様が酔っぱらう、だと? そんなことがあるか。その前にこの娘が潰れてお終いだぜ」
「どっちでも構わん。あとでちゃんと門番に話しとけよ?」
「わぁーったよ。んで、何だ?」
「魔導卿が話した通り、このモネが『ご神体』を創り出していたのは事実だ。だが、これ以上何かに祈ることはなくなったから、取り敢えず正体不明の『ご神体』がこれ以上増えることはない」
「そうか。それなら良かった。“門番”も安心するだろう」
「それだがな。妖魔の侵入を見逃したことはジジイの落ち度だろう。後で話をしに行くと伝えておけ」
「あ、いや、それは………、俺の身には余る任務だなぁ」
「何言ってるんだ。すぐに来られなかった点ではお前も同罪なんだぞ? それを不問にしてやるんだ、それくらいのお使いはこなせ」
「ちっ、仕方ねーなぁ。分かったよ、伝えておく」
竜王は自分の持ち込んだ樽に注ぎ口を取り付けながら、渋々頷いた。
「さぁてと、気を取り直して飲むとするか。おい、モネとやら。言っとくがこの酒はかなり酒精が強いぞ? どうやって飲むんだ?」
「竜王様に合わせます。お好きな飲み方は何ですか?」
「俺か? 俺はストレートに決まってるだろう!」
竜王が胸を張る。
「じゃあ私もそれでお願いします」
リホとフーカは顔を見合わせる。
注いでもらった酒は、匂いを嗅いだだけでも結構な強さだと分かる。
二人は真ん丸一つ目が用意してくれた炭酸水で割ることにしたのだが、そのままいくとは。
「モネちゃん、本当に大丈夫?」
「モネさん、無理しないでくださいね?」
「大丈夫ですよ。お二人とも、せっかく頂いたお酒ですから、美味しくいただきましょう」
そう言ってモネは竜王と杯を合わせ、飲み比べが始まった。
数刻後。
持ち込んだ酒を全て飲み干し、追加で要求した酒を呷りに呷った竜王が食堂の床で大の字になって眠りこけていた。
「あらあら、このていどでつぶれるなんて、まだまだですねぇ~。りゅうおうさま~? もうおしまいですかぁ~? あはははは~」
高らかな笑いを飛ばしながら一人で飲み続けているモネを、リホとフーカが畏敬の念の眼差しで見つめていた。
「やれやれ、これでこのトカゲは酒でも負けを喫したことになりましたね。最強の言葉がなんと虚しいことか。それにしても……」
魔導卿の目が怪しく光った。
「本当にこの娘は底のしれない力の持ち主ですねぇ。実に調べ甲斐があります」
「ちょっとぉ~、まどうきょうさまぁ~、なにやってんですかぁ~、いっしょにのみましょうよぉ~」
「私ですか?」
魔導卿は文字通り浴びるほど酒を飲まされた。
その夜、不死者になって初めて魔導卿は前後不覚に陥ったのだった。




