五幕七場 「師匠を祀るなんて、なんて酔狂な」
「ここは、どこなのでしょうか?」
転送門を潜りぬけたモネが、目の前の光景に困惑していた。
広がるのはリホとフーカにとってはおなじみの「死の大地」の中庭。
牧草のような足の短い草が一面に生え広がっている広々とした庭の風景は、さっきまでいたスターナ教の本殿とはまるで別世界のような穏やかさだ。
「ようこそ、我が研究施設へ」
中庭の一角からするりと魔導卿が現れた。
毎度のことながら魔導卿は足音がしないので、いつの間にか傍にいて驚くことがよくある。
「ひぁっ、ふ、不死の者! わ、私は神職者ですっ、ふ、不死の者には、屈しませんよ!?」
「ほう、私を祓おうというのですか? これは珍しい。そのような者にはかれこれ1500年以上出会っていませんねぇ。貴方の神性力がどれほどのものなのか、一つ解呪をしてみてくれませんか?」
「先生! 馬鹿なことを言わないでください。本当に解呪されたらどうするんですか!」
「フーカ、貴方は私が本当に解呪されると本気で思っているのですか? それであれば私も随分と侮られたものですね」
「そうじゃないとは思うけど、万が一があるでしょ? モネちゃん『ご神体』を創り出すほどの神官なんだから。フーカちゃんも心配するよ、それは」
どう見ても高位の不死者と普通に会話を交わすフーカとリホを見て、モネも最初の警戒は解いたようだった。
「魔導卿、お手数だったな」
「いいえ、このくらい造作もございません。むしろ良きサンプルを持ち帰っていただいたこと、感謝いたします」
「ちょっと、魔導卿! モネちゃんをサンプルなんかには絶対させないんだからねっ!」
「まどうきょう?」
「ええ。この方は魔導術式の創始者にして私の先生である魔導卿様です」
「魔術の創始者!? そんなすごい方だったなんて……、私、大変失礼なことを申し上げてしまいました」
モネが慌てて魔導卿に向かってペコペコお辞儀している。
「いいのよ、モネちゃん。そんなにペコペコしなくっても。どうすぐに『貴方のことを調べさせてください』とか言ってくるに決まってるんだから。そんなの無視しちゃって構わないんだからね」
「私のことを調べる……?」
「ええ。貴方の『ご神体』を創り出す能力は私も聞いたことのないものです。それが一体何に由来するものなのか、是非私達に調べさせてもらえれば……」
いつのまにかフーカも魔導卿の隣でウンウン頷いている。
「もう、フーカちゃんまで! とにかく今はモネちゃんにゆっくりしてもらうのが先でしょ? いい? わたしが許可するまではモネちゃんには指一本触れたらダメですからね!」
そう言うとリホはモネの手を取って行ってしまった。
例によって中を案内するのだろう。
「まあ、そういう訳だから今回はあいつの言うとおりにしてやってくれ」
「マスターの仰せであれば、そのように」
魔導卿が恭しくお辞儀をした。
フーカはちょっと不満そうだ。
「それにあれは門番に診せようかと思っている」
「“門番”にですか?」
「ああ。妖魔の一件もあったしな。居眠りこいてたジジイにお灸を据えがてら、スキルチェックでもしてもらうよ」
「私としては非常に残念ではありますが……、マスターがそこまでお考えなのであれば仕方ないですね。あの娘の調査は後にすることにしましょう」
「私も行ってきます!」
フーカがそう言ってリホの後を追いかけていった。
「……何やら吹っ切れたようですね」
「おそらくな。まだもう少し整理は必要だろうが、取り敢えずは大丈夫だろう」
「色々お手数をおかけしてしまい、感謝の言葉もございません」
「いいさ。元はといえばこっちの弟子が抱え込んだ案件だからな」
「今回の娘といい、リホ殿はつくづく人を引き寄せるものをお持ちのようですね」
「まったくだ。これで打ち止めになればいいんだが……」
「マスター、僭越ながらそういうのを『フラグが立つ』とおっしゃるのではありませんでしたか?」
魔導卿の言葉に一瞬固まった師匠は、やがてふっと声を漏らした。
「これじゃあ、まだまだ集まりそうだな」
リホに案内されて各所を回ったモネは、あちこちに精霊がフヨフヨしていることに衝撃を受けていた。
「まあ、そうだよねぇ。わたしだって最初はずっと驚きっぱなしだったもん」
「そうですね。私もずいぶん驚きました」
リホとフーカが同意する。
モネにも世話役のシルフが早速ついた。
そのシルフにも、道すがら出会う精霊達全てにもペコペコとお辞儀をして回るモネに、精霊達も不思議そうに対応していた。
「精霊って、ほんとにいたのですね。こうしてみると皆それぞれに趣のある姿で……」
「「趣!?」」
「ええ、皆さん精霊にふさわしい恰好をされていると思います。それがこんなにたくさんいるなんて、ここは本当に不思議な場所なんですね」
「あんまり実感してないけどな~」
「リホさんはもう慣れているからですよ。私はまだたまにびっくりすることがありますよ?」
「そうなのですか?」
「徹夜していてお腹が空いちゃって食堂へ行くときなんかに、廊下で出くわすとさすがにね」
「フーカちゃん、徹夜し過ぎだよ。もっと健康に気を使わないと。あなたの先生はどんだけ無茶してもなんともないんだから、それに合わせちゃダメだよ?」
お風呂場を出た三人はそのまま食堂へ向かう。
「フーカさんは徹夜をよくされるのですか?」
「徹夜をするっていうか、先生と魔術の研究をしているとどうしてもすぐに時間が経っちゃって、それで気付いたら夜になってる、って感じかな」
「フーカさんは魔術を研究されているのですか?」
「私がっていうより、先生の助手をしている感じで。私はまだまだ半人前だから、先生の手伝いの間に自分の術式を組み立てているんだ」
「そうなんですね……。リホさんは?」
「わたし? わたしはあれかな、師匠にいろいろと教わってる感じ?」
「そうですか……、では私はここで何をすべきなのでしょう……?」
食堂に入ると早速真ん丸一つ目が数体飛んできた。
「わっ、何なんですか、これは? これも精霊なのですか?」
「そうだよ。本人達曰く『台所の精霊』って言ってるけど」
「そのような精霊が……? 精霊界は奥が深いのですね」
真ん丸一つ目達に歓迎されたモネはいきなりスイーツの嵐を受け、こちらも目を真ん丸にして出されたものを全て平らげてしまった。
その夜。
「あの、お師匠様?」
モネが中庭にいた師匠に声を掛けた。
「どうした、眠れないか?」
「いえ、そういうわけでは。……ちょっとお話しがしたくて」
「いいぞ」
モネはしばらく黙り込んでいたが、やがて意を決したように話し始めた。
「私は祈るべき相手を失ってしまいました。ですが、私は神官としての生き方しか知りません。あの時、リホさんを助けるために、私は新たな神を信じて祈りました。その結果リホさんを癒すことができた。それは私にとっても一つの奇跡でした」
「まあ、そうだな。どの神を信じたのかは知らんが、いきなり祈りを捧げて加護を授かるなんてことは普通はないからな」
「私はあのとき感じた心を信じてみたいと考えています。何を信じるべきなのか、それを示してくれたものに対して、私はこれからも祈りを捧げていきたいと思います」
「いいんじゃないか、それで。無理に神官を辞めることはないし、信仰する神が途中で変わることなんて別に珍しくはないしな」
「では、私の祈りを捧げてもよいということですね?」
「? お前さんが祈るのは勝手だろ」
モネは椅子から立ち上がり、師匠の前に跪いた。
「私が祈るのは、貴方様です。貴方様こそ私にとって真の神。私の祈りはすべて貴方様に捧げましょう」
「おいおい、ひとを神扱いするなよ。そんなもの、俺に祈ったって何も起こらないぞ?」
「いいえ。すでに貴方様は奇跡を起こしてくださいました。それが何よりの証拠です。私はただ貴方様に祈りを捧げるのみ。それ以上のことは望みません」
さすがの師匠もしばらく考え込んでいた。
やがて諦めたように息を吐いた。
「…………………………………好きにしろ」
「ありがとうございます!」
「ただしだ。他に誰もいないときにしろ。リホやフーカに見られるとうるさくてかなわん」
こうして世界に唯一の“お師匠様教”がひっそりと誕生したのだった。




