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五幕六場 「師匠≠神、ですよ?」





「リホさん!!」


 吹き飛ばされたリホを見てフーカがたまらず駆け寄る。

 激しく壁に打ち付けられたリホは倒れ込んだまま身動きできなかった。


『イイカゲンクワレチマイナァ』


 妖魔が倒れたリホに襲い掛かる。

 フーカは瞬時に防御術式を展開させ妖魔の侵入を防ごうとするが。


「くっ、なんて力……」


 フーカの展開した防御術式を力でこじ開けようとしている。

 膨大な魔力を持つフーカの展開した防御術式はそう簡単には壊すことはできない。

 それを素手で、力づくで、破壊しにかかっているのだ。


 術式を維持するためにさらに魔力の出力を上げるフーカの額に汗が滲みだした。

 拮抗する力は、やがて一方をじわりじわりと浸食し始めた。


「も、持たない……!」


 フーカの抵抗が徐々に弱まり、術式を引き裂こうとする妖魔の四本の腕がどんどんフーカとリホに迫っていく。

 そしてついに術式が破壊され、その衝撃でフーカも壁にしたたかに打ち付けられてしまった。


『マリョクトイッタカ。ナカナカノチカラノモチヌシノヨウダ。ワガカテトナルガイイ』


 妖魔が未だに倒れ込んだまま動かないリホと、壁に背をもたれているフーカへ腕を伸ばしていった。




 モネは自分を見失っていた。


 自分の信じていた神が、実は神ではなかった。

 それを降臨させるために自分の同胞達が大勢死に、関係のない異世界人達が召喚され、自分の慕う司祭長まで命を落とした。

 いや、司祭長に至っては、その身と引き換えにあのようなものを呼び出してしまったのだ。


 自分が信仰していた神があのような存在だったことを、モネは受け入れることができなかった。

 さらには、その降臨のために自分が祈りを捧げたこと、大勢の死人が出てしまったことに自分の行為が関係していることが、どうしても耐えられなかった。


(私は、なにを祈っていたの? 何に縋ってこれまで生きてきたの? 私は、皆が幸せになれると信じていたのに、誰も幸せになれなかった! 私は何を信じたらいいの!?)


 モネのこれまでの人生は、教団に拾われたその日から常に教団の教えと共にあった。

 スターナ教を広めること、それこそがモネに課せられた使命であり、モネの生きる道だった。

 そのことに何の疑問も持たずこれまで生きてきたのだ。


(私の行いは、誰かを不幸にしてしまったの? 私の生きてきた道は間違いだったの? ああ、誰か、だれか教えて! 私はどうすればいいの!?)


 目の前で妖魔に吹き飛ばされるリホを見ても、リホを守るために必死に術式を展開させているフーカを見ても、モネの心の中の迷いが晴れることはなかった。

 モネは座り込んだまま、為す術なく呆然とするしかなかった。


「面白くないな」


 不意にそんな声が聞こえた。

 モネがそちらを振り向くと、リホ達を見つめる師匠の姿があった。


「?…………」

「面白くないんだよなぁ」


 声がだんだん低くなっていく。

 モネの背筋に知らずと寒気が走った。

 一緒にいた時間は少ないが、今までどちらかといえば温厚な感じのあった師匠から、何か身の震えるようなものが溢れてきている。


「いったい、何が………」


 モネがそう呟いたのと、フーカの術式が破壊されるのとが同時だった。


「この状況は面白くないんだよ!」


 その瞬間、モネの傍らから師匠の姿が消えた。




『!?』


 妖魔は何が起こったのかまるで分からなかった。

 目の前の存在、ニンゲンと呼ばれているこの世界の生き物を食らいつくそうと手を伸ばした瞬間、ものすごい衝撃が襲ってきたのだ。

 衝撃は妖魔をそのまま吹き飛ばし、祭壇の奥にあった柱に激突させた。


『ナ、ナンダ? ナニガオキタ』


 柱の足元から身を起こして見ると、さっきまで自分がいたところに一人の人間が立っていた。

 ニンゲン? いや、なにか違う。

 こいつはさっきの二人とはなにかが違う。

 そのニンゲンはゆっくりとこちらへ近づいてきた。


「最初は手を出さないつもりだったが、気が変わった。おいお前、人の弟子に手を出すとは、悪い奴だ」

『? ナニヲイッテイル』

「そういう悪い奴には、おしおきをしてやる」


 次の瞬間、文字通り目にも止まらぬ師匠の猛烈な打撃が始まった。

 以前カルドの街で絡まれた時のような平手打ちではなく、拳や肘など強烈な一撃が凄まじい勢いで叩き込まれていく。


 妖魔は四本の腕でなんとか防御しようとするが、とてもではないが速さが追いつかなかった。

 どれだけ腕を動かしても、その空いているところへ容赦なく打撃を叩き込まれる。

 そのうち防御する腕そのものも打撃によって痛めつけられてきた。


『グァアアアアアアア、ヤ、ヤメロ』


 言葉の抵抗も虚しく、師匠の攻撃は休まることがなかった。

 やがて妖魔は原型が分からなくなるほどに叩きのめされていくのだった。




「!?」


 モネは言葉も発せないほど驚きの眼差しで一部始終を見ていた。

 不意に自分の横から消えた師匠が、気づけば妖魔を叩きのめしている。


 モネも妖魔のことは教団で読み書きを習った際に聞かされていた。

 人が手を出してはいけない存在、現れればこの世界が滅ぶかもしれない、それほど危険な存在として。


 皮肉にも自分達が崇拝していた神がその妖魔だったことが衝撃過ぎて、モネは自分を見失っていたのだが、今目の前で繰り広げられている光景は、それに輪をかけて衝撃的だった。


「妖魔を、叩きのめしている……」


 伝承通りなら、神々を数体顕現させてやっと追い返すことができるという妖魔。

 それを素手で完膚なきまでに叩きのめすとは。


(あれではまるで神の化身………、いいえ、神そのものの姿なのでは)


 モネの目に映る師匠は、妖魔撃退のためにこの世に顕現した戦神のようだった。


 やがて、ボロボロになった妖魔が床に崩れ落ちた。


「なんだ、もうお終いか? 意外と歯ごたえがないな」


 息一つ切らさずに師匠が妖魔を見下ろしている。


『“#$%&』


 何か言葉にならない呟きを発しているが、どうやら妖魔は息も絶え絶えのようだ。


「お、お師匠様? 妖魔を、退治されたのですか?」


 モネは恐る恐る師匠に確かめた。


「まあ、そんなとこだな。それよりもお前、治癒はできるだろう? うちの弟子を見てやってくれ」


 モネははっと我に返り、リホの傍へ駆け寄った。

 フーカに抱きかかえられたリホは目を覚ましていたが、頭からかなりの出血があった。


「治癒、……ああ、でも私何に対して祈ればよいのか……」


 治癒の力は信仰する神に祈りを捧げ、その奇跡を願うことで発動する。

 祈るべき対象を失ってしまったモネはどうすることもできずに狼狽えていた。


「祈る対象なんか何でもいいんだよ。お前の力なら何に対して祈っても奇跡が発動するはずだ」


 そんなことってあるの? と思いながらも、モネは必死になって祈るべき対象を思い浮かべる。

 何度も心に浮かぶスターナへの思いを振り払っているうちに、ふとモネは目の前に立っている存在に気付いた。


(偽りの神だったスターナ様を叩きのめした方……、この方こそ真の神といえるのでは!)


 そうしてモネは心に師匠の姿を思い浮かべながら、リホの傷を癒す奇跡の発動を願う。

 すると見る見るうちにリホの流血が止まり、顔色が良くなっていった。


「はあぁぁ、良かった。これでもう一安心です」

「すごいです、モネさん。こんな治癒の力、見たことないです」


 フーカは目の前で起きたまさに奇跡の治癒に感心しきりだ。

 リホはゆっくりと体を起こして師匠の方を見た。


「師匠、すみません。つい油断しちゃって……」

「妖魔相手にあそこまでやれれば上出来だ。死ななかっただけ良しとしろ」


 まるでいつもの鍛錬後の講評のように師匠は淡々としている。

 リホとフーカも思わずフッと表情を柔らかくした。


『フ、フザケルナ……ワ、ワレラノネガイハマダオワッテハイナイ……』


 師匠の足元に転がっていた妖魔の塊からうめくような雑音が聞こえた。

 はっとリホ達が警戒をする中、師匠だけがいつも通りだった。


『コウナレバキサマノナカカラキサマヲアヤツッテヤル!』


 いきなり飛び上がった妖魔の塊が、師匠の顔目がけて襲い掛かってきた。


「あっ!」

「「えっ!?」」


 リホ、フーカ、モネの三人の声が重なった。


 師匠に飛び掛かった妖魔の塊は、その寸前で塵のように消えてしまったのだった。



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