五幕六場 「こんなの、初めてかも」
106.五幕六場 「降臨」(4)
目の前のスターナ像が変容していく。
腕は四本のままだったが、肘から先の部分の外側に襞のようなものが飛び出している。
いつのまにか尻尾が生えてきていたが、その尻尾は細長く鞭のようにくねっている。
一番変わったのは顔で、目が四つのみで鼻も口も無くなっていて、しかもそれが顔の両脇にも揃い三面を作り出している。
「あ、ああ、これは、一体なんなのでしょう!? これが、スターナ様………?」
「モネちゃん、下がって!」
モネを立ち上がらせたリホが庇うように前に立つ。
フーカはすぐにモネを抱きかかえる格好で後ろへ後ずさった。
『ナントモフカンゼンナカタチデショウカンサレタガ、マアヨイダロウ』
再びスターナ像だったものから不快な音が響いた。
声というより直接頭に響いてくる強烈な雑音だった。
『コレカラコノセカイノモノヲクラッテイケバ、ジキニコノカラダニモナジミガデル……』
「そんなことはさせない!」
リホが取り出した棒で脳天から一撃を加えた。
だが元スターナはそれを腕で易々と受け止めた。
リホが問答無用で攻撃を仕掛けたのは、この存在から発せられるどうにも耐え難い強烈な不快感が理由だった。
不快感というか、この存在を受け入れられない感覚。
絶対に相容れることのない相手であり、今ここで撃退しなければこの世界にとって大きな災いとなるような。
『コノセカイノモノガワレニタテツクカ。オモシロイ』
「あ、あなたはスターナ様なのですか!?」
モネが必死の形相で呼びかけた。
育ての親であった司祭長がその身を捧げてまで降臨させた神が、こんな不快極まる存在だったとは、どうしても思えなかった。
『スターナ……、アア、ソンナナデヨバセテイタナ。オマエノイウスターナトハワレノコトダ』
ひどく雑音交じりの、しかしいやでもはっきり聞き取れてしまう声が、モネに現実を突きつけた。
「そ、そんな………、あなたは私達を幸せにしてくれるのではなかったのですか!?」
『ワレニクラワレルコトガオマエタチノユイイツノミチ。ソノイミデハソレガシアワセダ』
「そんなことはさせない! そんなことわたしが止めてやる!」
リホは奮然と棒を振って撃ちかかる。
スターナは四本の腕でそれを軽々と捌いていくが、リホへ反撃することはない。
リホはじりじりとスターナを左のほうへ追い込んだ。
『ナカナカメンドウナモノヲツカッテイルナ。ソレナラバワレモドウグヲツカウトシヨウ』
「!?」
スターナが腕をかざすと、突如祭壇の上に倒れていた異世界人達がふらふらと立ち上がってきた。
それを見てリホは警戒心をさらに高める。
「あれは………」
「死霊術のように見えるが奴の権能だな。あの異世界人達を生贄にして降臨しているから、繋がりができているのだろう」
フーカの問いに師匠が答えた。
師匠はさっきからずっとリホとスターナの戦いを見守っている。
「マスター様、あれは一体………」
「ん? なんだ、知らんのか? あれは妖魔だ」
「妖魔!?」
フーカは魔導卿から聞かされていた妖魔について思い返していた。
この世界に何度かやってきた異世界からの侵入者で、この世界全てに対して害悪にしかならない存在。
神も悪魔も関係なく、この世界の存在を食らいつくすことしか考えていない、正体不明の生き物。
『本来は“門番”がその侵入を見張っているのですが、かの御仁はちょくちょく居眠りをされるのが悪い癖で、その隙を狙って妖魔がこちらの世界に入り込もうとするのです』
たしか魔導卿はそんなことを言っていた。
「じゃあ『異界の門』を通ってここに現れたということですか?」
「そうだな。ジジイの奴、また居眠りこいてやがったな」
「どうすればいいのでしょうか?」
「妖魔が入り込んだとなれば、ほっといても竜王の奴が現れるとは思うんだが………?」
そこで師匠がすっと眉を顰めた。
立ち上がった異世界人達の手に、いつのまにか武器が握られている。
「ありゃ、教団の奴ら、戦闘職を召喚していたか」
『ユケ、ワガシモベタチ。ソノモノヲキリキザンデワガカテトセヨ』
スターナの合図と共に異世界人達が一斉にリホへ襲い掛かった。
手にした武器は普通の剣や鎚鉾のようだが、動きが恐ろしく速い。
たちまちリホは防戦一方になった。
「ああっ、リホさん、危ない!」
両側から攻め立てる二人の男の攻撃を捌いている間に、振りかぶった女の剣がリホの脳天を狙って叩き込まれる。
すんでのところでリホはそれを躱して転がったが、これまでにない苦戦を強いられていた。
「私も!」
フーカは杖を構えて術式を展開させようとしたが、その瞬間黒焦げになった盗賊達の姿が頭の中に蘇った。
慌てて術式を再構築し麻痺術式に切り替え異世界人に放つ。
術は二人の異世界人に直撃した。
「!? 術が、効かない?」
直撃したはずの異世界人は麻痺した様子もなく、武器を振るい続けている。
男二人はそうでもないが女の異世界人は明らかに剣術の心得があるらしく、リホも剣戟を躱すのが精一杯だった。
「この威力の術式では効かないの? それじゃあ……」
フーカの放てる補助魔術はいずれもまだ初歩のもので、フーカ自身の魔力の強さはあっても術の効果が強力なものではなかった。
異世界人の動きを止めるには手持ちのより強力な術式、即ち攻撃魔術を放つしかなかった。
(あの異世界人達はここに無理やり召喚された人達、被害者なのに、その人達に向かって攻撃するの? 操られているだけなのに? そんなことしたら、私……)
「お前は何のために魔術を究めたいんだい?」
盗賊を殺したことが頭の中に渦巻いて術式を展開することを躊躇しているフーカに、師匠が言葉をかけた。
(何のために魔術を究めるの………、私は何のために魔術を学ぶことにしたの………)
フーカの脳裏にヴィステリウム魔術大学院に入学することになった日のことが蘇った。
村の皆が自分の門出を祝ってくれたあの日。
村から初めての魔術師が誕生すると知った時の村人たちの喜びは大きかった。
(私が魔術師になれば村の皆の役に立てる、村が襲われることもなくなる、そう考えて私は………)
自分を送り出してくれた時の祖父母の顔が浮かんだ。
『人様のお役に立てるような立派な魔術師になるんだよ』
(そうだ、私は私の大切な人のために、役に立つために魔術を志したんだ。そのために魔術研究に身を捧げたんだ。私の好きな人達のために!)
フーカは再び杖を構え、術式を展開し始めた。
フーカの前に複雑な文様を持つ複層式の術式が構築されていく。
「―――『氷竜巻』!」
術式が発動すると、凄まじい勢いの竜巻が異世界人達へ襲い掛かった。
避ける間もなく三人の異世界人は竜巻に飲み込まれる。
渦の中には無数の氷の剣が舞っていて、宙へ舞い上がった異世界人達はいずれも氷の剣に切り裂かれ、貫かれてボロボロになっていった。
やがて術が収まると、中空からぼろ雑巾のようになった異世界人達がドサリと落ちてきた。
もはや動くこともできないほど、四肢を損傷している。
「はあっ、はあっ、はあっ」
肩で大きく息をついているフーカを振り返って、リホが手放しで喜んだ。
「フーカちゃん、ありがとう! すごいよ、フーカちゃんに助けられ―――」
リホは最後まで言葉を言えなかった。
一瞬の隙をついてスターナの強烈な蹴りがリホの胴を薙ぎ払い、そのまま壇上の壁に叩きつけたのだった。




