五幕六場 「今回出番少なくない?」
リホ達が魔導卿から連絡を受ける少し前。
「お呼びでしょうか、司祭長様」
モネは本殿の一角にあるスターナ教の司祭長室に呼ばれた。
「ああ、よく来たね、モネ。さあ、こちらへ」
柔和な笑みを浮かべて司祭長がモネを部屋の中へ招き入れる。
部屋の中は派手さこそないが、ソファ一つとってもかなり金が掛けられていることのわかる品質だ。
モネは勧められるままにソファに腰を掛けた。
その正面に司祭長が座る。
「ガリル山脈でのお勤めご苦労様でした」
「いいえ、私の力不足で教えを広めることが出来ず、申し訳ない限りです」
「いえいえ、かの地はヴァーリ信仰の篤いところですから、我がスターナ教の教えに耳を傾けるものはまだまだ少ないでしょう。気にせずともよいのですよ」
モネはてっきり自分の布教の至らなさを糾弾されるものと思っていたが、予想に反して司祭長の口調は柔らかかった。
「ところでモネ。貴方はゆく先々でスターナ様へお祈りを捧げていたようですが、その心は今も変わりありませんか?」
「はい、もちろんです。ここへ戻って来てからも毎日スターナ様へのお祈りを欠かしたことはございません。私の心は常にスターナ様と共にあります」
「とても良い心がけだと思います。そんな貴方に一つ頼みごとがあるのです」
「私に、ですか?」
「ええ。これは貴方にしかできないことなのです。この役に選ばれたことを、貴方は大変名誉に思うべきですよ、モネ。貴方がこの教団に来たのは正にこのためだったといっても過言ではないでしょう」
「一体何なのでしょう、頼みごととは」
「今夜、いよいよスターナ様のご降臨を願う儀式を執り行います。その時に貴方には是非、本殿にあるスターナ様のご神体に祈りを捧げてほしいのです」
「私が、スターナ様のご神体に……」
「ええ、そうです。これまで教団に対し献身的に尽くしてきてくれた貴方だからこそ、この役目をお任せするのです。儀式では沢山の司祭や神官達も貴方と共に祈りを捧げるでしょう。貴方もその一角を担うのですよ」
「私のようなものがそのような光栄をいただけるとは……。是非私にもその栄誉を授からせてください」
「もちろんですとも。貴方には期待していますよ?」
そういうと司祭長はモネに一振りの鎚鉾を与えた。
「これを持ち儀式に臨むのです。貴方は未だ正式な神官としての身分を得ていませんが、これを持てば今夜の儀式に参加する全ての神職の上に貴方が立つことになります」
「そ、そんな恐れ多いことを……」
「よいのです。それだけの価値が今宵の貴方にはあるのです。しっかりと務めを果たしてください」
「かしこまりました。必ずや司祭長様のご期待に沿えるよう、精進いたします」
モネは何度も頭を下げて司祭長室を後にした。
残った司祭長はしばらくソファに座ったままだったが、徐に窓際へ近づくと、斜陽に照らされている施設の建物群を眺めながら一人笑い始めた。
「クックックック、これでますますスターナ様のご降臨は確実なものになりました。いよいよ今夜我らの願いが成就する! 我らの望む世に、この世界が書き換わるのです!」
儀式の始まる少し前に、モネは本殿に通された。
本殿は大きな祭壇が正面に設えてあり、その周囲は半円形で階段状の形状をしていた。
常時はここに司祭達が集まり最下段中央のスターナ様のご神体に向かって祈りを捧げるのだが、今夜はそこに司祭の姿はなかった。
代わりにご神体の両脇に祭壇が設けられており、ご神体にはまるで目隠しのように布でできた天幕がかけられていて、外からは見えないようになっていた。
「あれは一体何のためなのでしょう?」
案内役の司祭にモネは尋ねてみた。
「今夜の儀式を執り行うにあたって、モネ様に雑念なく祈りを捧げてもらうためのものと聞いています」
自分より地位の高い司祭から丁寧な返答をされたことに、モネは今更ながらに恐縮してしまった。
一体自分にどんな力があって、どのような役割を果たすことになるのだろう。
「さあ、こちらへ」
導かれるままに天幕の中へ入ったモネは、これまで一度も目にすることのなかったスターナ様のご神体を目の前に見て、思わず跪いた。
「ああ、スターナ様、ここまで来られたのも全てスターナ様のお導きによるものです。本当に感謝いたします」
「モネ様、祈りは儀式が始まってからでお願いいたします」
司祭に止められてモネは仕方なく脇の椅子へ腰かけたが、ご神体から目を離すことはなかった。
やがて辺りに人の気配が増え、いよいよ儀式が始まる時が近づいてきたのが分かった。
(天幕の外に随分人がいるみたいだけど……、さっき見た祭壇の辺りでしょうか)
モネは外の様子を覗こうとしたが、お付きの司祭に止められてしまった。
とにかく祈りに集中してください、というのが司祭の言い分だった。
(分かりました。それでは私は私のできることを全力でさせていただきましょう)
そして儀式が始まった。
天幕の外から、司祭長の祈りが聞こえてくる。
時折聞き取れない言葉が混じっていたが、スターナ様への感謝と願いを唱えていることはモネにも分かった。
モネも促されて目の前のご神体に一心に祈りを捧げ始める。
不意に天幕の右側から、うめき声のようなくぐもった音が聞こえてきた。
モネははっとしてそちらに視線を移したが、すぐに司祭から
「祈りに集中しなさい!」
と鋭い声を掛けられて、それ以上様子を探ることもできずに、また祈りへ戻っていった。
そうしてさらに時が過ぎた時。
今度は天幕の左側から凄まじい魔力を浴びて、モネは思わず姿勢を崩して手をついてしまった。
「な、なんでしょうか、今のは!? 大丈夫なのですか?」
「何でもありません。気にせずに祈りを続けるように」
司祭に再度促されたが、モネは外の様子が気になってしまった。
先ほどの苦悶の声といい、今も続いている膨大な魔力の流れといい、少なくとも自分の知っている儀式の様子とはまるで異なっていた。
(何が起こっているのでしょう……? 一体、何が起こるのでしょうか? 本当にスターナ様がご降臨されるというのでしょうか?)
モネは司祭長から聞かされても、スターナ様が降臨するということを心のどこかで完全には信じ切れていなかった。
スターナ様を信じる心はもちろん持っていたが、現世に顕現するということになると今一つ実感が持てなかった。
それよりも既に自分の心の中にスターナ様が存在している感覚のほうが強かったのだ。
(スターナ様、どうか真におわしますならば、この場の全ての者に幸せと喜びをお与えくださいませ)
モネが必死になって目の前のご神体に祈りを捧げた時、後方から掛けられた声にはっと我に返った。
「モネちゃん! 今助けるからね!!」




