五幕五場 「えっ? カルト教団ってこと…?」
「あれがダッシュルム山ですか―――」
ガリル山脈を抜けて平地に出たところで、地平線の遥か彼方に見える山影をリホが見つけた。
ダッシュルム山は単独峰の火山であり、両裾野の広がった姿は遠くからでも一目見てわかる特徴的な形をしていた。
「あの分だとまだまだ距離ありますよね?」
「そうだな。他に比較するようなものがないから近くにあるように見えるが、ここからじゃまだ遠い」
「………どのくらいモネちゃんと離れてしまってるんでしょうか」
「さあな。こっちがカントまで足を伸ばす間に向こうは直接戻っている訳だから、結構差はひらいてるんじゃないか」
「モネさん、元気だといいですけれど……」
実際、こちらの到着直前にモネがリジェを去ったとしても、カントまでの往復とカントで過ごした3日間分、リホ達は余計に時間がかかっていた。
それだけの時間があれば、モネの置かれている状況に何か変化が起きていてもおかしくはないのだ。
「心配しても仕方のないことだ。それよりも少しでも早くダッシュルムに着けるようにすることだ」
師匠に言われてリホとフーカは、はるかかなたのダッシュルムを目指してこれまで以上に足早に進んでいった。
どこまでも続く草原を歩いて、ダッシュルム山がようやくその大きな山体を誇らしげに見せるようになったころ。
「ちょっと待て」
「……どうしたんですか?」
地面にしゃがみこんで何かを見つめている師匠に、リホは声を掛けた。
すでにダッシュルムを迂回する形の街道を離れ、何もない荒野を進んでいる。
この辺りはかつてダッシュルム山が噴火を起こした際に流れ出た溶岩が固まってできた土地らしい。
「ここを結構な数が通っているな」
言われてリホもよく見つめると、たしかに大勢の人や馬車などが通った跡がうっすらと見て取れる。
「そんなに昔ではなさそうですね。これってもしかして……」
「モネかどうかは分からんが、今でもここに人の行き来があるということだ」
そう言うと師匠は『収納袋』をごそごそし始めた。
「………今度は何を出すんですか?」
警戒心丸出しのリホと、師匠が取り出すものにちょっと興味を惹かれているフーカ。
「この先に何があるか分からんからな。ここからは姿を消していく」
師匠がとりだしたのは「姿隠しの指輪」。
以前ヴィステリウム魔術大学院に忍び込んだ際に使用したものだ。
師匠はそれを嵌めると、両手それぞれでリホとフーカの手を取った。
「これじゃあ師匠、両手に花ですね」
リホの言葉にフーカも笑みを浮かべる。
「こっちは両手が使えないんだ。何かあったらお前らで対処しろよ?」
師匠に言われて改めて気を引き締め直す二人だった。
連日三人で手を繋いで歩き続けた。
もうかなりダッシュルム山が近づいたところで、誰かの通ったらしい跡は山を迂回するように右方向にぐるりと回っているのが分かった。
「ガリル山脈からの正面にはさすがに拠点を作らなかった、ということか」
リホ達もそうだったように、山脈を抜ければ遠方からダッシュルム山を望むことができる。
見晴らしのいい方向に自分達の拠点を作るほど、教団は浅はかではなかったということだった。
「この先にスターナ教の拠点があるんですね」
師匠の手を握るフーカの力がキュッと少し強くなる。
相手は未知の教団だ。
モネに会うにしろ木像を取り返すにしろ、何事もなく済むとは思えない。
そこから三人は道跡に沿って山を回り込んでいった。
丸一日を費やした後。
「あれは…………」
リホが見つけたのは、山のすそ野に広がる、岩々の間に点在するいくつもの建物だった。
巨大な溶岩の塊にもたれかかるように立っているそれは、あるところでは密集しあるところでは点在しと、統一感がなかった。
さらに近づいて見てみると、一応建物群の周囲には柵があるのだが、どちらかといえば侵入者よりも内側から脱出しようとするものに対する柵のようだった。
「なんでこんなに中から出にくいようにしてるんでしょう?」
柵に沿って歩きながらリホは疑問を口にした。
「中にいる奴が外に出られると困るからじゃないか?」
「……それって、結構やばいんじゃないですか?」
やがて柵に沿って立ち並ぶ建物が近付いてきた。
すると中から何やら大きな声が漏れてきている。
そぉ~っと近寄って柵越しに建物の様子を窺ったリホ達は、窓から見えた光景に言葉を失った。
『スターナ様、最高! スターナ様、最高! スターナ様、最高!』
部屋の中にいる男女はいずれも大声で叫びながら、何度も何度も跪き体を寝そべらせ祈る、いわゆる五体投地を繰り返していた。
中にはどのくらいの時間繰り返していたのか、ふらふらになりながらも顔に愉悦の表情を浮かべて祈りを捧げている者もいる。
リホは勿論、フーカもこの光景に衝撃を受けていた。
「(……師匠、これって………)」
「(あんまり見ないな、他では。教義の一環なのかもしれんが、ちょっと面倒くさそうだ)」
「(フーカちゃん、ほんとに大丈夫なんでしょうか?)」
そこからさらに進むと入口らしい門があった。
守衛らしき男達が数人詰めていたが、特に問題なくリホ達はすり抜けた。
「(なんだか生活感のないところですね)」
リホの指摘通り普通の村や街のような景観は皆無で、溶岩がゴロゴロ転がっている土地の開いているところに建物を建てた、くらいのものだった。
「(あっちからも声がします)」
フーカの指さしたほうへ進んでいくと、今度はさっきとは違う、明らかに掛け声と分かる声が響いてきた。
声のするほうへ進んでいくと、ますます掛け声の激しさが増してくる。
さらには何かがぶつかる音も聞こえてきた。
「(!? これは一体……?)」
曲がり角の先にリホが見たのは、開けた場所で戦闘訓練を行う者達の姿だった。
ある者は剣で、ある者は槍で、一人で振り回していたり二人で対練を行っていたり。
どの者達もかなりの熱の入りようで、どこかの傭兵団といってもいいくらいの激しさだった。
「(う~ん、これは)」
師匠が渋い顔つきをした。
「(どうしたんですか?)」
「(いや、ちょっと嫌なことを思い出してな。とにかくモネを探してさっさと『ご神体』を回収しよう)」
そう言うと師匠はさらに施設の奥へと進んでいった。




