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婚約者の交代を命じられましたが不可能です  作者: 日向 風花


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2/3

二度とお姉さまに近づくな

 かつてこの大鷲大陸は、レガリア帝国という大陸統一国家により統治されていた。しかし滅びの黒き凶星がもたらした魔王により、帝国は滅亡してしまう。


人類の存亡をかけた戦いの果てに魔王を封印した勇者と仲間たちは、多くがそれぞれに国を興した。レガリア騎士王国の建国王、カルロス・ド・エスペランサ・レガリアもその一人である。


カルロスはレガリア帝室の分家、エスペランサ大公家の嫡男であった。


彼がレガリア新王家を興した際、エスペランサ家はカルロスの実弟が当主となった。つまりエスペランサ家はある意味で王家より歴史が古い名家だといえる。


その由緒正しい血筋は他の貴族家の追従を許さず、王家が断絶の危機を迎えた際はエスペランサ家から新王を出すことが王室典範に定められているほどだ。



 ところでレガリア騎士王国は、男子のみが王位継承権を有する珍しい国である。実力主義の軍事国家らしく、王子の中から武力や軍略に優れた者が王に選ばれるのだ。


すなわち王家のスペアといえるエスペランサ家も、王族に連なる男系の血を絶やすことができなかった。


例外として公爵家に男児に恵まれないときは女性当主が認められるが、その場合は必ず王家の男系男子から夫を迎え、息子を生む必要がある。



 当代エスペランサ公爵の第一子は、女子のエミリアだった。


エミリアの母である公爵夫人は出産時に体を壊し、次の出産は命がけになると医師から宣告されていた。


このままではエミリアが当主の重責と男児を産む義務を背負うことになる。男尊女卑の気風が強いこの国で、女性が貴族のトップに立つのは茨の道だ。


それに万が一エミリアが暗殺でもされれば、エスペランサ家の次代をめぐって親族の争いになるのが目に見えていた。


娘と家の将来を案じた夫人は第二子を強く望んだ。政略で迎えた妻ではあったが彼女を愛している公爵は反対したが、可愛い娘に苦労させたくないのは彼だって同じだ。夫人の熱意に押されて二人目の子を設ける覚悟を決めた。


そうしてエミリアが二歳のころ、弟のクルスが誕生した。


衰弱しきっていた公爵夫人は、生まれた子が男子であることに安堵して穏やかに息を引き取った。


難産のせいか赤子のころから体の弱いクルスだったが、ファビオが邪推するように母殺しとして家族から冷遇された、などという事実は全くない。


クルスは公爵夫人が命懸けで残してくれたエスペランサ家の至宝なのだ。


多忙な父公爵はわずかな自由時間の全てを子供たちに寄り添うために使い、エミリアは小さな母親のようにクルスを溺愛した。


すぐに体調を崩すのであまり家から出られないクルスは可愛らしいものが大好きで、お気に入りの遊びはもっぱら人形遊びやお茶会ごっこ、趣味は読書や刺繡になった。


家の中に限れば、フリルやレースをふんだんに使ったドレスを着ることも許されている。これは本人の趣味もあるが、病弱な男児には女児の格好をさせると健康になる、という言い伝えに則った面もあった。


反対にエミリアは体を動かすのが好きで動きやすい服装を好んだため、自分に与えられる少女らしい装飾やドレスはほとんど弟に譲ってしまった。自分が着飾るより、弟を飾るほうがずっと楽しかったのだ。


クルスもにこにこして、姉の着せ替え人形になるのを楽しんでいた。


父と姉から甘やかされたクルスは我儘放題に育ちそうなものだが、躾はきちんと区別していたこと、何より本人が善良で聡明な気質のため、心優しく賢い深窓のご令嬢(男)に育った。


そしてエミリアは外に出られない弟のかわりに馬術や剣術を磨き、りりしく清廉な貴公子(乙女)に成長した。


公爵は性別が入れ替わったような子供たちの趣味に内心では困惑したこともあったが、公爵家の品位を貶めない限りは二人の好きなようにさせている。


エスペランサ家は国一番の貴族だから公爵には再婚の話は山ほどあったが、子供たちを虐げることのない誠実な女性を探すには、公爵は多忙すぎた。


曲がりなりにも子供が二人いるのだから、エミリアたちと接する時間を削ってまで後妻探しをするつもりはないと、公爵は独身を貫いていた。


この国の常識からはちょっぴり外れているけれども、エスペランサ公爵家は極めて仲睦まじい一家なのだ。




 (……という我が家の事情は、お父様や騎士王陛下も交えてしっかり説明したはずなのだけど)


壇上でわめいているファビオ王子を眺め、彼は何も聞いていなかったのだなとエミリアは空しくなった。


エミリアになぜファビオとの婚約話が浮上したのかというと、クルスにもしものことがあった時のためだ。


幼いころよりは体が丈夫になり、少しずつ鍛錬も始めたとはいえ、クルスはまだまだ寝込むことも多い。


弟の死に備えるみたいでエミリアは気が進まなかったが、親族で後継者争いがおこった場合、害を被るのは民衆である。


十八にもなって「理想の伴侶を探すのだ」と婚約者を定めていなかったファビオとの婚約を王から打診されたとき、これも高貴なる者の務めと了承したのだった。


「お姉さま……王子殿下に信じていただくには、わ、私が、脱ぐしかないでしょうか……?」


「絶対におやめなさい、クルス。あなたは可愛いのだから、裸身を晒して変態に目をつけられたらどうするの」


弟を止めたエミリアは、再び冷ややかな目を壇上の第三王子殿下へと向けた。


「反論は聞いてくださるというので申し上げます。まずはクルスが外で男のような格好をさせられているのが虐待、でしたかしら?クルス本人がそんなことを申したのですか?」


「慎ましいクルスがそんなことを言うはずなかろう!俺が察してやったのだ!!!」


「つまり殿下の思い込みと。当然ですね、この子は男の子ですもの。家の中ならともかく、外でドレスを着るほど常識知らずではございません」


「な、ならば女のくせに軍服を着ている貴様はどうなのだ!?」


「わたくしは正式に軍に所属する軍人ですから、これが正装ですわ」


エミリアの正当性を表すかのように、彼女の胸元には勲章が輝いていた。


勇者が平和な時代をもたらしてから百年ほどが過ぎたとはいえ、大陸にはまだまだ魔物の残党や賊の類も多い。


十歳で軍に入り十三歳で初陣を迎えたエミリアは、民を脅かすものどもを討伐した若き英雄である。型にはまった宮廷剣術しか知らないファビオとは実績が違うのだ。


「わたくしとて、殿下がドレスを手配してくだされば着用するつもりでした。殿下が用意されたドレスは、なぜかクルスが無理やり着せられたようですけれど」


本来であれば、婚約者になる女性の衣装を用意するのは王子の義務だ。


明確な自分の非を指摘されてファビオがぐぬぬと唸るが、エミリアは追撃の言葉を緩めない。


「それから、戦いで忙しいと言い訳をして殿下とろくに交流してこなかった、とのことですが。お言葉ですが、父やわたくしが戦で不在の時ばかり狙って我が家を訪れるのは殿下の方ではございませんか。クルスは公爵家の者として、仕方なく接待していたにすぎません」


ファビオが屋敷を訪れるのはいつも唐突で、クルスは止むを得ず女装のまま対応したことがあった。時には体調を崩して休んでいるクルスの部屋に、見舞いと称して押しかけてきたこともある。


「クルスが本当に妹なら、病で臥せっている淑女の部屋に通したり致しませんわ。殿下がクルスの見舞うことができた事実こそ、この子が男である証拠です」


ごく当たり前の常識があれば言われなくても気付く事実を突きつけられ、ファビオは顔を真っ赤にした。


「それとこれとは話が別だ!俺は貴様が饗応しなかったことが不義理だと言っている!!婚約者候補の王族が訪問したのだから、戦場より直ちに帰還して平身低頭、不在を詫びるべきであろう!!?」


言ってやった!とばかりに鼻の穴を膨らませるファビオを見上げるエミリアの目は、侮蔑に満ちていた。


「責任者が安易に現場から離脱しては、配下の兵や罪なき民に危険が及びます」


「女の貴様はただのお飾りであろう!それに平民などどうでもいい!高貴な俺のもてなしを優先しろ!!!」


「……正気ですか?」


嫌悪を通り越して驚きでエミリアは目を見張った。


レガリアで男尊女卑の思想が許されているのは、女は弱いもので、弱いものは守るべき、という騎士道精神が根底にあるからだ。


力なき民衆を「庇護すべき対象」ではなく「虐げても構わない些末なもの」とみなすような発言は、騎士の国の王子として致命的だ。


そう思ったのはエミリアだけではなく、貴族たちも一様に顔をしかめている。


何より、普段は温厚なクルスがついにキレた。


「……さっきからおとなしく聞いていれば、それが誇り高き騎士王国の王子の言葉か!」


可憐な唇からドスの利いた声が発せられたかと思うと、クルスはそばにあった初代騎士王の銅像から騎士剣のレプリカをもぎ取って、ファビオに投げつけた。


「ヒィ!!?」


切れ味のない飾り物とはいえ、巨大な剣が頬ぎりぎりを飛んできて背後の壁に突き刺さったのだ。ファビオが情けない悲鳴を上げる。


「オオオオオオオオオオオオオオオッ!!!!」


次にクルスは銅像本体を両手で掴むと、広間中に響く雄たけびを上げた。


ビリビリビリィッ!!!


クルスが両腕に力を込めた瞬間、上腕二頭筋がはちきれるように膨れ上がった。たまらず繊細なドレスの袖が裂け、筋骨隆々の腕があらわになる。そして、クルスの身の丈を優に超える銅像が持ち上がった。


「優しくて格好いい私のお姉さまを愚弄しただけでは飽き足らず、無辜の民より己の享楽を優先する外道が、恥を知れ!!!」


ズシン、ズシン、と美少女(男)の華奢な足からするはずのない重々しい足音を響かせ、頭上に銅像を掲げたクルスが壇上へと上っていく。


なまじ腕以外は儚げ美少女のままなのが、より一層の恐怖を煽った。


「ひっ、あ、あ、ああああっ!!なんだ、貴様、何なのだ!!!」


非現実的な光景を目にして腰を抜かすファビオに、


「最近のクルスは体調が良くなってきたので鍛え始めたところ、筋肉を任意に膨張させられる特異体質だと判明したのです。どうやらこの子の肉体は本来頑健で、幼いうちは体が力に耐えられず寝込んでしまったのではないか、というのが医師の見立てですわ」


とエミリアが解説してやったのだが、聞いていたのかどうか。ちなみにエミリアのほうは、同年代より身体能力が優れているだけで常識的な人類の範疇である。


「わ、わわわわ、分かった、信じる、お前が男だと信じるッ!婚約者はエミリアで許してやるから、来るなぁああっ!!」


「許してやる?この期に及んで貴様の許可などいるか!!二度とお姉さまに近づくなゲス野郎!!!」


クルスが渾身の力を込めて銅像を振り下ろすと、尊き初代王の頭部がファビオの股間をかすめて床に突き刺さった。


「ぎゃあああああああああああああああっ!!!!」


恐怖のあまり泣き叫び、ガタガタと震えながら漏らす第三王子殿下を見届けたクルスは、力の反動でふらりとよろけた。


「クルス!」


すかさずエミリアが駆け寄り、倒れそうな弟の体を抱きとめる。


「もう、駄目じゃない。こんなこともあろうかと粗悪な銅像に入れ替えておいたとはいえ、壁や床は張り替えていないのよ?あまりお城を壊してはお父様や陛下に叱られてしまうわ」


「ごめんなさい、お姉さま。でも王子殿下の発言がどうしても許せなかったのです」


「気持ちは嬉しいけれど、こんな無茶をして。また筋肉痛で寝込んでしまったらどうするの」


麗しい姉弟愛と醜態をさらす王子の落差がひどい。招待客の誰もがどこから突っ込んだものかわからずドン引きする中、かろうじて「陛下」の言葉にファビオが反応した。


「よ、くも……お前たち、よくも俺に無礼を働いてくれたな!?そこのような暴挙、陛下が……父上が知ればただではおかぬ!不敬罪で処刑してやる!!!」


かつては令嬢たちの眼差しを一身に集めたこともある端正な顔を怒りに歪め、醜悪に喚くファビオ。


エスペランサ姉弟は煩そうに王子を一瞥すると、顔を見合わせた。


「お姉さま、この騒動を陛下が知らないとまだ思っているのかな、あの人?」


「頭の出来があまりよろしくない方だとは思っていたけれど、まさかここまでなんてね」


ひそひそと言い合った後、エミリアはあきれ顔でファビオに話しかけた。


「殿下、本当に気づかないのですか?」


「……あ?」


「かろうじて御身に傷をつけていないとはいえ、わたくしども姉弟の言動は本来ならば許されざる不敬です。それにもかかわらず殿下の近衛騎士や側近がた、ほかの王族の方々が止めに入らないのはなぜだと思います?」


「は……?そういえば、なぜだ?なぜ誰もこの不届き者を捕らえんのだ!?おい、早くこいつらを捕縛しないか!」


ファビオがエミリアたちを指さして喚くが、誰も動かない。


「そんなもの、とっくに根回し済みだからに決まっておろう。彼女らは愚かなそなたとは違うのだ」


答えたのはエミリアでもクルスでもなかった。ファビオは聞き覚えのある声に、ぎぎぎ、と壊れたからくり人形のような動きで振り返る。


「騎士王陛下、ならびに王妃陛下のご入場です!」


自分は関係ないと言わんばかりに、場違いに明るい声で大臣が告げる。王子の斜め後ろ、王族専用の大扉から現れたのは威風堂々とした初老の美丈夫と彼に寄り添う気品ある美女。


ファビオの両親、騎士王夫妻だった。

ステラ 「……この時代のエスペランサ家って、家族愛と責任を兼ね備えたまともな大貴族だったんですね」

エミリア「子孫がご迷惑をおかけしたようで申し訳ありません、聖女様」

ステラ 「いえ、私の子孫も二作目でやらかしているので何も言えないです。本当にごめんね、アーサー君」

アーサー「聖女様が悪いわけではないので気にしないでください。どんな立派な人からだって、クズが生まれることはありますよ」

エミリア「ほんそれ(ファビオをガン見しながら)」

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