わたくしの妹ではございません
伝統ある騎士の国、レガリア騎士王国のとある夜会にてその騒動は起こった。
「皆の者、今宵は俺の婚約発表のためによくぞ集まってくれた!」
シャンデリアが輝く王宮の広間では招待客が入場を済ませ、あとは騎士王夫妻の登場と王の開会宣言を待つばかり。そんなとき、突如として主役の一人が声を張り上げのだ。
声の主は第三王子、ファビオ・ド・ソロサバル・レガリア。王族らしい燃えるような赤毛に野性味あふれる凛々しい顔立ちの美男子である。
今夜はファビオ王子と筆頭公爵エスペランサ家の長女エミリアとの婚約を祝う夜会なのだ。
ところが、壇上のファビオが親密そうに肩を抱く相手はエミリアではなかった。
「エミリア・エスペランサは女だてらに馬を乗り回し、剣術に傾倒する野蛮な女だ。戦いで忙しいと言い訳ばかりし、俺とはろくに交流してこなかった!貴族令嬢の風上にもおけぬ粗暴な女に、王子の妃は過ぎたもの!」
ファビオの腕の中では、彼が贈った華やかなドレスを身に着けたエスペランサ家の次子、クルスが大きな瞳に涙を浮かべて震えていた。
「代わりにいつも俺をもてなし、心を慰めてくれたのがクルス・エスペランサ公爵令嬢だ。俺の伴侶に相応しいのはエミリアなどではなく、心優しき妹のクルス嬢だ!!!」
赤みがかかった波打つ金髪にぱっちりとしたエメラルドグリーンの瞳、長い睫にふっくらとしたバラ色の頬。名工が丹精込めた人形のように可憐なクルスは、消え入りそうな声で
「ごめんなさい、お姉さま……」
と呟いた。
招待客は口々に「どういうことだ?」「あのように愛らしい令嬢はお目にかかったことがない」「エスペランサ家に次女がいた?」「いや、待て。殿下はクルス嬢と言わなかったか……?」とざわめく。その反応を見渡したファビオはますます得意げに胸を張った。
「諸君らが知らぬのも無理はない。クルス嬢は幼いころから病弱ゆえにめったに表へ出られなかったそうだ。しかも数少ない社交の機会さえ、姉より目立たぬよう男の格好をさせられていた!これは立派な虐待である!!」
一様に戸惑いの表情を浮かべる貴族たちをぐるりと見渡し、ファビオは訴えた。
「体が弱いにもかかわらず、エスペランサ家の後継はクルス嬢なのだ。これは彼女がエミリアより遥かに優れた才覚を有している証に他ならない。王子である俺の婚約者が、妹に嫉妬する卑しい無能、エミリアであってよいはずがない!俺は正義のもとにこの間違いを正し、クルス嬢を伴侶とする!!!」
断罪劇の主人公の如くファビオがポーズを決め、あたりは水を打ったように静まり返る。誰もが息を潜める静寂の中、大理石の床を踏む軍靴の音が響いた。
「来たか。血も涙もない冷血、傲慢女のエミリア・エスペランサ。反論があるというのなら聞いてやろう!」
人々がおのずと道を譲る先から現れたのは、血のような暗い赤髪の少女だった。
十四という年齢に見合わぬすらりと引き締まった長身に纏っているのは、金糸の刺繍で飾られた深紅の軍服。艶やかでまっすぐな長髪を纏めるベルベットのリボン以外は、娘らしい装飾を身に着けていない。灰色の瞳は涼しげな切れ長で、一見すると秀麗な少年のようだ。
男装の少女エミリアは王子のいる壇上を見上げると、形の良い眉をわずかにひそめた。
「……クルス。どうしてそんなところに?」
「貴様、クルスを睨むな!」
ファビオが愛しの人を守るように前へ出ようとして、横から吹き飛んだ。クルスが渾身の力で王子をぶっ飛ばしたのである。
「アゴフッ!!!?」
絨毯の上へ無様に頭から突っ込んだ王子には目もくれず、クルスは壇上から駆け下り姉に飛びついた。発言を許可されていないので今までお行儀よく口をつぐんでいたのだが、大好きな姉の姿を見てこらえきれなくなったのだ。
「お姉さま、ごめんなさい、王子殿下を止められなくてごめんなさい!!無理やり連れてこられたのです!本当に、何度も、何度も、このようなことはおやめくださいと止めたのに、殿下が用意されたドレスまで着せられて!!!『エミリアをかばっているのだな』だとか『俺が守ってやるからもう我慢しなくてもいいのだ』とかおっしゃるばかりで、話が通じなくて!!!」
はらはらと大粒の涙を零す姿すら楚々として美しいクルスは、とてもたった今王子を床に叩きつけたようには見えない。エミリアは両手を広げてクルスを抱きとめ、頭を撫でた。
「よしよし、あんな変態に無理強いされて怖かったわね。助けに来るのが遅くなってごめんなさい」
エミリアがクルスに向ける顔は母の如き慈しみに満ちた笑顔だ。冷たい氷の美貌が花開くようなその変化に、周囲の人々が思わず感嘆のため息を漏らす。
「ぐはぁっ、え、あ、な、なぜだ、クルス……?」
ようやく起き上がったものの、姉に対する態度が想像と全く異なるクルスの様子に、ファビオが困惑の声を上げる。
エミリアは腐乱した生ごみでも見るような目で王子を見上げた。
「ファビオ・ド・ソロサバル・レガリア。よくもわたくしのかわいいクルスに汚い手で触れてくれましたね。しかも我が家の至宝を伴侶にする?エスペランサ家への宣戦布告と受け取ってよろしくて?」
少女特有のよく通る高音でありながら、地獄から響くような憤怒の滲む声にファビオはぞっとした。それでもかろうじて王子の矜持をかき集め、怖気付きそうなのをこらえて言い返す。
「ふ、ふん!いくら俺が恋しいからと言って、振られたくらいで宣戦布告とは大げさな。みっともないぞ!」
「……恋しい?まさか、私が殿下に懸想していると?そんな悍ましい事実はございません。訂正して謝罪してくださいませ」
「不敬だぞ、貴様!!!お前こそ床に頭をこすりつけて詫び、潔く婚約者の交代を受け入れるがいいッ!!!」
恫喝するファビオの様子に令嬢や年若い貴婦人たちが怯えて小さく悲鳴を上げるが、怒声を一身に浴びたエミリアはどこ吹く風だ。
「婚約の撤回は喜んでお受けしますわ、第三王子殿下。ですがクルスを貴方の妻にするのは無理です」
「戯言を!此度の婚約は王家とエスペランサ公爵家の契約である!姉妹のどちらと婚約を結ぼうが結果は変わらぬ!!!」
「そもそもの前提が間違っております。クルスはわたくしの妹ではございません」
淡々と言い切ったエミリアにファビオは高笑いした。
「クハハハハッ!!ついに本性を現したな!それが両親を同じくする実妹への言葉か!?おおかた、貴様の母親が産褥で死んだのをクルスのせいにして、母殺しの大罪人は妹でないと言うつもりだな!?嘆かわしい!」
勝ち誇ったように嘲笑うファビオに対し、エミリアは深々と、それは長いため息をついた。
「そうではなく。以前から散々申し上げておりますが、クルスは妹ではなく弟です」
あきれ果てたようなエミリアの訂正に、再び広間が静まり返った。
沈黙は長くは続かず、「……そうですわよね?」「クルス殿って公子でしたよね?」「エスペランサ家の姉弟は仲睦まじいと有名ですのに」「まさか王子殿下ともあろう方がご存じなかった?」などと周囲の貴族たちがこそこそ囁きあう。
ひとつひとつの囁きは聞き取れずとも、ざわめく声が自分を馬鹿にしていることだけは理解できたのだろう。ファビオは顔を真っ赤にして地団太を踏んだ。
「う、うるさい、うるさい!!!この俺を愚弄しやがって、騙されんぞ!そんな可愛らしい男がいてたまるか!!!」
ファビオがビシッと指を突き付ける先には、思わず守ってあげたくなるような儚げな風情のクルスがいた。
「殿下のお言葉で、クルスが可愛くて優しくて優秀という点だけは同意いたします。ですが、それ以外の全てが間違っております。この子はどうあがいても男です。わがエスペランサ家の跡取りにございます」
軍事国家レガリアの戦場は女性がほぼいないので、他国よりは男同士の色恋沙汰に寛容だ。とはいえ、跡取りを妾として取り上げられて黙っていられるほど、エスペランサの家名は軽くない。
「わたくしには王族の婚約者にふさわしくないという瑕疵をつけ、弟を妾に召し上げる。これがわが家への宣戦布告ではなくて何だというのです?」
「ち、違う!貴様、クルスに可愛らしさでかなわないからといって、この期に及んで弟だと言い張るなど見苦しいぞ!!」
エミリアから鋭い目で睨みつけられ、ファビオはしどろもどろに言い返した。
大鷲大陸シリーズ四作目の舞台は騎士の国、レガリア騎士王国。魔王封印から百年後くらい、今のところシリーズ最古の話になります。
魔の森周辺以外ではほとんど魔物を見かけなくなった前作までと違って、大陸内部にもまだ結構魔物が残っている時代です。
しかし四作中、主人公三人が公爵令嬢(経験者含む)になってしまった……高貴な身分だけど上には上がいる立場って話が作りやすいよね。
異世界恋愛定番の書き出しと見せかけてジャンルはヒューマンドラマです。コメディと迷ったけど、まじめな話もなくはないので。
前作が自分にしては湿っぽい話だったので、反動でドライな話が書きたかった。
というわけで、勘違い顔だけ王子をつよつよ仲良し姉弟がフルボッコする話、はーじまーるよー!
ファビオ「なぜだ……婚約破棄はギリしてないのに!愛されるつもりはない宣言した奴も、王女優先した奴も、意中の女と結ばれたのに!!!なぜ俺はざまぁ対象なのだ!?」
アーサー「それがわからないからだと思いますよ」
ステラ 「だいたいうちのアレク君をあなたのような人と一緒にしないでください」
クロエ 「そうだそうだ、私のトリスタンを一緒にするな変態!!!」
エミリア「歴代主人公からも総スカン食らってんのウケる」




