誰にも助けてもらえないのは当然じゃない
話はひと月ほど前に遡る。
王宮の応接室にエスペランサ家の当主と長女を招いた騎士王陛下は一枚の注文書を前にして頭を抱えていた。
「……率直に言おう。ファビオがクルス公子に贈るドレスを注文している」
「恐れながら陛下。あんたの三男は馬鹿なのか」
「わしもそう思う」
王の側近として幼いころから仕えてきたエスペランサ公爵は、歯に衣着せぬ物言いである。騎士王のほうでもこれに腹を立てるどころか、深く深く頷いた。
「ちなみに王妃陛下は?」
「今、寝込んでいる」
「よほどショックだったのですね」
「いや、『もはやあの子の愚かさには我慢ならぬ、製造者責任を果たして参りますわ!!!』と叫んでファビオを刺しに行ったのでやむを得ず眠らせた」
わしもいっそ寝込んでしまいたい、としょんぼりする騎士王に、エミリアは手土産の菓子をそっと差し出した。
領地で採れるリラックス効果のある香草を練りこんだ焼き菓子である。騎士王は優しい気づかいに力なく微笑んだ。
「ありがとう、エミリア。そなたが義理の娘になってくれるのを、わしも王妃も楽しみにしていたのだが……無理に娶わせては、かえってそなたを不幸にしてしまうだろう。公爵よ、婚約を白紙撤回させてもらいたい」
心なしかしょっぱいクッキーを齧って肩を落とす騎士王から、父親の顔へと視線を移すエミリア。
厳めしい顔つきのエスペランサ公爵は見た目の通り不屈の人で、たとえ王が相手でも筋の通らないことにははっきりと拒否を突き付ける性格だ。
「陛下。俺はあのバカ坊主がエミリアを侮辱するたび、あんたら夫婦がどれだけ苦心して矯正しようとしたか知っている。話が通じないやつは一定数いるもんだ。それがたまたま息子だったのに、同情する気持ちはある」
兄二人とは少し年の離れたファビオは王位継承の可能性が極めて低いので、兄たちに比べれば義務や責任が軽いのは否定できない。
騎士王夫妻はだからといって、三男の教育をおろそかにはしてこなかった。
実際エミリアとの縁談が持ち上がるまでは、ファビオ王子はそこまで評価の低い王子ではなかった。
勉強も武術もそつなくこなし、青臭い正義感が鼻につくことはあるが横暴ではなく、王位を継がない王子としては十分に及第点と思われていた。
兄王子たちはもちろん、ファビオと同じように少し甘やかされて育った末の姫君だって、責務をわきまえた立派な王族である。
王夫妻の教育方針は正しいはずだった。ファビオがクルスに対して妙な勘違いと暴走を起こすまでは。
エスペランサ家の姉弟に対する三男の言動を知った王はすぐさま対応した。何度もクルスは少年だと説明し、諭し、咎め、説教して、兄王子や妹姫、ファビオの側近たちも口をそろえて馬鹿なことはやめるように説得したのだが。
ファビオは家族や友人の言葉を全て愛の試練と思い込み、反対されるほど一人で燃え上がった。「みな人がいいから公爵やエミリアに騙されているのだ!」「俺は哀れなクルスを救ってやるぞ!そうすれば俺が正しかったと分かってくれるだろう!?」と全く話が通じないのだ。
挙句の果てにはクルスを婚約者として発表するためにドレスまで作り出し、王妃が刃物を持ち出す騒ぎにまでなったのである。
「あんたたちは十分、ファビオ王子に説明責任を果たしたとは思う。だからといって、うちのエミリアが泥をかぶるのは違うだろう?」
「そなたの言うとおりだ。許さずともよい。非はすべて王家にある」
偉大な統一帝国の末裔である騎士王が頭を下げて謝罪することはない。王家の非を認めるという言葉は、騎士王に取りうる最大限の詫びなのだ。
だが、いくら詫びてもらったところでどうにもならないことはある。
これが他国ならば王家が矢面に立てば何とかなったかもしれないが、ここは女性の地位が低いレガリアだ。
正式な婚約ではなかったとしても、円満な白紙化だとしても、王が全力でかばったとしても、エミリアには「王子の妻として不適格と判断された令嬢」というレッテルがついて回り、今後の縁談にも影響が出るだろう。
「発言をお許しいただけるでしょうか、陛下」
「なんだね、エミリア?民の生活に悪影響が出ない範囲ならば、慰謝料はいくらでも増額するが」
「いいえ、金銭的なことは法に定められた通りで結構ですわ。陛下は王家の非だとかばってくださいましたが、わたくしだって完璧だったわけではございません」
この縁談は王の発案だが命令ではないので、当初、公爵家には拒否をするという選択肢も与えられていた。
ただエミリアは、王子の顔にも人柄にもあんまり興味がなかった。何より彼女が夫に望む第一の条件は、跡取りであるクルスを尊重してくれることだ。
少女趣味で同世代の貴族男性からは馬鹿にされがちなクルスに対してファビオが親切に見えたので、自分のことは多少蔑ろにされてもまぁいいか、と軽い気持ちで縁談を了承したのである。
結婚するのはエミリアなのに他人事でいたのは猛省すべきことだし、事実を知った父からもこっぴどく叱られて反省した。
「わたくしに瑕疵がつくのは仕方のないこと。ですが、このまま円満に白紙化して第三王子殿下に全く打撃を与えられないのも不愉快です。陛下、わたくしは王子殿下の醜態を公に晒し、社会的地位を貶めたいと存じます」
どうせ貴族令嬢としての失墜が避けられないなら、ファビオにはそれを上回る瑕疵をつけてやる。どんな慰謝料の増額より不遜な提案をするエミリアを、騎士王も公爵も唖然とした目で見つめた。
「具体的には、婚約発表の夜会を決行いたしましょう。そこで愚かな騒ぎを起こす王子殿下こそ加害者なのだと知らしめる許可をくださいませ、陛下」
にこやかに微笑みながらも、ここで愚かな王子を庇うのか否か、騎士王を見定めるようにエミリアの眼光は鋭い。
王は長い溜息を一つついて、愚かな三男を切り捨てることを決めたのだった。
夜会は始まったばかりだというのに、疲れ切った眼をした騎士王が息子を睨みつけた。
「ファビオ。本来ならば、お前の稚拙な企みを事前に止めることなど容易かった。しかしそれでは、見たいものだけを見て周囲の忠言も聞かず、思い込みに任せて暴走する阿呆が野放しとなる。だからこの茶番をあえて敢行させたのだ」
「そ、そんな……父上、母上、俺はただ正義を成そうとしただけで……俺のことが大切では、ないのですか?」
両親に見捨てられてショックを受けた顔をするファビオを、王妃がきっとにらみつけた。王妃にふさわしい公平な女性ではあるが悪に対しては苛烈な一面もあるので、公衆の面前でなければ口汚く罵倒していたかもしれない。
「もちろん大切に思っていたわ。大切に思うからこそ、わたくしたちは何度もお前を咎め、現実を見るように説得しました。それを聞き入れなかったのはお前のほうです」
「たった十二歳の少年に愛を囁いて付きまとい、大切な政略結婚の相手である女性を蔑ろにした挙句、このような醜態をさらしたお前に王族の責務は重かろう。今よりそなたは王族ではなくただの平民ファビオとなる。生涯、辺境北部の騎士団に従軍し、二度とエスペランサ一族にかかわるな。これは王命である」
侮蔑に満ちた母の眼差し、諦観の滲む父の宣告にファビオは震え上がった。
「い、嫌です、北部といえば蛮族どもとの対立の最前線で、最も過酷な戦場と悪名高い場所ではありませんか!?どうして俺がそんなところへ、嘘だ、許してください父上!!!」
ファビオは床に這いつくばって父親に許しを乞うていたが、王が宣告を覆さないと見るや、よろよろと立ち上がってエミリアのほうへと手を伸ばした。
「おい、エミリア・エスペランサ、喜べ。仕方ないから貴様と婚姻を結んでやる。だから父上を説得しろ」
「え、嫌ですけど」
両腕を痛めたクルスを背中にかばいながら、エミリアは即答した。
「たかが公爵令嬢の嘆願で王命が覆るわけないですよね?馬鹿なんですか?だから廃嫡なんてされるのですよ」
「なっ、お、俺は、この国でたった一人の未婚の王子だぞ!?俺との婚約がなくなるのは、貴様だって困るはずではないか!」
「たった今王子じゃなくなりましたけどね。仮に王子のままだったとしても、あなたとの婚約など願い下げです」
「意固地になるな!知っているぞ、お前はクルスが死んだら滞りなく当主になれるよう、王子を夫にしたいのだろう!?本当は俺に惚れているくせに、見苦しいぞ!!!」
クルスの死を持ち出したファビオを、エミリアは心底軽蔑した。情けをかけて一応は丁寧にしていた口調も、平民の対応にふさわしいものに直す。
「冗談でも私の弟が死んだら、などと言うな。確かに私の夫は王家の男系男子が望ましい。けれどそれは、お前でなくても一向にかまわない」
「は?」
どういうことなのかまるでわかっていない元王子様にエミリアは懇切丁寧に説明してやる。
「王弟殿下や第一王子殿下のご子息など、お前以外の候補はたくさんいらっしゃるということだ。そんなこともわからないのか?」
実際には負けん気の強さを公に見せたエミリアを嫁にしてくれる奇特な王族が存在するか定かではないが、もはやファビオには関係ないことだ。
エミリアにも頼れないと知って、ファビオは声を震わせながら居並ぶ貴族に訴えた。
「おい、誰か、誰か俺を助けろよ!立派な王子殿下だってみんな褒めていただろうが!この程度のことで手のひら返しやがって、くそっ、くそぉおおおお!!!」
「ついさっき、平民などどうでもいいと言ったのはお前だわ。貴族に無礼を働いた平民が誰にも助けてもらえないのは当然じゃない」
エミリアが鼻で笑うのと同時、王に命じられた騎士たちがファビオの両脇をつかんで立たせた。そのまま小便臭い元王子をずるずると引きずって退場させていく。
「嫌だ、いやだああああああああああああっ!!!エミリア、父上、母上、助けて、なんで俺が、あああああああああああああっ!!!」
往生際悪く泣き叫ぶファビオを見送る貴族たちの目は一様に冷たい。これでエミリアが王子の婚約者として不適格と判断された、という印象もかなり薄まったことだろう。
「お疲れさまでした、お姉さま」
「クルスもね」
首尾よくことが進んだことに、エスペランサ家の姉と弟はお互い労いあったのだった。
それから数年をかけて、クルスは丈夫になり寝込むこともなくなっていった。
十五歳を超えるころには頑強な筋肉を備えた肉体に成長し、武術にも才能があったようでめきめきと力をつけている。
反対に、弟に戦いを任せられるようになったエミリアは実戦を減らしていった。
体を動かすのは好きなので軍を完全に退いたわけではないが、将来的にクルスの迷惑にならないよう花嫁修業も並行している状態である。
男性貴族の一部にはファビオを断罪した時のエミリアを「女のくせに生意気だ」と評価する者もいたが、そんな輩は頼もしい父と弟が蹴散らしてくれている。
むしろ誠実な夫を見極めるのにちょうどいいと、一家は豪快に笑ったものだった。
一方ファビオはというと、王の宣告通り北の戦地へと送られた。
エスペランサ家の主戦場は人間よりも魔物の割合が多い南部なので、エミリアもクルスも二度とファビオの顔を見ることはないだろう。
ファビオは男だらけの北の戦場で「男もイケる元王子」と噂になり、整った顔立ちも相まって歴戦の戦士たちにかわいがられているらしいが、エミリアの知ったことではなかった。
今作の騎士王陛下はオーガストとかジェラールに比べればかなりまともな王様なのに、四人いる子供のうち一人だけ突然変異級のバカ(しかもこの騒動が起こるまで普通の王子の皮をかぶったステルスタイプ)だったばかりに可哀そうなことに。
エミリア「ところでクルスのドレスってどうしてサイズぴったりなの?」
クルス 「王宮侍女の方に着付けしてもらった時、多少直してもらいました。でも少しの手直しで済むくらいの誤差だったのが恐怖です」
エミリア「サイズを目視で看破してたってこと?気持ち悪すぎる……」
さて、四作目はさくっと終わりましたが次回作は大鷲大陸五作目にするか、気分を変えてまったく別世界の話にするか考え中です。
よろしければまたお会いしましょう。




