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第八話 未来予知本が増えている

地下書庫の鍵を手に取ったのは、夕方の稽古が終わった後だった。

前回の訪問から数日が経っていた。

本が増えていた理由も、誰が追加しているのかも、まだわかっていない。

今日はその謎を解明する糸口を探すつもりで来た。

階段を降り、燭台の灯りを頼りに禁書棚へと向かう。

扉を開けた瞬間、息が止まった。

(増えすぎだろ)

前回来た時は十五冊ほどだったはずの棚の一列が、ほぼ満杯になっていた。

数えてみると、ざっと三十冊は超えている。

二倍ほどは増えていた。

一冊ずつ背表紙を確認していく。

見覚えのあるタイトルが並んでいる。

前世で読んでいたなろう小説に近いタイトルのものばかりだ。

おそらく中身は全部エレノアが主人公の話だろう。

(なんでこんなに増えているんだ)

棚の奥から順に確認していくと、見慣れない三冊が目に入った。

前回なかったものだ。

「婚約破棄されたので聖女になります」

「追放令嬢の逆転劇」

「王子様を捨てたら幸せになりました」

三冊並んだ背表紙を見るだけで、胃が痛くなってきた。

特に三冊目のタイトルが、やけに攻撃的だ。

(でも読まないと情報が集まらない)

仕方なく一冊目を取り出した。

「婚約破棄されたので聖女になります」

開いて読み始めた。

婚約を破棄されたエレノアが、教会の慈善活動に身を捧げる。

その献身的な姿勢が奇跡を呼び、やがて教会の最高位から聖女認定を受ける。

エレノアの名前は国を越えて広まり、隣国の皇帝もその聖性に敬意を表して接見に訪れる。

(ここまではいい。問題は俺だ)

中盤に差し掛かったところで俺の登場だった。

婚約破棄をした元王子は、エレノアが聖女として各国に名を馳せるにつれ、「あの婚約破棄をした男」として歴史の汚点に刻まれる。

学院の教科書に「人を見る目のなさの象徴」として実名で掲載されることになり、後世の生徒たちに反面教師として語り継がれる。

(教科書に載るのか俺は)

前世でも世界史の教科書に出てくる悪名高い人物は何人か知っていた。

まさか自分がそちら側になるとは思っていなかった。

一冊目を棚に戻した。

二冊目を取り出した。

「追放令嬢の逆転劇」

エレノアが婚約を破棄された後、独立して慈善商会を立ち上げる話だった。

その商会が王国の経済を影から支える規模に成長し、エレノアは実質的な国内最大の経済的実力者となる。

(ここまではいい)

ページをめくると、俺の登場は最後の方だった。

エレノアの商会が王国の財政難に際して融資を申し出た場面で、その窓口として元王子レオンが登場する。

元王子は今や形式的な王宮の役職にとどめ置かれており、エレノアの商会の支援を王国に仲介する立場になっていた。

かつての婚約者から施しを受けて頭を下げる元王子。

(前よりさらに酷い)

処刑の次が属国王で、今度はかつての婚約者から支援を受け取る立場か。

段階的に尊厳が削られていく。

本を閉じて、深呼吸した。

三冊目を手に取った。

「王子様を捨てたら幸せになりました」

タイトルだけでもう胃が痛い。

読み始めた。

第一章のタイトルが「重荷を降ろした日」だった。

エレノアが婚約を破棄された日を、物語では「人生で最良の日」として描いていた。

(重荷って俺のことか)

間違いなく俺のことだった。

物語はエレノアが婚約破棄によってどれほど自由になり、どれほど生き生きとしてきたかを丁寧に描いていた。

王宮を離れて自分の道を歩み始めたエレノアが、出会う人すべてに感謝されながら、少しずつ幸せになっていく。

俺の登場は序盤の数ページだけだった。

 

「……登場が少なすぎる」

 

思わず声が出た。

処刑でも属国王でも教科書掲載でも融資先でもなく、ただ序盤だけ出てきてフェードアウトする。

これはこれで傷ついた。

本を閉じた。

棚の前に腰を下ろして、天井を見上げた。

石造りの天井は低く、燭台の影が揺れている。

(まとめると)

全部の本でエレノアは幸せになる。

そして全部の本で俺は負ける。

負け方だけが違う。

処刑。

属国王。

歴史の反面教師。

かつての婚約者から施しを受ける男。

序盤だけ出てくる男。

どれも選びたくない。

どれを選んでも選びたくない。

だが一つ、気になることがあった。

(本が増えているペースが速すぎる)

前回来た時と今日で、数日しか経っていないのに、棚の列がほぼ満杯になっている。

誰かがここに本を持ち込んでいる可能性が高い。

あるいは、この棚が自然に本を生成しているという、もっと奇妙な可能性もある。

棚の壁を確認した。

隠し扉のようなものはない。

床や天井にも特に変わった点はない。

(謎だ)

本の増加ペースと増加の仕組みを解明する必要がある。

それがわかれば、この書庫の正体に近づけるかもしれない。

立ち上がって、棚全体を改めて見渡した。

三十冊を超える本が並んでいる。

すべてエレノアが主人公で、すべて俺が負ける話。

(これはもはやコレクションだ)

俺の負けパターンコレクション。

誰かが意図的に集めているとしたら、かなり悪趣味だ。

書庫を出て鍵をかけた。

廊下を歩きながら、今後の方針を考えた。

本の謎を解明する。

エレノアとの関係を維持する。

アリアとの強制的な接触を何とかする。

そして婚約破棄だけは、絶対に避ける。

やることが多すぎる。

(仲間が必要だ)

一人でできる範囲を、そろそろ超えてきている。

信頼できる人間を、早急に見つけなければならない。

夜の廊下は静かだった。

胃が痛かった。

今日は特に痛かった。





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