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第六話 追放された令嬢ですが皇帝陛下に溺愛されています

地下書庫に戻ることにした。

シナリオの強制力の存在が確実になった以上、手がかりを集める必要がある。

あの禁書棚にもう一度向かうことにした。

王立学院の授業が終わった夕方、俺は北棟の奥へと向かった。

鉄の扉を開け、階段を降り、燭台の灯りを頼りに禁書棚の前に立つ。

扉を開けた。

(増えてる)

前回来た時は十冊ほどだったはずの棚に、明らかにそれ以上の本が並んでいる。

新しい本が一冊、他のものより少し手前に出ていた。

誰かが最近手に取ったか、あるいは意図的に置かれたような位置だった。

背表紙を確認した。

「追放された令嬢ですが皇帝陛下に溺愛されています」

(このタイトル……)

前世でも似たようなタイトルの小説を読んだ記憶がある。

なろうの定番ジャンルだ。

令嬢が追放されて、偉い人に拾われて幸せになるやつ。

嫌な予感を覚えながら、本を開いた。

最初のページから、見覚えのある世界観が展開する。

エレノアが主人公だ。

前の本と同じく、物語はエレノアの婚約破棄から始まる。

(また俺の醜聞から始まるのか)

心が痛い。

心が痛いが、読み続けた。

婚約を破棄されたエレノアは、王国を離れることを決意する。

侯爵家の縁故を頼って隣国へ渡り、縁あって皇帝の後宮に招かれることになる。

皇帝はエレノアの聡明さと誠実さに惹かれ、やがて彼女を正妃として迎える。

エレノアは皇后として国政に携わり、民衆から愛される統治者となる。

ページをめくる手が、だんだん鉛のように重くなってきた。

エレノアが皇后になる様子が、丁寧に描かれていた。

即位の場面。

民衆への演説。

他国の君主たちから尊敬を集める場面。

前世で読んでいたなろう小説そのままだ。

ただし主人公の名前がエレノアに変わっているだけで、俺の知っているあの話と寸分も違わない。

(エレノアの話はわかった。問題は俺だ)

俺の出番は、物語の中盤以降に唐突にやってきた。

婚約破棄から数年後、アルヴァレス王国は深刻な経済危機に陥る。

財政が破綻し、隣国に融資を求めざるを得なくなる。

その隣国というのが、エレノアの夫である皇帝の国だ。

皇国から提示された条件は、形式的な王政の維持と引き換えに属国化というものだった。

そして、その形式的な王として据え置かれるのが、かつて追放されたレオンだった。

(俺が出てきた)

属国王。

エレノアの夫の家臣として、頭を下げる立場。

皇国から送られてくる使者の前に膝をつく立場。

そして、かつての婚約者が今や皇后として君臨する国に、臣下として書類を送り続ける立場。

(前より酷くなってる)

前の本では処刑だった。

処刑は確かに最悪だが、終わりがある。

属国王は終わりのない屈辱だ。

しかも内容をよく読むと、俺は皇国からの使者が来るたびに謁見の間で頭を下げなければならず、その使者の中にはかつてエレノアの世話をしていた侍女も含まれているという描写があった。

侍女に頭を下げる元王子。

(なんだそれは)

声には出さなかったが、内心では叫んだ。

本を閉じて、一度深呼吸した。

もう少し先を読まなければならない。

情報収集だ。

感情を切り離して、ただの資料として読む。

もう一度開いた。

物語のラストには、エレノアが複数の国に支援を送る国際的な慈善活動を主導し、「聖母皇后」と呼ばれるようになるくだりがあった。

一方で俺は属国の王として、皇国から届く決定事項に署名し続けている。

独自の政策は一切持てず、「アルヴァレス形式王」という肩書きだけが残っている状態だ。

(前世のほうがましだった)

前世では確かに残業続きのサラリーマンだったが、少なくとも自分の意思で帰宅できた。

属国王に帰宅の自由があるかどうかは書いていないが、精神的な自由はなさそうだ。

 

「なぜこうなった……」

 

誰もいない書庫に、声が響いた。

燭台の炎だけが、無言で揺れていた。

本を棚に戻して、棚全体を眺めた。

増えた本はこの一冊だけではないかもしれない。

注意して見ると、他にも見慣れない背表紙がいくつかある。

だが今日は一冊読んだだけで胃がかなり痛い。

残りは次にした方がいい。

これ以上読むと、帰り道で倒れる可能性がある。

書庫を出て、鍵をかけた。

廊下の空気が、地下よりも温かく感じた。

今日わかったこと。

本が増えている。

エレノアは相変わらずどのパターンでも幸せになる。

そして俺はどのパターンでも、前回より酷い立場に置かれる。

処刑から属国王へ。

スケールが変わっただけで、惨めさは増している。

(婚約破棄しなければいいだけだ)

それはわかっている。

頭ではわかっている。

だが、シナリオの強制力が存在することも、すでに確認済みだ。

廊下を歩きながら、脳内でそろばんを弾いた。

エレノアとの関係は今のところ悪くない。

アリアとの不必要な接触も、互いの努力で最低限に抑えている。

外側から見れば、状況は落ち着いているように見えるかもしれない。

だが地下書庫の本は着実に増えている。

何かが動いている。

見えないところで、何かが進んでいる。

(次は誰かを仲間にする必要があるかもしれない)

一人で抱えるには、情報が多すぎる。

信頼できる人間を探す必要があった。

窓の外に夜空が広がっていた。

星はいつも通りきれいだった。

こちらの状況などまったく関係なく、きれいだった。

胃が痛かった。










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