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第十五話 真実

エレノアが去った後も、しばらく書庫に残っていた。

(全部知っていた)

その事実が、頭の中でずっと回り続けていた。

エレノアは侯爵家に代々伝わる鍵を使ってここに来ていた。

原典を聞かされていた。

俺の動きを知っていた。

婚約破棄の可能性を頭に入れながら、それでも覚悟を持って生きていた。

翌日、改めてエレノアを訪ねることにした。

昨日の話は、まだ完結していない。

聞かなければならないことが山ほどあった。

エレノアは王宮の応接室で資料を確認していた。

俺が入ると、顔を上げて礼をした。

 

「昨日の話の続きがしたい」

 

エレノアが資料を置いた。

 

「はい。わかっておりました」

 

俺は椅子に座り、少し間を置いてから切り出した。

 

「一つ聞いていいか。お前は……この世界に来る前の記憶があるか」

 

エレノアが手を止めた。

長い沈黙があった。

そしてゆっくりと、俺を見た。

 

「……どうして、そのようなことを」

 

単刀直入に答えた。

 

「俺にはある。前世の記憶が」

 

エレノアの表情が変わった。

驚きというより、確認するような顔だった。

 

「……殿下も、ですか」

 

(やはり)

 

「お前もか」

 

エレノアが静かに頷いた。

 

「はい」

 

俺は少し前のめりになった。

 

「前世で何をしていた」

 

エレノアが少し間を置いた。

そして静かに、だが明確に答えた。

 

「小説を書いていました」

 

思わず聞き返した。

 

「どんな小説だ」

 

エレノアが答えた。

 

「Web小説です。主に……婚約破棄ものを」

 

時間が止まった気がした。

(婚約破棄もの)

俺が前世で毎晩読んでいたジャンルだ。

エレノアの前世は、そのジャンルの書き手だった。

 

「どのくらい書いていたんだ」

 

「数年間、書き続けていました。婚約を破棄された令嬢が幸せになる話を、多く書いていました。読んでくださる方が多くて」

 

俺の頭の中で、何かが繋がりかけた。

 

「タイトルを、一つ教えてくれるか」

 

エレノアが少し考えてから、一つ挙げた。

間違いなく知っている。

前世で読んだことがある。

しかもかなり人気のあった作品だった。

 

「読んだことがある」

 

エレノアが目を見開いた。

 

「殿下が、私の……」

 

俺は続けた。

 

「俺の前世はなろう読者だった。毎晩小説を読んでいた。お前の作品も、その中の一つだった」

 

しばらく、二人とも黙った。

(俺はエレノアが書いた小説を読んでいた)

(エレノアは俺が読んでいた小説を書いていた)

奇妙な縁というには、あまりにも出来すぎている。

俺は立ち上がった。

 

「一緒に来てくれ。確認したいことがある」

 

地下書庫に着いた。

禁書棚を開けて、今まで読んできた本の中から数冊を取り出した。

 

「これを読んでくれ。文体に注目して」

 

エレノアが本を手に取り、開いた。

俺も別の本を開く。

「婚約破棄されたので隣国で幸せになります」

「追放された令嬢ですが皇帝陛下に溺愛されています」

「婚約破棄されたので聖女になります」

内容は違う。

展開も違う。

だが、文章の書き方が一致している。

同じ言い回し。

同じ間の取り方。

同じ、独特のリズム。

俺はゆっくりと顔を上げた。

エレノアも顔を上げていた。

二人の視線が合った。

エレノアの顔が、見たことのない色をしていた。

 

「……これ、全部」

 

俺は静かに答えた。

 

「文体が同じだ」

 

エレノアが少し震えるように頷いた。

 

「はい」

 

「書いたのはお前か」

 

エレノアがしばらく間を置いた。

 

「前世の私が書いたものと……文体が、同じです」

 

俺は本を持ったまま、壁に背をつけた。

(そういうことか)

地下書庫に積み重なってきた本。

三百年前から繰り返されてきた物語。

なろう小説そのままの内容。

全部が、一人の書き手の作品だった。

エレノアが前世で書いた婚約破棄小説が、なぜかこの世界に「歴史の記録」として存在している。

そしてその物語が、世界を動かす力として機能してきた。

(エレノアが書いた物語が、この世界を縛っていた)

その事実の重さを、しばらく頭の中で転がした。

エレノアが静かに言った。

 

「なぜ私の書いたものがここにあるのか……わかりません。どうしてそれが現実になっているのかも」

 

「そうだろうな」

 

俺は続けた。

 

「ただ……申し訳ない、とは思います」

 

首を振った。

 

「お前のせいじゃない。知らずに書いていたものが、どこかでこうなった。それはお前の責任じゃない」

 

エレノアが少し俯いた。

 

「それでも」

 

「責任を感じるなら、一緒に止める方法を考えてくれ。それが一番建設的だ」

 

エレノアが少し間を置いてから、顔を上げた。

 

「はい」

 

書庫の外に、夜の静けさが広がっていた。

謎の核心が、ようやく見えてきた。

エレノアの前世と俺の前世が、作者と読者として繋がっていた。

その物語が現実に干渉していた。

そして二人とも、それを知らずにこの世界で生きてきた。

(なんという縁だ)

同じ物語を、一人は書き、一人は読んでいた。

そして今、二人とも同じ物語の中にいる。

胃は痛かった。

しかし今は、胃が痛い以外の何かも感じていた。













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