第十三話 アリアの告白
アリアから連絡が届いたのは、穏やかな午後のことだった。
ゴードン卿を通じて、短い伝言が届いた。
「殿下に、個人的にお話ししたいことがあります」というものだった。
(珍しい)
これまでアリアは、俺との接触を最小限にしようとしてきた。
委員会の場以外では顔を合わせず、万が一偶然会ってしまった時も素早く撤退する。
そういうスタンスを互いに守ってきた。
そのアリアから、わざわざ面会の申し込みが来た。
重要な話があるのだろう。
場所は王宮の小さな談話室にした。
人目につきにくく、しかし完全に密室ではない場所を選んだ。
アリアが来た時、いつもより少し緊張した顔をしていた。
椅子に腰を下ろし、短く礼をしてから、静かに話し始めた。
「殿下、少し前から……ずっと気になっていることがあります」
俺は姿勢を正した。
「聞こう」
アリアが手を膝の上で揃えた。
「誰かに、行動を誘導されていると感じています。ただの偶然ではなく、意図を持って」
俺は頷いた。
それは俺も感じていたことだ。
「具体的に、どういう動きがあった」
アリアが少し間を置いてから、話し始めた。
「最初に気づいたのは、入学してしばらく経った頃です。私の奨学金の審査を担当した委員の一人が、突然私に会いたいと言ってきたことがありました」
少し引っかかる部分があった。
「それは不自然なのか」
アリアが静かに答えた。
「通常、奨学金の審査は書類だけで行われます。委員が入学者に直接会うことは、ほとんどないはずです」
俺は前のめりになった。
「その委員は、何を言ったんだ」
アリアが少し間を置いた。
「殿下と同じ授業を取るよう、勧めてきました。『将来のためになる』という理由で」
(誰だそいつは)
「その委員の名前は分かるか」
アリアが少し表情を曇らせた。
「はい。ただ……調べると、その人物は三ヶ月前に学院を辞めていました。今は連絡がつきません」
都合よく消えている。
アリアが続けた。
「それだけではありません。殿下と廊下でぶつかった時のことです。あの時、私は誰かに頼まれて重い荷物を運んでいました。気づいたら一人で全部抱えていて、断れないまま動いていたんです」
「頼んできた人間は?」
アリアが首を振った。
「顔だけ知っている同級生でしたが、あの後全く見かけなくなりました」
俺は腕を組んだ。
廊下で荷物を落とした。
図書館で二階に来た。
庭園に迷い込んだ。
全部に、裏で動いている人間がいた可能性がある。
「他にも似たようなことがあったか」
アリアがゆっくりと頷いた。
「この学院に来るよう私を強く勧めた人間も、今は行方がわかりません。私の家族は王都から遠い地方の出身です。なぜわざわざ王立学院を勧めてきたのか、当時は不思議でしたが……今思い返すと、最初から道を敷かれていたような気がします」
俺は静かに確認した。
「最初から、お前が王立学院に入学することが計画されていたかもしれないということか」
アリアが少し間を置いてから答えた。
「はい。そう感じています」
俺は黙って、その言葉を反芻した。
これはシナリオの強制力だけの話ではない。
ベルナルド老師が言っていた「世界に積み重なった願いの力」とは別に、具体的に動いている人間がいる可能性がある。
(黒幕がいる)
「学院に来るよう勧めた人間が行方不明になったのは、いつ頃からだ」
アリアが考えてから答えた。
「私が殿下と最初に接触した、廊下の件があった直後からです」
タイミングが合っている。
あまりにも合いすぎている。
「アリア、お前はなぜ今、俺にこれを話す気になったんだ」
アリアが少し目を伏せた。
しばらく間があった。
「先日、私の部屋の引き出しに、見覚えのない手紙が入っていました」
「手紙?」
アリアが懐から折り畳まれた紙を取り出した。
「差出人の名前はありませんでした。内容は短くて……『王子に近づけ』というものでした」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
受け取って開いた。
短い文章だった。
筆跡は整っていて、特徴のない文字だ。
(誰だ)
世界の意思が働いているとしても、物理的に手紙を書けるはずがない。
これは人間の仕業だ。
「この手紙を持ってきてくれたのは正解だ。よく話してくれた」
アリアが少し安堵したような顔をした。
俺は続けた。
「お前も俺も、誰かに駒として使われようとしている。一人で抱えるな。何かあればすぐに知らせてくれ」
アリアが静かに頷いた。
「わかりました」
立ち上がって礼をすると、アリアは部屋を出ていった。
一人残って、手紙を見つめた。
敵の輪郭が、少しずつ見えてきた。
世界の力を利用しながら、意図的に婚約破棄イベントを引き起こそうとしている人間がいる。
目的は不明だ。
しかし確実に存在している。
(俺が気づいていない前提で動いていたはずだ)
だとすれば、俺が気づいたことを、相手はまだ知らない可能性がある。
それは小さいようで、大きなアドバンテージかもしれない。
窓の外に、夕暮れが広がっていた。
胃が痛かった。
今日もまた、胃が痛かった。
だが今度の痛みは、恐怖だけではなかった。
戦う相手の輪郭が見えた時の、研ぎ澄まされた緊張だった。




