第十二話 ざまあされた王子ですが農業で成功しました
ベルナルド老師の話を聞いた翌日、俺は地下書庫に戻った。
八百年続くシステム。
七回繰り返された物語。
いずれも重い情報だった。
しかし重い情報ばかり抱えていては思考が固まる。
今日は棚の残りの本を確認するという、比較的軽いタスクのつもりで来た。
棚を前にして、まだ読んでいない本を探しす。
昨日より一冊増えている。
増加ペースが相変わらず落ちていない。
適当に一冊を引き抜いた。
「ざまぁされた王子ですが農業で成功しました」
(農業?)
タイトルに首を傾けた。
今まで読んできた本のタイトルとは、少し毛色が違う。
処刑でも皇后でも商会でもなく、農業だ。
開いて読み始めた。
物語はいつも通り婚約破棄から始まった。
エレノアが卒業パーティーで一方的に婚約を破棄され、王国を離れる。
そこまでは今まで読んできた本と同じだ。
違ったのは、その後の俺の動向だった。
追放されたレオンは、王都から遠く離れた東部の農村地帯に流れ着く。
そこで地元の農家に拾われ、最初は屋根と食事の礼に畑仕事を手伝い始める。
(農業か)
読み進めると、レオンはみるみると農作業の才能を開花させていった。
土の扱い方を独自に研究し、収穫量を増やす手法を発明する。
病気に強い野菜の品種改良を独学で成功させる。
近隣の農村にその技術を広め、地域全体の食糧事情が改善される。
(何者だよ。小説のレオン)
農業王子の活躍が止まらない。
十年後には東部農業協会の長に推薦され、二十年後には国王から「農業振興の功労者」として表彰される。
しかも表彰式でエレノアとの再会場面が用意されていた。
エレノアはその時すでに皇后になっており、国際的な農業支援活動を行っているため、レオンの功績を称えるために自ら出席したという展開だ。
(再会してる)
二人が言葉を交わす場面があった。
エレノアが深く頭を下げて「あなたのおかげで多くの人が救われました」と言い、レオンが照れ笑いをする。
なぜかそこだけ、妙にほのぼのしていた。
読み終えてから、本を閉じた。
しばらく天井を見上げた。
(処刑よりマシか……)
率直な感想がそれだった。
今まで読んできた本の結末を振り返る。
処刑。
属国王として永遠の屈辱を受け続ける立場。
歴史の教科書に反面教師として実名掲載。
かつての婚約者から施しを受ける男。
序盤だけ出てくる男。
それと比べると、農業で成功して国から表彰されるのは、かなりマシなエンドだった。
(農業エンドを目指すという手もあるか?)
一瞬だけ真剣に考えた。
しかし即座に否定した。
農業エンドに辿り着くためには、まず婚約破棄が起きなければならない。
それは絶対に避けたいことだ。
それに農業エンドでも、エレノアが婚約破棄によって傷ついているという事実は変わらない。
地下書庫の本に描かれていたあの場面。
衆人の前に立ちつくし、涙をこらえるエレノアの姿。
(そこだけは絶対に変えなければならない)
農業エンドの幸せな再会を読んだ後でも、その気持ちは揺らがなかった。
本を棚に戻した。
ふと思ったことがある。
今まで読んできた本の中で、俺の人生がそれなりに幸せそうな結末を迎えているのは、この農業エンドだけだった。
処刑は最悪で、属国王や教科書掲載もひどい。
序盤だけの登場は傷つく。
だが農業エンドだけは、レオンが最終的に充実した人生を送っている。
これが何を意味するのか。
婚約破棄という前提が変わらない限り、結末の良し悪しは俺自身の行動次第ということかもしれない。
(いや、そんなポジティブな話ではないか)
考えすぎだ。
どのみち婚約破棄という前提を変えるのが、俺の目的だ。
棚の本をもう一度眺めた。
三十冊以上並んでいる。
全部読むにはかなりの時間がかかる。
今日のところはここまでにしよう。
農業エンドを読んだだけで、なぜかほんの少し気が楽になった。
最悪のパターンばかり読んでいた後に、そこそこマシなパターンを見ると、妙な安心感がある。
(危険な思考だな)
安心してはいけない。
どのみち全部のパターンで婚約破棄が前提になっているのは同じだ。
廊下に出て、鍵をかけた。
今日わかったこと。
農業エンドのレオンは、表彰されるほど農業の才能がある。
俺が実際に農業の才能を持っているかどうかは不明だ。
だが少なくとも、処刑や永遠の屈辱よりましな結末が存在することはわかった。
(それで少し心が軽くなるのが情けない)
情けないとは思う。
思うが、情けなくても心が軽くなるものは軽くなる。
廊下の窓から外を見ると、庭師が畑を耕していた。
整然と並ぶ野菜の芽が、夕日に照らされている。
俺は少しだけ、その芽を眺めた。
(農業、悪くないな)
絶対に誰にも言わないが、そう思った。
胃の痛みが、今日は四割減くらいだった。




