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第十一話 世界は物語を繰り返す

地下書庫で見つけた古い本のことを、ゴードン卿に話した。

三百年前の記録。

同じ名前、同じ展開、同じ結末。

ゴードン卿は静かに聞いた後、少し間を置いてから口を開いた。

 

「……それは、ベルナルド老師のことを一度お訪ねになった方がよいかもしれません」

 

ベルナルド老師。

宮廷歴史学者として長年王宮に仕えた人物で、今は引退して王都の郊外に住んでいるらしい。

 

「その老師が、何か知っているのか」

 

ゴードン卿が慎重に答えた。

 

「確証はございませんが……かつて老師は、王宮の歴史文書を整理する業務を担っておられました。地下書庫にも何度か出入りされていたと聞いています」

 

翌日、ゴードン卿の手配で老師の元を訪ねることになった。

王都の外れにある小さな屋敷だった。

建物は古びていたが、庭は丁寧に手入れされている。

扉を叩くと、しばらくして老人が出てきた。

白髪に、深い皺。

しかし目だけが鋭く、こちらを観察するように見ている。

 

「レオン殿下でございますか。……やはり来られましたか」

 

「やはり」という言葉が引っかかった。

応接間に通されて、席についた。

老師が茶を出しながら、ゆっくりと口を開いた。

 

「地下書庫の最奥に、金属製の古い本があったかと存じます」

 

少し身を乗り出して聞いた。

 

「……知っているのか」

 

老師が静かに頷いた。

 

「私が整理した文書の中に、あの書庫の記録がございました。あの本のことも」

 

老師が椅子に深く座り直した。

 

「あの本は『原典』と呼ばれるものです。この国に伝わる最古の記録書。そして、この世界で繰り返されてきた物語の記録でございます」

 

俺は前のめりになった。

 

「繰り返し、ということは知っている。三百年前にも同じ事件があった。もっと前にも繰り返されてきたのか」

 

老師が静かに答えた。

 

「記録されているだけで、七回ございます。一番古いものは八百年前。おそらくそれ以前にも繰り返されていたと思われますが、文書が残っておりません」

 

八百年。

七回。

少なくとも七回、同じ物語が繰り返されてきた。

 

「毎回、同じ展開なのか」

 

老師が静かに続けた。

 

「ほぼ同じでございます。第一王子が平民の少女と出会い、婚約者を公の場で破棄する。婚約者は困難を乗り越えて幸せになり、王子は破滅する。登場人物の名前と細部は変わりますが、骨格は一切変わりません」

 

俺は少し間を置いてから聞いた。

 

「なぜ変わらないんだ」

 

老師がしばらく考えてから答えた。

 

「民衆の願いが、この世界に蓄積されているからでございます」

 

聞き返した。

 

「願い?」

 

「殿下はご存じかと思いますが、世の中には『不当に虐げられた者が最終的に報われる』という物語を好む人々がおります。令嬢が理不尽に婚約を破棄されながらも、やがて幸せを掴む。そういう物語を、多くの人間が何百年も切望してきた」

 

老師が一息置いた。

 

「その願いが積み重なり、やがてこの世界の在り方そのものを変容させた。世界が、そういう物語を実現しようとする力を持つようになったのです」

 

俺は少し考えてから確認した。

 

「……世界が、物語を望んでいるということか」

 

老師が首を振った。

 

「正確には、世界に積み重なった人々の願いが物語を繰り返させている、と言うべきでしょう。世界自体に意思があるわけではない。ただ、何百年分もの願望が、見えない力として働いているのです」

 

俺は頭の中で情報を整理した。

前世で読んでいたなろう小説のような物語が、現実を動かしている。

いや、逆かもしれない。

現実の世界で繰り返されてきた物語が、前世のなろう小説として書かれていたのかもしれない。

どちらが先かはわからないが、繋がっている。

 

「七回繰り返されてきたということは、七回とも王子は破滅したのか」

 

老師が静かに答えた。

 

「はい。一人も例外はございません」

 

「だとしたら、回避した者は一人もいないわけだ」

 

老師の目が、かすかに揺れた。

 

「そのとおりでございます。ただ……」

 

「ただ?」

 

老師が少し間を置いてから続けた。

 

「七回の中で、ここまで自覚的に動いた王子は、殿下が初めてでございます」

 

俺は黙って、その言葉を受け取った。

 

「お前は、俺がどうするか観察していたのか」

 

老師が静かに頷いた。

 

「……はい。長年この繰り返しを記録してきました。いつか誰かが気づいてくれることを、待っておりました」

 

老師の声に、疲れたような、それでいてどこか安堵したような色が混じっていた。

俺は立ち上がった。

脚の力が、少し抜けそうになった。

八百年以上続くシステムだ。

七回、誰一人として回避できなかった。

(クソシステムじゃねえか)

声には出さなかったが、心底そう思った。

老師が静かに続けた。

 

「殿下、一つお聞きしてもよろしいでしょうか」

 

短く答えた。

 

「何だ」

 

「今のお気持ちは、どのようなものですか」

 

少し考えてから、正直に答えた。

 

「胃が痛い」

 

老師が、かすかに笑った。

 

「過去の王子たちも、おそらく同じ気持ちだったかもしれませんね。ただ、それを自覚していなかっただけで」

 

帰りの馬車の中で、ずっと考え続けていた。

八百年続くシステム。

七回の繰り返し。

一人も回避できなかった王子たち。

(それでも)

俺には前世の記憶がある。

なろう小説の読者として、このジャンルを何百冊と読んできた経験がある。

地下書庫の本の存在も、原典の内容も、もう知っている。

八人目のレオンは、過去七人とは条件が違う。

それが有利に働くかどうかは、まだわからない。

だが少なくとも、白旗を上げる理由にはならない。

馬車が王宮の門をくぐった。

夜の空気が冷たかった。

胃は痛いが、頭は不思議と冷えていた。





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