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久方ぶりに戻って来た懐かしのダンジョン。
そんな俺を出迎えてくれたのはピンとしたお耳にクリクリお目目。墨を垂らしたような黒い体毛が全身を覆う……後ろ足2本でピンと立つ黒い柴犬だった。
「おお、よしよし。久しぶりだなハヤト!しばらく見ないうちに随分と大きくなったんじゃないか?」
「あ、あの…どなたかと勘違いされていませんか?ボクはハヤトという名前ではありません…」
頭や背中を撫で繰り回す。う~ん、毛並みも良く相も変わらず実に撫で心地のよい可愛いやつだ。
「はっはっは!ついにしゃべれるようになったのか!流石はウチのハヤトだな。パートナーである俺も鼻が高いぞ?」
「で、ですからボクはハヤトではありません!クロムという名前なんです!」
と、茶番はここまででいいだろう。物陰から本物のハヤトがコチラを何か言いたげな様子でジッと見つめている。本物のハヤトを手招きをして呼び、偽物のハヤトと同じように撫でくりまわす。
ひとしきり撫でまわしたあと、ついに気になっていた事を聞くことにした。
「―――で、君は一体何者なんだ?初めて見る顔?だが…」
「新天地で遭遇した『獣人』ですよ。今後の関係もありますからね。コチラに来ていただいたんです」
と、間に入ってきたのは藤原さん。彼の後ろには偽物のハヤトより一回り大きな立派な黒柴が直立ニ足歩行でついてきている。もっとも大きいと言ってもハヤトに比べればであり、体長は大きく見ても1メートルぐらいだろう。
「フジワラ殿、この方は?」
「以前お話しした檀上さんですよ。気さくで頼りがいのある方ですよ」
「頼りがいがあるのかは分かりませんが檀上です」
「ナルホド、お噂はかねがね。ワタシは『牙』一族のシュバルツと言います。今後ともよろしくお願いします」
自己紹介をして手を差し出すと、人と犬の手を足して2で割ったような手で握り返される。掌に伝わる艶やかな毛並みが気持ちいい。思わず指で撫でたくなったが寸でのところで自重する。
また、本人としてはキリリとした表情をしているのだろうが顔のベースが柴犬にそっくりなので真剣さよりも可愛さの方が勝っている。ニヤケそうになる口角を引き締めるのが大変だな。何とか話題を変えて意識を逸らさなければ……
「獣人の方々と会えたのですね」
「ええ。リュウイチさんから獣人が住んでいる村の凡その場所を聞きましてね。『転移』のスキルを使える探索者を雇って機動力のあるニンゲンとエルフのみでパーティーを組み、極力戦闘を避けながら彼らに会いに行ったんです」
確かにドワーフを前衛に置いて戦えば彼らはヒトやエルフでは真似できないほどの比類なき力を見せるが、戦いを避けることを目的としている部隊なら先遣隊に組み込む理由はないか。
「獣人である彼らと遭遇し『転移』のスキルで戻ってきたのが3日前のこと。血液や体毛のサンプルをいただいたりと『協会』の研究に色々と協力していただいています」
「なるほど、俺がいない間に随分と色々なことがあったんですね」
話し中にもかかわらずじゃれつくハヤトを押さえるために『収納』皿を取り出して犬用ちゅ〇るを絞り出す。一心不乱に舐め始めたハヤトの頭を撫でて藤原さんとの話に戻るか……
「どうした、これが欲しいのか?」
旨そうに食べるハヤトを羨まし気に見つめる偽物ハヤト……ではなくクロム。これは犬用の食べ物であって獣人の口に合うのか分からないけど、不味ければそれ相応の反応をするか。
同じくちゅ〇るを取り出して袋の口を切ってやってクロムに渡すと恐る恐る舐め始め、獣人の味覚にあったのかその勢いが増し始める。
「ペロペロペロ……ダンジョウさん!これとっても美味しいです!!」
「そうかそうか。欲しいならいくらでもやるぞ~……って言ってやりたいが、これはおやつだからなぁ…趣向品はあんまり食べ過ぎると身体によくないんだけど…まあ、ちょっとぐらいいいか」
箱から取り出して渡すと一心不乱に食べ始める。尻尾がクルクルと周りまるでプロペラのようだな。さて、これで話の続きを……とならなかったのは、シュバルツさんもちゅ〇るに視線が釘付けになっているからだ。
「……食べますか?」
「ん!いや~催促したみたいで悪いですね」
口では遠慮をしているが、口の端からポタポタとヨダレが落ちている様子を見るに遠慮する気は最初から無かっただろう。とりあえず彼らのおやつを食べ終わるまでは話は中断されることは確定したと言っても断言できるだろうな。まあ、見ていてホッコリした気分になるので悪くはないけどな。




