潜入
だらしのない大欠伸と、ザッ、ザッ、と土を踏む音が、正門の方へと離れていく。
警備の危機感が、酷く薄れている。不思議なことではない。悪事に慣れた盗賊だって、レオンという近辺で一番優秀な剣士を抱えるハルバード家に、敢えて手を出そうとはしない。彼らは、普段から暇しているのだ。
マヒトは鉄の柵を飛び越え、そのまま豪邸に張り付く。窓の鍵が掛かっているか、一枚一枚手のひらで圧をかけて、確認しながら壁沿いに歩いていく。すると、ガタッと前方から物音。迫り出た柱の凹凸に隠れて、息を押し殺した。そろり覗き見ると、調理室の外口から、コックがゴミ捨てに出てきたところだった。彼はすぐに戻ってくるのだろう、鍵を閉めなかった。
「この時間だ、締めの作業に決まってる」
誰にも聞こえないくらいの音量で、マヒトがまたも独り言。侵入する前にもそうしていたように、彼の癖だった。
たとえ根拠が弱くとも、声に出してきっとそうだと自分に言い聞かせることで、体が動いてくれる。頭でっかちで行動力を失いがちという自身の弱点を、解決するための工夫だった。副産物として、情報が頭に残りやすくなるのも都合がよかった。不審者扱いされがちなこと以外、メリットばかりである。
つまり、半分あてずっぽうで、マヒトは調理室へと忍び込んだ。
暖炉の火はつけっぱなしだ。フックに吊るされた数種の鍋から、水が滴っている。床も半乾き。ちょっとした掃除の後だろう。そこまでは、マヒトの予想した通りの景色だったが、少々、違和感もあった。
「ゴミ捨ての済んだ調理場に、日が経って悪くなった野菜、ドリップ塗れの生肉ねえ…」
ぽつんと置かれた木製の台車の中には、生ごみがぎゅうぎゅうに詰め込まれて、異臭を放っていた。中身は、完全に腐ってしまったもの、というわけではない。火を通せばまだ何とかなりそうな生鮮食品と、食べかけのパンやケーキ。こんなものをわざわざ取っておく理由、マヒトには、一つしか思い当たらなかった。
「クックック、僥倖、僥倖」
マヒトは、骨張った手で顔を隠し、邪悪な笑みを零す。
当初彼は、虱潰しに地下室を探そうかと考えていた。一生懸命階段を探して、それがなければ床を這いつくばってノックして。しかし、トイレに起きてくる者がいるかもしれない中でそれをやるのは、あまり、効率的ではない。
それよりも、よっぽど良い方法が見つかった。




