奴隷オークション②
マヒトは、やはり幸運であった。
「銅貨一枚から」
他の奴隷は、金貨一枚から競りが始まっている。しかし、馬の獣人は違った。金貨の百分の一の価値である、銅貨一枚からのスタートだ。よく見ると、彼女の着ている麻の服だけ、やけにくたびれている。しばらく誰も買い手が付かずにいる証拠であった。
マヒトが幸運だったのは、値段だけではない。
「こりゃあ、要らんな。可愛げがない。状態も悪い」
女は誰彼競り落としてきた巨漢が、てんで興味を示さない。この馬の獣人を慰み者にするには、二メートルの体躯は邪魔であったし、額から広がった大きな傷も気に食わなかったらしい。
いや、巨漢だけではない。馬の獣人を競り落とそうとする者は、やはり誰一人居なかった。力仕事を任せるための奴隷を買いに来た農夫でさえも、その迫力に気圧されてしまい、手を上げようとしなかった。奴隷の契約は絶対であるのにもかかわらず、それでも恐ろしいと感じさせるほどの、存在感であった。
「二枚」
シルバーの腕輪が擦れる音としゃがれた声が、静寂に響く。マヒトがふらりと挙手した。彼は此処で格好をつけて、一気に値段を吊り上げるような男ではない。最安値での入札だった。効率的に、買い物を済ませようとしていた。もしこの世にクーポン券があったなら、それも使っていた。
当の本人である馬の獣人はというと、遠巻きに大道芸を見る観光客のように、他人事で珍しがっていた。寿命まで買い手が付かない可能性すら考えていた彼女にとって、自分に興味津々な奴が表れた事が、心底意外であったのだ。
「おい、あれ悪魔くんじゃねえか」
「仲間を切ったと思ったら、次は奴隷かよ。節操がないというかなんというか…」
小声の噂話が、マヒトの耳まで届いてくる。此処に居る時点で、他人の節操に口出しする権利などあるか。彼はそう心中で笑い飛ばし、気にもしない。こういった時に否定しないせいで噂話が野放しにされ、蔓延していくのだが、それも彼にとってはどうでもいい事であった。
「では、金貨五枚」
幸運の光に、陰りが見える。
それまで何の素振りも見せなかった巨漢が突如として参戦し、その上一気に値を上げたのである。
予想外の事態に、マヒトが巨漢の顔をしげしげと見る。やはり、見覚えはない。私怨ではないのだろうか。そんな風に考えている内に、青い瞳がまず最初に重なって、その後、胸の刺繍に昨晩までの記憶が呼び覚まされた。
「息子が世話になったようだな、悪魔くんとやら」
そう言った巨漢のコートに刻まれた薔薇の紋章は、レオンの着ていたシャツに刻まれていたのと、同じもの。マヒトはすぐに理解する。これはハルバード家の敵討ち。クビを宣告され、プライドを傷つけられた息子の敵討ちが、急遽始まってしまったのである。
この男の名は、グリール・ハルバード。この町の外れに屋敷を持つ、ちょっとした貴族であった。
「クソ…十枚」
「二十」
財布で殴り合うには、相手が悪かった。マヒトが勇者パーティーのリーダーであったとはいえ、貴族相手に敵うわけがない。一往復で、勝負はついた。
「…二十で落札です。おめでとうございます!」
本日の最高価格に、会場が湧く。何だか、ヒーローが悪を倒したかのような、幸福度の高い歓声であった。オーデルという町において、悪魔くんとはそういった類の存在であった。
「残念だったね、悪魔くん。今度家まで謝りに来るといい。そうすれば、あの奴隷、倍額で譲ってあげよう。来ないとどうなるか…分かっているね」
グリールは、穏やかな口調で囁いた。不快に思ったマヒトが睨み返すと、皴が太くなった額に、脂汗が滲む。それでも、彼の提案が取り下げられることはなかった。彼には、マヒトを制する自信があったのだ。
貴族には護衛がいる。家に帰れば、剣の腕で名高いレオンだっている。他力本願ではあったが、後ろ盾は十分だ。
法の存在しないこの世界で、ものを言うのは力。仲間を持たず孤独にいれば、反論すらも許されないのである。
「ケッ…分かったよ、一週間後に顔を出す」
「お利口だ。あの粗大ごみと、ケーキを用意して待っているよ」
馬の獣人を顎で指してそう言い放ったグリールは、コートの裾を翻し、オークション会場を出て行った。
その後姿を見送ってしばらく経ち、催しはお開きに。
もぬけの殻となった会場で一人、ポツンと残った悪魔が笑う。
「ケッケッケ…こうなりゃ作戦変更だ。奴隷が買えないなら、奴隷をパクればいいじゃない」




