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街の噂

 千尋が優雅なティータイムと読書に洒落込んでいるとは夢に思わないアリシアとターニャは、憎しみを抱いた獣人捜索をホテル・ルストのロビーから開始していた。


 受付には昨日会ったデフォルフが、すまし顔で立っている。アリシアが見る限り、彼はチュクチのような銀髪ではあるが耳や尻尾が無く、獣人の国には少し不釣り合いな人間の姿をしていた。


「あの……」


 デフォルフに話しかけたアリシアの脳裏には、クリーゲインの姿があった。彼女は変身する事が出来る種類の獣人だと言っていたのを思い出す。


「何でしょうか?」


 恐る恐る声をかけたアリシアに、デフォルフは伏し目がちに応える。ウルブリヒトのように、冷静なやり手のようにも見えるが、なかなか話し始めないアリシアの見図るように見つめながら左手の指を遊ばせ、机を人差し指から小指まで流れるように動かして叩いてるのを見るかぎり、ターニャにはデフォルフが苛立ちを感じているように見える。


「……デフォルフさんは、どういった獣人なのですか?」


 ターニャは千尋の言う通りに、デフォルフの目を見て、その所作に集中しているとアリシアの質問にデフォルフの眉が一瞬ピクリと動いた。


「私は……。確かに獣人の血を引いていますが、変身する種類なのですが、自分の意思では出来ないのです」


 素直に受け答えるデフォルフの様子からは苛立ちを感じるとはない。肩を落とし答える姿は、その細身の体形と相まって、弱々しさを感じさせる。


「それは、失礼しました」


 アリシアがデフォルフに頭を下げる。すると、デフォルフと表情が幾分か柔らかくなったようにターニャには思えた。


「デフォルフ殿。すまないが、そういう変身する種類の獣人は珍しいのだろうか?」


 ターニャが質問にデフォルフは、暫しの沈黙の後に答える。


「ガルヴァニアでは珍しくありません。私のように自分の意思で変身出来ないのは……、非常に珍しいですが」


「ありがとう。この街で最近変わったことはあるかな?」


 またターニャの質問にデフォルフは沈黙する。考えている、思い出しているというような仕草もなく、デフォルフは口を開いた。


「いえ。特にはないかと思います」


「そうか、ありがとう」


 ターニャは礼を言うと、アリシア共にホテル・ルストから出ていく。その様子を見ながら、デフォルフはまた、左手の指を遊ばせ机を叩い始めるのだった。


 そんなデフォルフの様子に気が付かなかった二人はデフォルフへの私見を言い合っていた。


「アリシア様。あの受付、どう思いますか?」


「少しウルブリヒトに似てる雰囲気がありましたね。自分で変身できないというのが、獣人としては可哀想だと感じました」


 同情するように顔を曇らせるアリシアに比べ、ターニャの顔は違う意味で曇っている。


「どうも、あのデフォルフという男。何かを隠しているような気がします」


「どうしてですか?」


 人を信じることを是とするアリシアには、千尋の僅かばかりの真実を含む嘘偽りに振り回されてきたターニャの言うことは分からない。


「わたしが変わったことがないかと聞いた時、あの男は恐らく嘘をついていたのではないかと……」


「何故ですか?」


「考える仕草もなく、何もないと言い放ちました。私の質問は漠然としていたというのに」


 顎を支えるように手を当てて、先ほどのデフォルフとのやり取りを思い出すターニャの姿が、アリシアにはいい見本になったようだ。そして、優秀な従者に静かな拍手をおくる。


「おやめください。私はそんな……」


「そんなことありません!ターニャは素晴らしい能力を持っています」


 異世界の千尋から教わった目や手の動きを見て相手を洞察する術はターニャのなかで芽吹きつつある。しかし、問題なのはデフォルフが何を隠しているのかと言う事だ。


「他に聞ける人がいれば良いのですが……」


 アリシアも顎に人差し指を当てて、考える。ソシテ思い出したのは、話好きそうな小さな獣人。オーバメヤンだった。


「オーバメヤンさんはどうです?とても気さくな方でしたし」


「気さく……」


 どうもアリシアとターニャの間で、オーバメヤンに対する認識に齟齬があるようだった。よく思いついたと自分に拍手を送り、明るい笑顔を見せるアリシアと、ターニャの書類と体のメリハリを熱心に観察されたターニャは、苦笑いをしている。


 とは言え、他に思い当たる獣人がいる訳でもなく、アリシアとターニャは先日訪れた入国手続きを行った建物へと向かうのだった。


 昨日も聞いたカランカランという鈴の音と共に、アリシアたちがオーバメヤンを訪ねると、尻尾を使い床の掃除をしているオーバメヤンと目が合った。


「あれ?お二人とも。もう出国です?」


 小気味良く尻尾を振っていたオーバメヤンは、二人の来訪に邪つま感の違和感を覚えたようだが、愛想よく冗談交じりで話しかけてきた。


「いえ、オーバメヤンさんにお会いしたくて……」


「えっ!アリシアさん、困りますよ〜。こう見えても私、妻子もありますし……。いやしかし」


 照れた様子で先ほどまで床を掃いていた尻尾で顔を隠したオーバメヤンは、くねくねと体を動かしている。


「そうではない!単に話をしに来たのだ!」


 ターニャが呆れ半分、苛立ち半分で声を上げるとオーバメヤンは我に返ったように真顔になって、肩を落とした。


「はぁ……。どういったご要件で?」


 一気に声が小さくなったオーバメヤンに、ターニャは間髪入れず質問を浴びせる。雑談好きなオーバメヤンとおっとりしたアリシアに任せていては埒が明かないと、アリシアを一番よく知る従者は理解していた。


「この街で事件が起きていないか?何か壊されていたとか……」


  ターニャが途中まで話した段階で、オーバメヤンの表情は雄弁に何かを知っていると言っていた。ターニャから目を逸らし、わざとらしく書類の束を整理し始めた。


「何かご存知なのですか?」


 ターニャが呆れるほどわかりやすく誤魔化すオーバメヤンに、素直なアリシアですら違和感を覚えた。小さなげっ歯類に目を合わせるためにアリシアはしゃがみ、オーバメヤンの顔を覗き込んだ。


「いや、その……」


 アリシアの純粋な瞳がオーバメヤンの視線を追いかけてくる。しっかりと目を合わせて、かわいらしい顔で小首をかしげるアリシアに、オーバメヤンは白旗をあげる。


「入国管理の私から聞いたとは言わないでくださいね?実はこの街フェルカルムに最近、伝説の銀狼が現れているんですよ……」

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