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鉄の国 ガルヴァニア

「本当に、もう行ってしまうのかい?」


 マリアベルが名残惜しそうな顔で勇者一行を見つめている。千尋と顔無しの怪物が荒らした花畑はメイドたちの働きにより、少しではあるが色を取り戻している。その中庭に浮かぶレオニスの船を前に、暫しの別れの挨拶が行われていた。


「悪いけどな。陛下の命令だし、こっちもこれ以上は待ってられない……」


 クリーゲインが、守護騎士らしく凛とした態度で答える。実を言えば、武闘大会に出たいという個人的な理由のほうが大きいのだが、騎士としての矜持や誇りが邪魔をして、クリーゲインに本音を隠させる。


 足の怪我がまだ癒えていない千尋は、安楽椅子に車輪がついたような車椅子に乗せられている。膝の上ではジャギーが寝息を立てており、千尋は不服そうにひじ掛けに肘を置き、頬杖をついている。


「なんだ千尋。名残惜しいのか」


 ターニャが茶化すように顔を覗き込む。なんといっても安楽椅子から動けずに、千尋の間合いから出てしまえば反撃される心配もない。ターニャのにやけ顔を、払いのけるように手をヒラヒラさせるのが精一杯の千尋は、安楽椅子の後ろに立つ、満足げなチュクチとアリシアの顔を恨めしげに見上げる。


「人が怪我してるってのに……」


 アリシアが車椅子を押してくれるから、こうして退屈な自室から出られるようになっている事実があり、別れの席に半ば無理やり同席させられている現状に、若干の不服を感じつつも強く出ることが出来ず、千尋は唇を尖らせる。


「千尋様のお世話は私たちに任せてください!」


 千尋の気持ちなど無視して、鼻息を荒くしてやる気を出すアリシアに、千尋がため息を吐く。チュクチはたしなめるように間を取り持ちつつも、主に奉仕する喜びが揺れる尻尾に現れている。


「まぁ……皆さん、お気をつけて」


 本来の領主が、メイドの車椅子を押している姿に絶句しているフィル・ブライヤ家を代表して、ウルブリヒトが締めの挨拶する。カッツェは眼鏡を外して眉間をほぐしており、千尋の本性を見抜けなかった自分を責めているように見えなくもない。


「なあに、心配するでない。妾の魔力ならすぐに帰ってこれるからのぅ。では征くぞ?」


 クロエがフィル・ブライヤ家の面々の心配を知ってか知らずか、勇者一行に乗船を促す。アリシアとチュクチが協力して、千尋の車椅子を押してタラップの坂を登る。全員が乗り込むと、最後に乗り込んだハーゼが振り向くと、見送りのメイドたちに元気に手を振っている。


「行ってきま〜す!!」

 

 タラップが上がり、扉のように閉まるとレオニスの船は輝きだした。下に叩きつけるような風が吹き、中庭の花びらが舞い上がる。色とりどりの花びらの中、金色に輝くレオニスの船は来た時とは異なり、優雅に浮かび上がり、2つ目の太陽のように青空へと消えていった。


「うん!また会おう!」


 届くわけも無いと分かっているのに、マリアベルは大きな声で勇者一行を見送ったのだった。


 レオニスの船の広間では安楽椅子から動けない千尋を囲むように茶会が開かれていた。ゼルディアで仕入れたお茶と果実を味わい、勇者一行は団欒をしている。

 

「で、何処にいくんだっけ〜?」 


 三日ゼルディアに滞在していた間に、なぜか肌艶がよくなった夢魔のシュナレが、旅の目的など興味なさげに手の爪を手入れしながら言い出した。


「忘れたの?ガルヴァニアだよ。ガルヴァニア」


 相棒の調子の良さと忘れっぽさに、メネシオンは呆れたように腕組みをする。


「だからぁ、それってどこ?どんな国?」


 メネシオンと共に魔界を出てラズカリグを落とし、エーダフォストで夢魔のシュナレという悪名を手に入れたシュナレも、ガルヴァニアという海の向こうの国は知らなかった。


「それは……どんなとこ?」

 

 シュナレ以上に世間知らずで純朴なメネシオンが知るはずもなく、出身というクリーゲインとチュクチを交互に見る。


「ぼくですか?ぼくは生まれてすぐに、エーダフォストに来たので……」


 チュクチが申し訳なさそうな顔をして下を向く。


「ごめん、チュクチ。気にしないで!」


 メネシオンは手を振って、自分が悪かったというようにチュクチに申し訳なさそうな笑顔をむける。


「ガルヴァニアは鉄の国だよ」


 果実の皮を向かずに丸かじりにするクリーゲインが、チュクチの代わりに質問に答える。鉄の国という端的な説明に、千尋は肩をすくめながら分からないとシュナレに視線を送ると、シュナレも真似をするように肩をすくめる。


「……ったく。面倒くせぇな」


 クリーゲインは千尋とシュナレのその反応に若干の苛立ちを感じながらも、果実と一緒にその感情を飲み込んで口を開いた。


「鍛冶と魔導で発展してて……エーダフォストに比べると空気が悪い。獣人が多いから強い奴が偉いって考え方が根深い。変な国だよ」


 変な国と母国を称しながらも、クリーゲインの顔はにこやかだ。その考えにクリーゲイン自身も同調しているようでもある。


「だから、武闘会とやらで王様を決めるわけね……」


 クリーゲインのにこやかな顔を見て、千尋は得心がいったと大きく頷く。その千尋の内心の皮肉に気が付かず、クリーゲインは満足げに胸を張る。


「ああ、そうだ!誰にだって機会があるんだ。平等だろ?」


「それは私にもって事?」


 千尋がそう言うとお茶会に参加していた面々が一気に咳き込む。


「ア、アリシア様、大丈夫ですか……」


 ターニャも咳き込みながら、ひどく咳き込むアリシアの背中を擦る。


「何よ。冗談も通じないの?」


  悪びれもせず、また一口千尋はお茶に口をつける。胸を何度か叩き、何とか気管に入ったお茶を出したメネシオンが、苦しそうに千尋を睨む。


「あんたの場合、冗談に聞こえないの!」

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