幕間④ それぞれの成長
「は?橋ですか?」
たっぷり仕事をサボって、夕方に執務室に戻ってきたマリアベルが、開口一番言い放った言葉にウルブリヒトは訳が分からず、オウム返しで答えた。
「そう!橋だよ!」
話がさっぱり進まないマリアベルの返事に、ウルブリヒトとブュートリッヒは顔を見合わせる。そろそろ帰ろうと思っていたブュートリッヒは、大きなため息を吐くと、困ったような顔でマリアベルに問いかける。
「あ~、マリアベル様?橋を直すとは、どこの橋で……?」
「うん、ゼルディアを出てすぐの橋だ!すごい痛んでいるを、君たちは知っているかい?」
「いえ?存じ上げませんが……」
ゼルディアから基本的に出ないブュートリッヒは首を横に振り、この話はすぐに終わらないのだろうと諦めたような表情を見せる。
「たしかに、私がこのゼルディアに来た時も馬車がひどく揺れたのを覚えています。が、なぜ急に橋の修復を?」
二年前にゼルディアに来た際の記憶を辿り、ウルブリヒトが同調するとマリアベルの顔が一気に明るくなる。
「そうなんだよ!あの橋はもうだいぶ傷みが激しいんだ!。だから、新しい橋を架けて石橋を修復するんだ!」
説明しながら舞い上がっているマリアベルに、執政官二人は肩をすくめる。帰れなくなったブュートリッヒに、同情するような視線を送るウルブリヒトは、現実的な話を続ける。
「それは構いませんが、費用対効果はあるのですか?」
「ひ、ひようたい。こうか?」
舞い上がっていたマリアベルが聞き慣れない言葉に拒否反応を示すように冷や汗を流す。その様子にウルブリヒトは軽くため息を吐くと、マリアベルに分かりやすいように言い換える。
「やる意味です」
「それならあるよ!このゼルディアに商人や旅人が来やすくなるだろう?それに、その修復作業や新しいの橋を作るのを、貧困街の人たちにやらせるんだ!」
一気呵成と話すマリアベルの言葉に、ウルブリヒトの目が光る。
「なぜ、貧民にやらせるのです?」
「ご飯が食べられるし、手に職がつけられるんだよ?橋も直るし、良いこと尽くめじゃないか!」
規模が大きくなって来た話に、ブュートリッヒはいよいよ観念したのか、疲れた顔をしながらも話を掘り下げ始める。
「それは、マリアベル様が考えたのですか?」
「まさか!ボクだけじゃ思いつかないよ!クリーゲインがエーダフォスト王の行いを教えてくれたんだ!貧民に施しても……?なんだっけ?」
「知りませんよ……」
帰るのを諦めたブュートリッヒは、どっしりと執務室の応接用の椅子に腰掛ける。汚職にまみれていた執政官が真っ当に仕事をする気になったかと、ウルブリヒトは鼻で笑うと同じく椅子に腰掛けた。
「まあ、炊き出しをしても一時腹が膨れるだけですから。仕事をさせて覚えさせ、たらふく食べさせるのなら、たしかに悪い話ではありません。結果街道が整備させるのでしたら、費用対効果は悪くないでしょう」
ウルブリヒトがニヒルな笑いを浮かべて、領主と汚職執政官の成長に喜びつつ、マリアベルにも着席を促すと、マリアベルの表情も一層明るくなる。
「そうなんだよ!いい話だろう!だからね?……」
机を囲み話し出したマリアベルたちは、地図を見ながら話始める。その様子を見守っていたカッツェは、長くなりそうなこの話しが続くように軽食とお茶を準備しに向かうのだった。
時を同じく、場所はレオニスの船。身動きが取れず退屈していた千尋は、窓から見える荒れ果てた花壇を見てどうやったら暇を潰せるか思案していた。
急に扉が開け放たれ、出かけていたクリーゲインとメネシオン、ターニャが顔を出す。急にやって来た訪問者に千尋なため息吐き、チュクチは驚いたように体を強ばらせた。
「ノックぐらいしなさいよ。学習しないわね?」
嫌味を言いながら、千尋の表情はどこか明るい。三人の足元が土で汚れているのを見つけ、千尋が三人をからかおうとした時。
「ほらよ!薬だ」
クリーゲインが放り投げたアロエスの粘液を受け取った千尋は、訝しげながら中身を夕焼けに照らす。気泡の中で夕焼けがキラキラと金色に輝き、レオニスの船を彷彿とさせる。
「使えるのこれ?」
千尋はクリーゲインではなく、甲斐甲斐しく自身の世話を焼くチュクチを見た。てっきりクリーゲインに礼を言うとばかり思っていたチュクチは、虚を突かれ素っ頓狂な声を上げる。
「は、ハイ!アロエスの粘液は鎮痛作用があります」
チラチラとクリーゲインを気にしながらチュクチは、千尋の質問に答える。いつものクリーゲインならば、千尋の反応に食ってかかりそうだと、身構えて耳を寝かせるチュクチであったが、いつまでたっても口論は起きなかった。
「えっと……?」
クリーゲインの後ろではメネシオンとターニャが微笑んでいた。クリーゲインの頑張りを知る二人は、千尋のそっけない反応にクリーゲインの肩を叩き、慰めるように振る舞っている。
そして千尋は、チュクチのいう鎮痛作用に興味津々で瓶のコルクを抜き、匂いを嗅いだり痛む足首に塗ったりと、もうクリーゲインへの興味を失っている。
「どうだ、千尋?」
心なしか明るい顔をしたターニャがメネシオンと一緒にクリーゲインを部屋に押し込みながら、クスリの効能が知りたいのか千尋に話しかける。
湿布薬のように患部に広がっていく粘液は、ひんやりとして、たしかに鎮痛作用があるように感じなくもない。が、プラシーボ効果という千尋の世界ならではの知識が頭をもたげ、曖昧な反応をさせる。
「悪くないわね」
「なんか、曖昧ね?」
千尋の返事に、いち早く反応したのはメネシオンだった。すっかりメネシオンたちはクリーゲインの味方になったようで、千尋は面倒くさそうに言い直す。
「塗ってすぐに治る劇薬なのだとしたら効果ないわね?今は、ひんやりとして気持ちいいわ」
皮肉屋の千尋の最大限の賞賛であろう言葉に、メネシオンは肘でクリーゲインの脇腹をつつく。
「あっそ。早く治せよ」
突かれながらも、そっけない態度を崩そうとしないクリーゲインに、千尋は失笑するように口角を上げる。
「ええ、そうさせてもらうわ」
千尋のその言葉に、クリーゲインはふんっと鼻を鳴らすと、退室しようと踵を返した。千尋はクリーゲインの背中に声をかける。
「わざわざ御苦労様、助かったわ。次は足の汚れを落として来なさい。努力が透けて見えるわよ?」
クリーゲインは背中を震わせると、一瞬立ち止まった。
「がんばってねぇよ!」
そう言って振り返りもせず部屋を出ていくクリーゲインの耳や首元はほんのりと赤くなっており、居合わせた面々の心を和ませるのであった。




