幕間④ 薬草
マリアベルに迷いはなかった。領主代行と言う立場から逃げるように、薬草探しの冒険に出たと言うのに、今考えているのは橋を直してゼルディアの発展に寄与し、そしてゼルディアの民を救う。そんな事を考えると、マリアベルは冒険者として旅をしていた頃よりも、高鳴る胸の鼓動を感じている。
街道から少し森は入れば、アロエスは自生している。トゲのような硬い葉を千切れば、青臭い香りと共に、打ち身や切り傷に効くという粘液が溢れてくる。
「懐かしいね!僕もよく使ったよ。これ」
マリアベルは鼻歌を口ずさみながらアロエスの粘液を瓶に詰め、その少し緑がかった粘液を懐かしむように見つめる。
一方で採取するでもなく、少しベタつく粘液を指先に絡ませて、その感触を訝しみながらメネシオンが呟く。
「こんなのが効くわけ?」
クリーゲインも、千尋に渡す分の粘液を採取していた。目の前に集中しているのか、メネシオンを見るでもなく、雑に話しかける。
「あぁ、お前は魔界から来たんだっけ?魔界だとないのか?」
「お前じゃなくて、メネシオンね?」
メネシオンは、クリーゲインの態度にほんの少しの苛立ちを感じ、睨むように視線を返したが、千尋のために粘液を採取するクリーゲインの真剣な横顔を見ると、メネシオンは自身の名前を伝えるのみに留め、少しニヤつきながら追加の質問に答える。
「そもそも、魔界に緑とかないし〜」
いつまでたっても、指先から離れない粘液と格闘するメネシオン。ターニャがその子供のような反応に微笑みながら、一枚の葉をメネシオンに差し出す。
「これで拭くといい。アロエスを塗って傷口に張ると効くらしい」
ターニャが差し出し葉は、茎から放射状に葉が広がりながらも、先端が細くなっている。素直に受け取ったメネシオンはその葉で粘液を拭き取ると、傷もないのに腕に貼り付ける。
「へ〜。ひんやりして気持ちいいかも……。よく知ってるね、ターニャ」
メネシオンは屈託なく微笑むと、感心したようにターニャを見る。ターニャ自身も亡き姉から教わった生活の知恵で、実践した事はなくバツが悪そうに頬をかく。
「昔、人から教わったたんだ……」
ターニャも一枚、葉を千切ると茎をくるくると回転させて葉を弄ぶ。悲しむような懐かしむような、複雑な表情のターニャにメネシオンは、相槌だけ打って、自身の腕に貼った葉を眺めた。
「傷の直し方教えてくれるなんて、いい人じゃん?」
「あぁ、そうだな」
メネシオンの素直な感想に、ターニャは破顔して答える。そのターニャにメネシオンも笑顔で返す。
そのやり取りを横目で見ていたクリーゲインは、採取を終えて瓶の蓋を閉める。そして、大きな体を丸めていた疲れをほぐすように、腰を伸ばすとニヤついた顔でターニャとメネシオンを見る。
「ほんと、面白ぇわ。お前ら」
満足そうに自身で採取したアロエスの粘液入りの瓶を太陽の光に反射させ、瓶の中の気泡が放つ僅かな緑色を楽しむように眺め、クリーゲインは呟いた。
「どんだけ、甘ちゃんなんだよ」
自分は仕事をやり遂げたと、勝ち誇ったように胸を張って言い放つクリーゲインを、ターニャとメネシオンが鼻で笑う。
「千尋の為に真剣になってる人に、言われたくはないな?」
「ほんと、ほんと」
ターニャとメネシオンは、そう言ってまたクスクスと笑い出す。クリーゲインは図星を指され、顔を少し赤くしてそっぽを向く。馬の尻尾のように纏めたクリーゲインの芦毛色の髪が揺れる。
「もう、十分取れたから帰るぞ!」
「うん!そうだね。帰るとしよう!」
マリアベルが三人のやり取りなど気にするでもなくゼルディアを迷いなくしっかりと指差す。いつぞや迷っていた赤金の勇者は、もうそこにはいない。
そして、四人は歩き出す。ゼルディアに向けて吹く風と共に。




