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サイコパス、異世界を征く 〜快楽殺人者は魔王を殺す夢を見る〜  作者: はまぐり夕陽
第1章 居場所作り
8/13

サイコパス、屋根裏に征く

 その日の夕方、事件が起こった。なんと地下牢にいた千尋が行方をくらませたのだ。アンドレアスの命令で、食事も水も与えずに獄中死させる気だった為、見張りを常駐させなかった騎士団の不手際であった。


 水も食料も与えず1週間が過ぎ、いよいよ死んだがと確認に向った所、便所代わりの樽の奥に足だけがみえている状態だった。牢屋を開けた結果、木の棒にズボンと靴のみという有様で行方不明と分かり、フィル・ブライヤ家の上から下まで騎士団が捜索する事となった。


 騎士団が必死に捜索する千尋は、今はカレンと名乗る嘘つきメイドになっていた。そんな事を知らない騎士団長ランドルフはアリシア、ターニャの所を訪れ、アリシアの新しい側仕えカレンと初対面を果たす。


 鎧がぶつかり合う音が聞こえる。廊下を走りながらアリシアの自室へと向かってくる。その音にいち早く反応したのは千尋だった。3人で千尋が昼間デボネアに嫌がらせを受けた際の話をしていた所だったのだが、立ち上がるとアリシアの少し後ろへと移動した。


 「失礼します!」


 ランドルフが言うや否や扉が明け放たれる。アリシアとターニャはそのランドルフの勢いに、驚き悲鳴のような声を上げる。


「ランドルフ、ノックもなしに失礼ですよ?」


 千尋がカレンとして、アリシアの側仕えとしてもっともらしい苦言を放つと、ランドルフが右手を胸に当てて礼をする。


 「アリシア様!投獄されていた千尋どのが行方を眩ませました…」


 ランドルフはアリシアが手引きしたと睨んでいた。かくまっている可能性も考え、無礼を承知でノックをしなかったのだ。


「千尋様が?」


 アリシアは初めて知ったような反応をする。アリシアにしてみれば千尋は後ろにいるけれどと素直に思い、千尋を見上げる。


「申し訳ありません。私はその…千尋様ですか?その人を存じ上げませんので」


千尋はアリシアに深々と礼をするが目が笑っていない。


 ランドルフはアリシアの何も隠していない反応を見て、標的をターニャに切り替えた。


「ターニャは、しらないか」


「私ですか?、私は…投獄されたとは聞きましたがあの男を不気味に思っていましたので…」


 今も不気味に思っている。ランドルフが丸テーブルのそばまで来てしまったため、ランドルフの後ろに千尋がいるという最悪の状況が出来上がっていた。困惑しているターニャを尻目にランドルフは部屋を見渡している。


「アリシア様?こちらの騎士様は…」


 私は初対面だぞ?と千尋はアリシアに視線で睨みを利かせるようにすると、アリシアは流石の忠犬ぶりを発揮する。


「この方はランドルフ様です……騎士団長です」


「騎士団長様、はじめましてカレン・リュグネリンと申します。アリシア様の側仕えをさせていただいております」


 メイド式の礼をして挨拶をする。笑顔を見せ女性らしい姿の千尋と、ランドルフの知る千尋が一致せず気が付かなかったようだ。まじまじと千尋を見つめるランドルフは、むしろ惚けているように見える。その千尋の笑顔を見ていたターニャは、気持ち悪いものを見たように嗚咽が漏れないように口を抑える。


「それはご丁寧に…」


「何故ランドルフ様はその男を探しにここまで来られたのですか?」


 事情を知らないメイドを演じつつ、ランドルフの目的を探る。アリシアを疑っているなら、それをランドルフから言わせてしまったほうがこのあとの立ち回りが楽になる。


「アリシア様は千尋どのをお慕いしている様子でしたので…」


「投獄されるような方をですが?」


 千尋はわざとらしく驚いて見せてアリシアを見る。


「そもそも何故、投獄されたのです?」


「領主アンドレアス様に不敬を働いたのだ」


 千尋は口元を押さえて、そんな事ありえないと不敬を働いた本人が言う様はなかなか滑稽だが、この場にランドルフがいる以上ターニャも笑うわけにも行かず、静かに下を向く。


「アリシア様はどうされたのです。その千尋と言う男が投獄された後。お父上にお話しはされましたか?」


「いえ…」


 その日の夜には千尋は様子を見に行ったターニャと一緒にアリシアのところに来てしまったので、アリシアは何もしていない。


「アンドレアス様にお願いするのは難しいですよね。非常に厳格な方ですから」


 千尋に誘導されるように無言で頷くアリシアを見て、確かにそのとおりだとランドルフは少し冷静になる。


「アンドレアス様に黙って牢から出したらどうなってしまうのでしょう。ああ、恐ろしい」


 千尋はアリシアにこんな度胸はないだろうとランドルフにアピールする。現にアリシア自身はターニャに様子を見に行かせただけで、脱走の手助けなどしていない。普段のアリシアとその父の関係を知っていれば尚更だ。


「確かにそうですな…、失礼しました」


 ランドルフはアリシアに礼をすると退出しようと歩き出す。が、振り向き千尋に声をかける。


「今度お食事でも如何ですか?」


「私はアリシア様の側仕えになったばかりですので、大変申し訳ありませんが覚えることが多くて暇がありません」


 千尋がお断りだと思いながらも、メイドらしく丁寧な対応で断ると、ランドルフは苦笑しバツが悪そうに退出していった。ランドルフがいなくなると暫しの沈黙が訪れる。ターニャは顔がニヤけ、忍び寄るように千尋に近づく。


「モテるじゃない、カ・レ・ン?」


 ターニャが千尋の肩を組みニヤニヤしている。千尋が冷たい目でターニャを一瞥し、肩に寄せられたターニャの腕を振り払う。


「ふざけてないで、あなた達がしっかりしないとバレるわよ?ターニャは特に気をつけなさい。バレたら…」


 千尋はアリシアとターニャを脅すように首を手で切るような素振りを見せると微笑む。


自分の事だが、千尋自身は逃げ切る自身があるのか余裕の表情だ。ターニャは相対的な反応で背中を震わせている。この庶民派の護衛は精神的な弱さの弱点を克服する日は来るのだろうか。アリシアは重大さを理解していないように二人のやりとりを見て微笑んでいる。


 それから数日がたった。屋敷内を隈無く探しても見つからない千尋の捜索は打ち切られたようだ。夜霧のように雲隠れした千尋は魔術師だったのか、それとも幽鬼の類だったのかと使用人達の間で噂になっていた。


 千尋は夜は使用人の館にある自室で床につく。アリシアの側仕えとしてアリシアとお茶を飲み、ターニャに叱られる仕事が終わり屋敷に戻ると、その日の夜は使用人の館が騒がしかった。


「カレン、戻りましたか」


家政婦長のカッツェが少し慌てているように千尋のもとに駆け寄ってくる。


「どうしました?カッツェ様」


 落ち着きを取り戻したいのかカッツェは眼鏡の位置を直している。千尋の頭の上からドタバタとメイド達が走りまわる音がする。千尋が大して興味もなさそうに上を見上げながら答えると、階段を駆け下りてきたメイドたちもカッツェも、あり得ないとばかりに狼狽えている。


「何かがいるらしいのです…」


「例の脱獄したと言う男に決まってます!」


 それは無いと断言出来るが絶対に断言出来ない千尋が、金切り声を上げ取り乱すメイドを見る。


カッツェと同じ獣人のメイドでウサギような耳がレーダーのように目まぐるしく動き、何かを聞き取っては何かに怯え、長い髪を振り乱している。


「落ち着きなさい、ハーゼ」


 ハーゼと呼ばれた獣人のメイドは家政婦長に叱られるが涙目になって怯えている。このメイドにしか分からない何かがいるのだろうかと先ほどの二人のやり取りを見て千尋は思う。


「どこで音がしてるの?」


 千尋はハーゼと視線を合わせ、柔らかい毛並みの手を握りながら、落ち着けるようにゆっくり優しく話しかける。手を握られ人の暖かさに触れ、少し安心したのかハーゼは深く息を吐いた。


「2階の屋根裏です」


 千尋はそれはネズミか何かの小動物なのではと思うが、ハーゼの思考を否定してしまえばまたパニックを起こす。敢えて否定の言葉を口にせず肯定する。


「そうなのね。分かったわ」


 千尋がそう言って立ち上がると2階へと続く階段をゆっくりと上がっていく。カッツェとハーゼの2人も千尋の後ろに隠れるようにしてついて行く。2階の廊下では幾人かのメイドとハロルドが屋根裏の気配を探るように上を向きながら集中していた。しばらく様子をみていると天井からギィ、ギィと気の軋む音がしてメイドたちが仰天している。


「ほら、聞きました?絶対に牢屋の男ですよ!」


 その男は今あなたと一緒と千尋が思いながら、音のした天井を見上げる。メイド達が騒ぐと静かになり、またしばらくするとギィ、ギィと短い間隔で音がする。


「ハロルド殿、カッツェ殿!」


 聞き覚えのある声がして皆が振り返る。いつもとは違い鎧姿ではないランドルフがそこにいた。寝間のようなあまり上等ではない麻で編んだ服を着ている。メイド達はランドルフを見ると色めきだっている。ランドルフはメイド達の中に千尋、カレンの姿を見て気まずそうな顔をする。急いで来てしまったがもう少しまともな格好をすれば良かったとランドルフは考えているようだ。


「千尋どのがいるかもしれないと聞きましたが…」


「たぶん違うと思います」


 そんな訳無いだろうと即座に千尋が否定する。人が歩いていたり、這いずっていたりならもう少し間隔は空くのではないかと千尋は思う。カッツェも猫のような耳を動かして音をよく聞いているようだ。来たばかりのランドルフは何のことやらと首を傾げて聞いている。


「ハーゼ、よく聞きなさい。大きな生き物の音ではありません…」


 安堵したのか、同じ獣人として呆れているのかカッツェは深くため息をつく。カッツェにしがみついていたハーゼもまたウサギのような耳をピクピクと動かして音に意識を払う。


「本当です…。四本脚です…」


 足の本数までわかるのかと千尋が驚いているとハーゼと目が合うと、ハーゼは今までのことを誤魔化すように苦笑した。隣のカッツェも肩をすくめて、やれやれとジェスチャーをする。


「人でないにしても何かがいるのは間違いなのだね?」


「千尋どのではないのですか…」


 ハロルドもようやく緊張から解放され、凝り固まった体をほぐすように肩を回している。はた迷惑なメイドの騒動に巻き込まれたハロルドは天井を見上げる。一方ではランドルフは肩を落として残念がっている。


「しかし、どうやってその屋根裏の生き物を追い出すかだな…」


「屋根裏には入れるのですか?」


 千尋がハロルドに聞くと、ハロルドは顎髭を弄びながら気乗りしなさそうに答える。


「入れるには入れるが…」


 この老人は何かの決断の時に必ず渋るなと千尋は思い、早く答えを言えというようにハロルドをじっと見つめる。


「肉食の獣の可能性もあるしのぅ…」


「でも、大きくないのでしょ?」


「あぶないですよ!」


 ランドルフが千尋を心配しているようで大きな声を上げると屋根裏からまた音がする。千尋がカッツェの発言を引き合いに出して獣人たちの意見を求めると、カッツェはこれくらいかと言うように人の体の横幅よりやや大きいサイズを手で表現して見せる。獣人と言う生き物の聴力に感心しながら千尋がハロルドやランドルフの心配を払拭させようと策を講じる。


「ご心配でしたら、手を麻袋か何かで保護していけばよろしいのでは?」


「危険です。ここは騎士の私が!」


 決断を渋る癖のある執事長は根負けした様子でランドルフと千尋に屋根裏への行き方を指南する。


「まあ、ランドルフさまがご一緒でしたら…。2階の廊下の突き当たりに取っ手があり、それを引くと階段で上がれます」


「なら見てまいります。皆さんは何が出るのか分かりませんので下がっててください」


 ランドルフが騎士らしく振る舞うとメイド達から歓声が上がる。しかし獣人の2人の反応は違った。


「危ないですよ!」


「本当にやるのですか…」


 獣人の二人がやけに反対する。千尋は獣人の感だろうかと思っていると、ハロルドが先ほど話していた麻袋を持ってくる。本当にこの執事長は判断を人に任せて空気を読むことに長けているなと千尋は少し呆れた。ランドルフが麻袋を受け取り、手にはめたのを見て千尋はわざと困った顔をする。


「何かあったら私はどうしたら良いのでしょう?」


 ランドルフがしまったというように顔を赤らめて、麻袋を外して千尋に渡すとランドルフは照れくさそうに頬を掻く。


「気をつけてください。ランドルフ様、カレン」


 任せたと言うようにハロルドはほかのメイドも含めて、一階への階段付近に移動する。日和見主義の執事長に千尋は軽いため息をつきながら、廊下の突き当たりを目指す。その間も時折、屋根裏の獣の足音を聞こえていた。廊下の天井を見るとたしかに取っ手があり、ランドルフが引っ張ると仕掛け階段になっていた。


 階段を上がると千尋は麻袋を左手につけた。屋根裏は天井が低いがスペースがあり確かに人が潜むことも出来そうな広さがある。


「いてっ、気をつけてください」


 ランドルフが頭をぶつける。天井が低いの見て分からなかったのかと千尋は暗くて見えないのを良いことに愚か者を見るかのようにランドルフを蔑みながら素っ気なく答える。


「大丈夫です、気をつけます」


 所々に窓があり、換気が行えるようになっているようで幾つかの窓が外に向かって開いていた。ランドルフは窓から外を見て納得したようだ。


「ここから入ったようですね」


 窓から外を見ると足場になりそうな出っ張りがありそれを伝えば渡り廊下の屋根へと移動ができそうだった。獣や不審者が出入りするには格好の入り口を見つけた千尋は何かあったらこのルートを使おうとほくそ笑む。


「そのようですね」


 ランドルフと千尋が2人で並び窓の外を見る格好になる。ランドルフが横を見れば、千尋の顔が月明かりに照らされて、黒い髪と黒い睫毛が濡れたように輝いている。その様子にランドルフは咳払いをしながら何事もなかったように努めて振る舞う。


「と、とりあえず獣を探しましょう」


 ランドルフが進む姿を後ろから千尋は見ていた。ランドルフが探していると脱獄犯が想い人と分かった時に、この男はどう言う顔をするのかと思うと千尋は期待に胸が膨らむ。だからといってこれ以上好感を持たれるのはゴメンだとランドルフと少し距離を空けた。


 ランドルフとは離れるように周りを見渡した千尋の目に暗闇に浮かぶ目が2つ見える。ゆっくりと近づくと大型の猫のような生き物がいた。威嚇するように歯を見せて唸っているが、何か弱々しく迫力にかける。その猫のような生き物を麻袋越しにむんずと掴むと、痩せ細ってそうな皮と骨の感触だった。


「全く何日ここにいたのよ、あなた」


 捕まえた猫のような何かの背中を撫でながら千尋が呟くと、ランドルフが近づいてくる。麻袋越しにとは言え、今もなお威嚇し噛んでくる獣を優しく撫でる千尋の姿は、ランドルフには慈悲に溢れる女神に見えた。


「お優しいのですね」


「動物が弱っているのだから、当たり前では?」


 ランドルフの言う優しさもランドルフが感じた慈悲も千尋の中にはありはしない。が、千尋はただ当たり前のように振る舞う。


 千尋とランドルフは中腰で屈みながら進む。、麻袋を噛みながら離せと抗議する猫のような何かを離さないように廊下へ続く階段を降りる。明るさが違う廊下に目を細めながら千尋はハロルドやカッツェのいるところへと向かう。後ろからランドルフがまた頭をぶつけたのか痛がっている声がする。


「ジャギュアだ!」


「まあ…」


 ジャギュアと言われた生き物を千尋は改めて観察する。やせ細り、黒い毛並みがボサボサと跳ねており、健康が損なわれている割に獰猛で麻袋に噛みついている姿は虎かライオンの子に見えなくもない。手足が大きくここからさらに大きくなる可能性を感じさせる。


「はい、ジャギュアでした」


 今知った名前をさも知っていたように口にする。異世界から来たとバレないために情報を引き出しながら会話を広げていくしかない。


「暗くてよく見えなかったのですが、オスメスどちらですか?」


 ジャギュアを見るカッツェとハーゼはなんとなく嬉しそうに見える。


「メスのジャギュアの子供です。」


「手足が大きいので成長しそうですね?」 


 千尋は内心これで子供なのかと驚きつつも、千尋の世界の常識と照らし合わせて話を合わせる。階段をもとに戻したランドルフは頭をさすりながら、ジャギュアを囲む会に合流してくる。


「これは…」


 ランドルフがジャギュアの子に驚いているのを尻目に、ハーゼは先ほどの千尋のようにジャギュアの背を撫でている。


「はぐれちゃったの、キミ」


 ハーゼがジャギュアの顔を覗き込みながら話しかける。先ほどまで牢屋の男が居る等と騒いでいたとは思えない変貌ぶりにハロルドとカッツェは苦笑する。


「この子すごい痩せてますので、何か食べさせたほうがいいかと」


 心底どうでもいいがカレンとしての振る舞いを見せる千尋にハーゼも嬉しそうに同調する。


「そうですよ、ここで飼いましょう?」


「いや、それは…」


 ランドルフと千尋は麻袋がなかったら自分の手を血まみれにしそうな生き物を飼うという獣人の感性に驚く。


「そのまま屋根裏に寝床を作ってやれば邪魔にはなりませんし…」


 意外にもカッツェが乗り気で千尋は失笑する。眼鏡をなおしながらジャギュアの子供と戯れる、獣人カッツェの家政婦長らしからぬ行動に獣人の趣味嗜好に興味が湧いた。

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