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サイコパス、異世界を征く 〜快楽殺人者は魔王を殺す夢を見る〜  作者: はまぐり夕陽
第1章 居場所作り
9/13

サイコパス、狩りに征く

 ある日、千尋はデボネアの自室を訪れていた。扉の作りがアリシアの部屋より少し豪華で扱いが違うと再認識しながら、静かにノックをして千尋は名乗る。


「カレンです、よろしいでしょうか?」


 中からなかなか返事がない。しばしの間が空いて扉が開くとデボネア付きのメイドが訝しげに千尋を見ている。礼をして入室した千尋はデボネアを見つけ、また深々と礼をする。


「何のようかしら」


 明らかな敵意を向けるデボネアに笑顔を向ける千尋。何を考えているか理解できないデボネアは、少しでも自分のほうが優位だと主張するように千尋を無視し、お茶を飲み始める。部屋を見渡すと当然の事ながら、アリシアの部屋よりも作りが豪華だ。本人の趣味か分からないが華美な装飾品が飾られた棚。広間のアンドレアスの肖像画のように本物が歪められたデボネアの肖像画が飾ってある。千尋からすればパーソナリティ障害とも思えるデボネアの自己愛の強さを感じる。


「実は…ノア様のことでお伝えし忘れていた事がありまして…。これは奥様の…デボネア様のお耳に入れておく…べきかと…」


 千尋はデボネアがイライラするように回りくどく途切れ途切れに話すと、千尋の手のひらをうまく転がるようにデボネアは苛立ち始める。デボネアは目の前のテーブルを指で叩きながら千尋の話を聞いている。


 


「それでですね…」


 なかなか本題に入らない千尋に苛立ち、千尋がゆっくり話せば話すほどデボネアのテーブルを叩く音は速くなっていく。


 


「はっきり言いなさい!」


 ついに我慢ならないとデボネアは声を上げた。それを見て千尋は満足したように口角を上げると本題にはいる。


「ノア様と2人きりでこの家を…」


 デボネアが立ち上がり、千尋の首を絞めるように激昂する。既の所で首の動脈を守った千尋に抜かりはないようで余裕だが苦しそうな顔をしている。


「どっちから言い出したの!」


 政略結婚とは言え自分の夫とメイドが逢瀬など、デボネアには許せなかったようだ。そしてこの胸の大きく端正な顔立ちのメイドがノアに言い寄る理由がないとデボネアは内心思っているようだった。


「えっと…」


 真実は花で一杯にしようというだけなのだが、本当のことは言わない。デボネアに思い込んでもらう必要がある。それでなくてはこのあとノアをコントロールする時に齟齬が出る。


「実は…」


「ノアか!」


 申し訳なさそうにノアをかばう素振りを見せる千尋の頭を揺さぶるようにデボネアは怒りをぶつける。このメイドに怒りをぶつけても埒が明かないと、デボネアは千尋を押し倒すように放り投げる。痛がるように俯く千尋は笑いを堪えるために口元に手を当て、我慢ができずに肩が揺れる。デボネア付きのメイドが泣いているのかと千尋を見下ろしていた。


 その頃ノアはアンドレアスの帝王学を学ぶためにアンドレアスの自室を訪れていた。アンドレアスは教えると言いながらも朝から酒を飲み、感情に任せてノアを叱責していた。


「お前は男という以外の価値が全くないな…」


 またアンドレアスは酒を煽る。歯を食いしばりながらノアはアンドレアスの言う常に己を律せよと言う教えを実践していた。感情のままに生きるアンドレアスは何かを律しているのかと下を向き、うなだれながらノアは考えていた。


 何度かと叱責と罵倒、そして暴力に耐え、ようやくノアがアンドレアスの授業から解放された。少しノアの心は晴れやかだった。カレンというメイドとの約束があったからだ。中庭にいれば彼女に会えるそう考えたノアが、中庭に向かおうと広間に向かおうと階段に向かったその時、ノアの顔は強張る。怒りに震えるデボネアがそこに立っていた。


「何処へ行くの?」


 肩を震わせながらデボネアが低い声で言う。鋭く睨む眼光にノアの心は死にかけていた。


「あ、あ…あ」


 ノアはいつもこうだった。デボネアが怒り出すともう会話ができない。近づいてくるデボネアから逃げることもできずにその場で頭を抱える。デボネアはそんなノアを叩くべく拳を振り上げながら言う。


「またあのメイドに会いに行くんだろ!」


ゴンっと鈍い音がする。頭を抱えてしゃがむノアの頭に強かにデボネアの一撃が加えられる。


「ごめんなさい、ごめんなさい」


 何度謝ってもデボネアの暴言と暴力は止まない。ついに耐えかねたノアが逃げようとして階段から転げ落ちる。まだ逃がす気がないデボネアはノアの足元に立つと、頭から血を流すノアの頭を踏みつける。


「私がそんな事を許すと思う!。誰のおかげでこの家にいれると思ってるんだ!」


 ノアの頭にギリギリと力が加わる。ノアは力なく謝り続ける。騒ぎを聞きつけたハロルドやカッツェがやってきてどうにかデボネアを引き剥がす。


「デボネア様!これ以上は危険です」


 ハロルドはノアとの間に立ち、カッツェがデボネアを羽交い締めにして動けなくする。興奮したデボネアを押さえつけるカッツェの腕力はかなりのものだ。


  


「おやめください…」


 肩で息をしながら未だに怒りがおさまらないデボネアは羽交い締めにするカッツェに引きずられるように自室へと連れられていった。


「やっぱり獣人って力強いのね…」


 2階の渡り廊下から一部始終見ていた千尋は的外れな独特の感想を漏らしていた。普通ならデボネアの狂気、ノアへの同情なりが第一声だろうが千尋は違う。スキップするように渡り廊下を抜ける千尋を誰が見ていたら異常者だとバレたかもしれない。ノアが見えるところまでくると千尋は血相を変えたように走り出す。


「ノア様!」


「あ…、あ…」


 薄れゆくノアの意識に今にも泣きそうな千尋カレンの姿が焼き付いていた。気絶したノアを千尋が抱きかかえるとメイドがお姫様抱っこをしている事実に千尋は失笑する。使用人の館に用意されたカレンの部屋にノアは運び込まれる。


ノアが目覚めたのは夕方だった。痛みを感じうめき声を上げながら起きたノアの手を千尋が握っている。


「カ、カ、カレン?」


「大丈夫です。ここは私の自室です。だから怖いものなどありませんよ?」


 優しい微笑みをたたえる千尋か快楽殺人者と言う矛盾にノアが気がつくはずもなく、安堵したように涙を流し始めた。千尋が握る手の感触だけがノアにとっての救いなのかもしれない。


「デボネア様に見られていたようです、申し訳ありません」


 千尋は謝りながらうつむくと肩を揺らす。


「き、き君が悪いわけじゃ、じゃない」


 吃音になりながら千尋カレンを心配するノアに見えない様にうつむき、千尋はほくそ笑む。


「デボネアは酷すぎます、ノア様は何も悪いことをしていないのに…。アンドレアス様の教育が間違っておられるのでは…」


 千尋はゆっくりと諭すように話す。ノアは悪くない、悪いのはデボネアとその父アンドレアスだと。幾度となく思っていた事に共感してもらえた喜び、理解者を得た喜びにノアはまた涙する。千尋の言葉が救いではないことに気が付かずに。


「ノア様が領主でしたらこのようなことはなりませんのに…」


「無、無理だよ…デ、デ、デ…デボネアがいるから」


 吃りながらノアは頭を振る。ハッとしたような顔をした後、千尋は無言でうつむく。その様子を心配したようにノアが痛む上体を起こし、のぞき込む。


「私もデボネア様に折檻されてしまうのでしょうか…。いっそデボネア様がいなければいいのに…」


 デボネアがいなければいいと言うのは呪言だった。確実にノアの心を蝕む、たった一人の理解者カレンの危険が迫っている。ノアは震えるようにしながら手の爪をかみだした。


「そ…そ、そうだ、なな、な、なんとかしないと」


「でもアンドレアス様がいらっしゃいます。お二人が居なくなるようにしませんとね…」


 千尋はノアがガジガジと噛んでいた手を取り、慈しむように撫でると優しく子供に諭すようにとんでもないことを口にした。追い詰められ、半ば錯乱状態のノアには千尋の言葉は劇薬となっていた。


「2人を…」


 ノアの吃音はなくなっていた。まるで劇薬を飲み覚醒したように目に力が宿るの見た千尋は、微笑みを絶やさずに新しい劇薬をノアに投与する。


「私と二人でやりましょう?ノア様がアンドレアス様を、私がデボネア様を…。そうしたら…」


 千尋がノアの手を強く握ると、ノアの頭が痺れている。劇薬はノアの頭を駆け巡りまともな判断はもうできなかった。ノアは千尋が握っていた手を千尋の指に絡めるようにして恋人のように握る。共犯関係が成立したように二人はお互いを見て微笑む。


「でも、ぼ、ぼくには…アンドレアスは殺せない」


 緊張からかまた吃音が戻ってきていた。千尋が空いている手をノアの頬に当てて安心させるように言う


「お酒を飲ませましょう?」


 ノアもそうだ酔わせて殺そうと思ったのか頷くが、千尋の意見はもっと危険なものだった。


「毒殺です、アンドレアス様の好きなお酒は柑橘系の果実酒でしたね?。あれを銅の容器にずっと入れてると毒になるのをご存じですか?」


 ノアは知らなかった。当たり前だ。千尋の世界の常識だ。柑橘系などの酸性の飲み物を銅器に入れていると銅が溶け出す。少しなら吐き気や下痢程度で命の危険はない。だが、多量なら多臓器不全で死んでしまう。


「しかもこの毒はすぐには効きません。アンドレアス様が眠った頃には死の淵です」


 千尋はアリシアの側仕えになった頃から用意していた、柑橘系果実酒が入った銅の水差しを誇らしげに掲げる。


 「これをアンドレアス様が酔われた後に飲ませてください。そうしたらアンドレアス様は眠るようにお亡くなりになりますので…」


 ノアを見つめる千尋の顔はもう快楽殺人者の欲望に満ちた顔だったが、ノアには気にならなかった。銅の水差しがノアの希望の光、千尋カレンは運命の女神だった。


 その夜、ノアはアンドレアスに呼び出されていた。昼間のデボネアとの件だった。まだ少し痛む体を引きずりながら、これが終われば千尋カレンと一緒になれるとノアは千尋からもらった銅製の水差しを持つ手に力を込める。


 ノアがアンドレアスの自室の扉を叩くといつも通りのアンドレアスの機嫌の悪そうな声がする。以前はこの声でも恐怖を感じていたノアだが。今日は不思議と何も感じなかった。


「し、失礼します」


 それから殺害する緊張感だろうか、千尋カレンと生きる未来を夢見る高揚感からだろうか。自然と吃音のように舌を噛み、不審がられることもなく入室に成功する。ノアが部屋に入るともうだいぶ酒が進んでいるのか、赤ら顔のアンドレアスがいた。椅子に座りながらクダを巻き、吐かれる息にはもう酒精が含まれており部屋中が酒臭い。


 


「遅いぞ…」


 アンドレアスの目が座っている。昼間の件を聞いた後、ノアが暫く居なくなったと屋敷では騒ぎになっていた。まさかのノアを売った千尋がかくまっているなどデボネアは思いもせず使用人の屋敷は捜索されなかった。見つからない愚かな婿養子への苛立ちがアンドレアスに深酒を煽られせる結果になっていた。


「申し訳ありません、お詫びの品を買い求めに行っておりました」


スルスルと言葉が出てきたノアは内心気が気ではなかった。アンドレアスが探していると知ってから千尋と打ち合わせをしていた言葉は不思議なほどスムーズに出てきた。


「お詫びだぁ?。お前のようなものが!」


 アンドレアスが空いている酒瓶を投げてきた。ノアは持っている銅の水差しを落とさないように甘んじて直撃を受ける。


「そのように愚鈍だからデボネアに叱責されるのだぞ?」


 なんとでも言うがいいとノアはアンドレアスを睨んだ。初めて婿養子が反抗的な目をしてきてアンドレアスは驚いた顔をする。その目は千尋が言っていたように虎の目だった。明確な殺意を内包し、決心した目だ。


 ノアは足元もおぼつかないアンドレアスを押し倒し、銅が大量に溶け出した千尋特製の酒を無理やりに飲ませる。アンドレアスが息をする度にコボコボと僅かに酒がこぼれる。息をするために必死にアンドレアスは流れてくる酒を飲み干した。


 「不味い…。出ていけ!明日の朝になったらお前の罪を裁いてやる!」


 ゴホゴホと咳き込みながらアンドレアスはノアを睨みつけるが、ノアにはもう怖くなかった。後は眠るように死ぬと確信し、颯爽とアンドレアスの部屋を後にした。


 時間は過ぎて深夜。デボネアも就寝の為、床についていたが、まだ怒りが収まらないのか寝付けないようだった。真っ暗な天蓋の天井を見上げていると風が吹き込んでくる。内開きの窓に向かうと扉が開いている。メイドの不始末を主が何とかしなければならないのかと、さらに苛立ちを募らせながら扉に向かうと暗闇に何かがいた。男だった。デボネアは血まみれの上着に見覚えがあった。父アンドレアスに暴言を吐き、投獄された男だ。


「何故ここにいる!」


「何故って?考えたら分かるだろう?今は男と女、二人きりだ」


 左手にダマスカスナイフを握り、歩み寄る千尋の姿が月明かりに照らされると、笑顔なのになんとおぞましい顔をしているのかと、デボネアは声が出なくなった。狼狽えるデボネアに楽しそうに千尋は話しかける。


「抗う勇気も持ってないのか?矮小な奴だ。楽しむなら、悲鳴の1つであげたらどうだ…」


 蔑むようなことを口にする割に千尋の笑顔は熱を帯びている。ほんのりと頬が赤く染まりデボネアの赤い髪を見つめながら襲いかかろうとした時だった。


「大変です、デボネア様!アンドレアス様が!」


 ランドルフが入室して来た。


「早く死にすぎだ。あのクソ領主め」


 千尋が毒づいたがそれは聞こえていないようだった。むしろ牢獄から消えた人間が歩き回っていることにランドルフは驚愕を覚える。


「何のつもりか!千尋どの!」


「何のつもり?想像している通りだよ?」


 千尋はそう言いながらダマスカスナイフを見せつけるように左手で掲げる。ランドルフは長剣を掲げ迫ってくる。左利きの千尋には防ぎきれないだろう角度にランドルフは長剣を振り下ろし一撃で決めるつもりだ。


「そのナイフでは、この一撃はいなせまい!」

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