勇者と苦労人
「終わりましたか?」
レオニスの声に反応し、扉を開けて入室してきた男が、抑揚に欠ける話し方で声をかけてきた。
「おう、ブラウエリヒト。待たせたな?」
尊大な態度とはこういうのだろうと思わせるように、胸を張り踵に重心をかけてレオニスは歩き出す。アリシアたちの横を通り過ぎ、千尋の前で立ち止まる。
「こいつが3人目で異世界人だ。立ち話も面倒だ、私室で話すぞ?」
そう言ってレオニスは誰の返事も聞かず、謁見の間を後にした。本物のブラウエリヒトらしい男はため息をついて、千尋たちを見る。
青い髪に金色の瞳と、レオニスに負けず劣らずの優男だが、レオニスの傍若無人のせいか、その顔は疲れ切っている。
「お疲れみたいね?ブラウエリヒトさん」
労う気も同情する気もないであろう千尋がブラウエリヒトを見る。観察するように冷たく視線にブラウエリヒトが目線を外した。
「困ったものです……。私がお迎えに行くはずだったのですが、皆さんの素が見たいと言い出しまして」
その言葉にメネシオンは顔を赤く染めた。レオニスの術中にはまり、驚きの声を上げたり、果実を食べたりとありのままを見せてしまった。
「何よりも、貴女ですね。陛下を出し抜くとは……」
ブラウエリヒトはメイド姿の神託の勇者を、ため息交じりに見つめる。
「先に仁義に反したのはそちらでしょう?」
人情も仁義もない千尋が、それを盾に自分を正当化している。それはターニャやメネシオンにも分かっており、全員があきれ顔で千尋を見ている。
「それで……その。本当のブラウエリヒト様なのですか?」
アリシアが申し訳なさそうに聞くと、思い出したようにブラウエリヒトは身を正し、胸に手を当てて礼をする。
「自己紹介が遅れて、申し訳ありません。レオニス王の補佐をしております、ブラウエリヒトと申します。普段は王の護衛を務める守護騎士をしております」
「あなたの王様って、いつもあんなのなの?」
同情するするようにメネシオンが呟く。それの何が面白かったのかは分からないがブラウエリヒトはくすりと笑い、メネシオンのつぶやきに答える。
「今日は機嫌が良さそうです。まさか赤い髪のメネシオンに、同情される日が来るとは思いませんでした。あまり王を待たせると面倒ですので道すがら話しましょう」
「た、大変なんですね……」
ターニャはブラウエリヒトに親近感を覚えていた。それはブラウエリヒトも同じなのか、また彼の顔がほころぶ。
「いえ。貴女も苦労してそうですね。騎士殿」
先頭を歩くブラウエリヒトは、後ろを歩く千尋を一瞥するように振り返る。ターニャは静かに頬をかいて誤魔化すが、振り回される側の2人の共感に言葉は不要のようだ。
「普段のレオニス王はどんな方なのですか?」
終始レオニスに気圧されていたアリシアが、ブラウエリヒトに、疑問をぶつけた。先ほどの態度が機嫌がいいのなら、普段のレオニス王はどんなものなのか疑問に感じるのは、無理からぬことだろう。
「普段はもっと眉間にシワが寄ってますね。目つきが悪くて、いつもイライラしている……でしょうか」
「それは、朝が弱いだけじゃないの?」
「は?」
後ろから聞こえた千尋の言葉に、ブラウエリヒトは立ち止まる。
「今日の彼はいつ起きたの?」
「変装するからといつもより三刻ほど早かったでしょうか……?それが関係するのですか?」
千尋自身も低血圧で、朝はやる気にならない。夜になる程に元気になり、活力が満ちてくる。だから千尋の狩りは、もっぱら夜に行われていた。
「彼に仕事をさせないなら、午後か夜にしなさい」
言われてみれば、レオニスは晩餐会などではいつも機嫌がいい。何でレオニスと面識のないメイドがそんな事を言うのか分からずに、ブラウエリヒトはアリシアとターニャを見る。
「千尋様は、こういうのが得意な方でして……」
「王が気に入るわけですね……」
そう言ってブラウエリヒトは、またため息をつき歩き始める。レオニスの私室の前にたどり着くと、ブラウエリヒトは三度扉を叩く。
「ブラウエリヒトか。入れ」
ノックだけで誰が来たか分かるのか、レオニス王は入室を許可した。入室した勇者一行は、一国の王の私室に息を飲んだ。
「お連れしました」
ブラウエリヒトはそう言うと部屋の入口付近に立ち、様子を見守るつもりのようだ。彼が退いた事で、レオニスの私室の全貌が見えてくる。
私室でありながら応接間を兼ねるレオニスの私室は、一見すると寝所が見えないように隠されている。部屋の中に滝があり、滝の裏側にレオニスの個人的な空間が隠されているようだ。
「何で、部屋の中に滝……」
メネシオンは驚きを通り越し、呆れていた。呆然と滝を見つめて、入口で固まっている。アリシアやターニャも驚き、恐る恐る部屋の中へと入っていく。
応接机の代わりに円卓があり、一番奥の席にレオニスが座っている。期待通りの反応を示すアリシアたちに、レオニスは満足気な表情を浮かべている。
「まあ、座れ」
レオニスが、勇者一行に着席を促すとアリシアたちはおずおずと近場の席に座ると、レオニスと向かい合う。千尋だけが、レオニスの正面をさけるように、一脚空けて少しだけずれた場所に着席した。
「本当に捻くれたメイドだな?」
「申し訳ありません……」
千尋ではなく、アリシアが謝った。その言葉にレオニスは少しだけ眉をひそめる。
「アリシア嬢。貴女が悪いわけではない。余の腹の中を覗こうする輩に言ったのだ」
レオニスは千尋を見ながら言い放つ。ご、千尋は悪びれるでもなく肩をすくめる。
「正面にはアリシアが座ったのだから、メイドとしては、アリシアと陛下が見える場所座るのが筋じゃないかしら?」
メイドが主を呼び捨てにし、両者を観察するためにずれて座ったという、利己的な千尋の方便をレオニスは鼻で笑う。
「わかった。お前のことはもう良い。緊張をほぐす為に少し雑談をしよう……」
千尋がピクリと反応した。意外なレオニスの申し出にアリシアも驚いたように聞き返す。
「雑談ですか?」
「ああ、そうだ。ブラウエリヒトとは話したか?」
「はい、陛下に仕えている方だと……」
レオニスはブラウエリヒトを一瞥する。業務的な意思疎通しかしていない臣下を一笑に付すと話を続ける。
「あれはなかなか優秀でな?今朝、余が言ったように騎士学校で、講師を務めていたのだ」
「なるほど……」
ターニャが更にブラウエリヒトに親近感を覚えたのか部屋の入口付近にいるブラウエリヒトを見る。
「そこでランドルフと言う騎士に剣を教えていたのは、本当だそうだ。……な?」
レオニスが、またブラウエリヒトを見る。やや間が空いてブラウエリヒトは仕方ないと口を開く。
「ええ……。そのとおりです」
「ランドルフ殿は亡くなったそうだ」
また、少しの間が空いてブラウエリヒトぎ口を開く。
「そうですか……」
少し寂しそうに呟くが、狼狽えたり、追求しないところが、ブラウエリヒトと言う公私を分ける真面目な人間を表しているのだろう。
レオニスは、ブラウエリヒトのその反応に少し詰まらなさそうに目を細め、眉間にシワを寄せる。
「ああ見えて、優秀でな。守護騎士にしては珍しく魔法が使える。剣に青色の炎を纏わせて攻撃することが出来る」
勇者一行は驚いた顔をする。千尋と同じ事ができる人間が目の前にいる。勇者一行はブラウエリヒトに注視しながらも、チラチラと千尋を見る。
「あの……、その魔法だと、鎧や剣も斬れたりするのでしょうか?」
ターニャがずっと引っかかっていた疑問を口にする。荒唐無稽なターニャの質問に、ブラウエリヒトは口元を緩ませながら答える。
「確かにそんな事が出来たら、夢のようですね。私の青色の炎でも、木を楽に切断する補助と追加で対象を焼く程度です。そんな事ができるのは、バケモノですよ」
バケモノと言う発言にターニャとメネシオンは千尋を見る。そして、2人はなるほどと頷き合う。
「何が言いたいの?」
千尋が2人を睨みつける。そのやりとりを経てようやく緊張の糸がほぐれてきたかのか、勇者一行の肩の力が抜けてきた。
その様子を見ていたレオニスが、満足したように頷き、本題に入る。
「お前たちに任せていると一生道を外れそうだな……。それでは……何故、貴様ら3人が神託を受けたのか。それを余に話せ」




