メイドと侍女
「なるほどな……」
千尋達が体験した女神との出会いの経緯を聞き終えたレオニスは、短く理解を示すと、侍女がもってきたお茶に口をつける。
「それで、女神は自らをハーリスと名乗ったのだな?」
「はい、エルフを創造して見捨てた女神、と……」
その返答にレオニスは喉を鳴らして笑う。ルナミリアの灯火を守護するエーダフォストの国王が、エルフが棄民と聞いて笑い出したことに、アリシアたちは困惑する。
「ずいぶん偉そうと思ってたけど、性格も悪いのね?」
メイド姿の千尋がそう口にすると、ブラウエリヒトの隣に立った侍女がピクリと眉を動かす。
侍女は自分が持ってきたお茶を飲みながら、足を組み、自らの主に不遜な態度を取るメイドを見て、怒りに手を震わせる。レオニスの侍女としては、同じ立場である千尋の行動に、苛立ちを感じても仕方がないのかもしれない。
「良い」
侍女が声を上げようとしたのを、レオニスが制する。
「お前は年に一度やってきて、国の恵みを掻っ攫って行くだけで、礼も見返りも何もない存在を敬うか?」
レオニスが千尋を試すように口にした言葉は、エーダフォストの開国以前から行われている行年行事だ。レオニスは千尋の返事を待たずに話続ける
「奴らは我らを農奴として作り、我らの生み出した作物を搾取している。おかしいと思わんか」
「どちらかと言えば、あなたも搾取する側でしょ?」
レオニスの憤りを慮ることもなく、千尋は客観的事実をレオニスに突きつける。
「貴様!」
我慢ならんと、侍女は目を見開き、千尋に歩み寄る。レオニスは、千尋の言葉に笑いが止まらなくなりつつも、その侍女を手で制する。
「確かにそうだが、余は国を守護している。ただ飯を食うくらい許されるであろう。奴らは責任など果たしてはいないぞ?」
「なら、あなたが立ち上がり、構造を変えたらいいんじゃないの?陛下」
千尋は、レオニスの内心を見透かすようにレオニスを見る。
「馬鹿を言うな。相手はこの大地の北と南を貫く大穴を開けたバケモノだぞ?余の力では、悪態をつくのが精々だ」
魔族を封ずるためにアクロシアが開けたという大穴を引き合いに出して、レオニスは千尋の意見を一蹴する。
「ずいぶん腑抜けた王様ね」
「貴様!」
千尋が何かいう度に、一歩一歩近づいてはレオニスに制される侍女は、もう少しで千尋に手が届きそうだ。
「侍女の教育がなってないんじゃない?」
「「「「お前がそれを言うな」」」」
この場にいたアリシアとブラウエリヒト以外が、同じことを口にした。
「異世界人は変わり者が多いと聞くがお前はとびきりだな……。ブラウエリヒト、お前も座れ。お前が立っていたら、クリーゲインがいつまでも、座らない」
レオニスが笑い疲れたように腹を擦りながら、侍女を見る。ブラウエリヒトがしぶしぶ、千尋の向かい側に座ると、クリーゲインと呼ばれた侍女はシニヨンカバーを外して、後頭部でまとめた長い髪をふりみだす。たまったストレスを発散するように頭を乱暴にかき乱して、千尋のすぐ隣に胡座をかくように座った。
「侍女にしろ、なんにしろ躾けがなってないわね?」
「こいつは守護騎士の副隊長だ。余の責任ではないな」
「申し訳ありません。千尋様」
レオニスが責任を転嫁すると、すぐにブラウエリヒトは頭を下げる。
「隊長は悪くねぇ。なんだお前、メイドのくせに!」
「聞いてなかったの?神託の勇者よ」
千尋は脚を組み直し、クリーゲインを見下す様に体勢を変える。その返事にクリーゲインは舌打ちをしてそっぽを向く。
そっぽを向いた、クリーゲインは葦色の長い髪を、後頭部で馬の尻尾のようにまとめている。唇を尖らせて子供の様にむくれているが、年は20代後半だろうか。胡座をかいた侍女のスカートからは長い健康的な太めの足が見えている。
「そやつは隣の国、ガルヴァニアからきた獣人だ。」
「獣人……?」
千尋はクリーゲインの頭の先から足の先まで観察する。が、動物を連想させるのは頭の髪の絞り方ぐらいだった。
「残念だったな。あたしは見た目、ほとんど人間なんだよ!」
千尋とクリーゲインの小競り合いが始まったが、レオニスはそれを無視して、話を再開する。
「で?女神ハーリスは何か言っていなかったか?アクロシアを討てとか、人を救えとか」
「それってあんたの願望?」
メネシオンが訝しげに聞くと、レオニスは悪びれるでもなく答える。
「ああ、そうだ。そうなってほしい」
余りにも素直に答えるレオニスに毒気を抜かれたメネシオンは、ハーリスの言葉を思い出すが何と言われたかをいまいち覚えていないようだ。困った様にアリシアを見つめる。
「なんて言ってたっけ?」
「憎しみのない世界にしてほしいと、わが子らの過ちを出してくださいと……」
「それは、本当か!」
レオニスは嬉しそうに立ち上がる。天に拳を突き上げようとしたその時、千尋がクリーゲインを言い負かしたのか会話に復帰してくる。
「過ちのもとになった人間を、滅ぼせかも知れないわよ?」
「人から勇者を出しておきながらか?下らん」
拳を下げてレオニスが千尋に冷たい視線を送る。千尋の言う事も然りだが、レオニスの言う事も確かに道理だ。
「後、まだ話してない事があるわ……」
千尋とアリシアがメネシオンを見る。メネシオンは憎しみが魔族を変容させるという魔族の真実を思い出し、顔を曇らせる。
「魔族の真実と、憎しみの話よ」
「真実?」
レオニスが前のめりになりながら聞き返す。レオニスが知る魔族の歴史と魔族が口伝してきた歴史、そしてハーリス神殿で見た真実を記した石碑。それらを知り、最初に声を上げたのは意外にもクリーゲインだった。
「何だそれは!そんなひどい話があるか!」
同情されるでもなく、共に怒る獣人の戦士の声に、メネシオンはくすぐったそうに身を震わせる。
「ほれみろ、やはりアクロシアではないか」
鬼の首を取ったように勝ち誇るレオニスに、ブラウエリヒトは頭を抱える。その姿がなんとも鏡を見ているようで、ターニャは苦笑いをする。
「その話が本当なら、確かに諸悪の根源はアクロシア……さまですが……」
ターニャも立場的には中立とはいかない。メネシオンやシュナレと旅をして、知りすぎてしまった。
「では、アクロシアの時代を終わらせよう」
「あんたの願望だけで決めないでくれる?」
千尋が、勝手に話を進めるレオニスに釘を刺す。が、レオニスは千尋の言葉を逆手に取るように笑った。
「ここにはエーダフォストと、ラズカリグの代表がおる」
そう言ってレオニスは、ラズカリグの支配者、赤い髪のメネシオンを見る。
「赤い髪のメネシオン。お前は何と見る?」
「わたし?……わたしは……アクロシアは嫌」
「なら同意見だな。総意が必要と言うなら、集めて参れ。その上で決めるのがいいだろう」
まともそうな事をいうが、自分でやる気はないようでレオニスはアリシアたちを見る。刺さる視線に我慢の限界を迎えたアリシアが、肩を強張らせて伺いをたてる。
「私たちがですか?」
「まさか余にやれというのか?余の政は、余にしか出来ん。代わりはいない」
ふんぞり返るように椅子に座るレオニスに、アリシア、ターニャとブラウエリヒトの3名はため息をついた。
「まずはガルヴァニアから、世界を回って参れ」
世界を巡れというレオニスの言い分に、勇者一行は明らかに嫌そうな顔をしている。なんとかならないかと考えた結果、ターニャは思いつきを口にする。
「手紙で構わないのでは……」
ターニャがもっともなことを言うが、千尋がそれを否定する。
「あんた、神は死すべしなんて手紙書ける?」
「…………」
どこで誰に見られるか分かったものではない手紙に、そんな事を書く勇気のないターニャは、無言で下を向いた。
「金は誰が出すのよ?」
嫌そうな顔のまま、千尋はレオニスを睨む。レオニスはにやりと笑う。
「もちろん。余が出す」
レオニスが認めた瞬間に千尋の広角が上がる。世界を見てみたいかと言われたら、千尋はこの世界の構造に興味があった。どうせ旅をするなら他人の金に限る。
「言ったわね?贅の限りを尽くさせてもらうわよ」
レオニスは千尋の嫌味を鼻で笑うと、了承する様に頷く。
「いいだろう。クリーゲイン、案内をしてやれ」
世界を旅しろとレオニスに言われ、嫌そうな顔をする千尋を嘲笑っていたクリーゲインは、自分の名前が出てきて顔が青ざめる。
「いやーーー!」




