レオニス・エーダフォスト
王城の中、大理石の床が続く廊下をブラウエリヒトを先頭に歩く勇者一行は、驚きを隠せないでいた。
壁にはルナミリアの街並みや王城の一室を描いた大きな絵画が飾られており、廊下でありながら1つの美術館のような趣がある。
アリシアの館よりもきらびやかな調度品が目を引き、メネシオンとターニャは感嘆の声を上げる。
「……どんだけ、金あるの?」
メネシオンが、呆れたように呟く。触る気にもならないほどの調度品の数々に圧倒され、まっすぐ歩くこともままならない2人を、最後尾の千尋が冷めた目で見つめ、ため息をつく。
一際大きく豪華な扉の前で、ブラウエリヒトが立ち止まる。勿体ぶった溜めを作り振り返ると、ブラウエリヒトは相変わらずの演技じみた笑顔を向ける。
「こちらの控室でお待ちください。陛下のご準備が整いましたら、謁見の間へお呼びします」
「畏まりました」
アリシアは頷いたあと、ブラウエリヒトに続き入室する。すると部屋には、赤い絨毯が敷かれており、豪華な長椅子が二脚用意されていた。中央のテーブルには果実の盛り合わせが置かれ、ほのかに甘い匂いがする。
魔界ではお目にかかれない色とりどりの果実を前に、メネシオンはゴクリと唾を飲み込んだ。
「メネシオン様?あまり勇者らしくない振る舞いは……」
最後に入室してきた千尋が、今にも手を伸ばしそうなメネシオンに釘を差す。普段の千尋からは想像出来ない丁寧な言葉遣いに、メネシオンは背中に薄ら寒いものを感じ、身震いする。
「食べても大丈夫ですよ?流石に食べながら謁見されるのは……、ご遠慮願いたいですが」
優男は、淑女たちに座るように促しながら微笑む。促されるままにアリシアとメネシオン、本来は勇者ではなく護衛の身のターニャまでも座ってしまう。千尋は入って来た扉の横に立ち、メイドとして振る舞っている。
「思わず、座ってしまったな……」
ターニャは手で長椅子の座り心地を確かめながら、自嘲するように苦笑いを浮かべ、呟く。
「食べていいんだよね?」
メネシオンは、敢えて千尋は見ずにアリシアとターニャの顔色を伺う。アリシアが微笑んでくれたことを免罪符に、メネシオンは赤い果実に手を出した。
「甘っ!なにこれ!」
一口齧った瞬間にメネシオンは感想を口にした。純粋な反応を示すメネシオンに微笑みながら、ブラウエリヒトは部屋の奥にある更に豪華な扉へと向かう。
「それでは皆様、後ほど……」
そう言ってブラウエリヒトが退出すると、ターニャは大きく息を吐いた。
暫く待たされる間に、メネシオンは赤い果実を食べ終わって少し気が大きくなっていた。立ち上がり物色するように歩き回る。
「王様ってどんな奴なの?」
流石に触る勇気まではないようで、歩き回って調度品を眺めるメネシオンが、素直な疑問を口にする。
「えっと……。確か先代の王様が急死して、若くして王になられた方と伺ってます」
アリシアが知る限りの情報を伝える。
「それだけ?」
調度品の豪華な装飾がついた姿見に映る自分を眺めながら、なんとも上の空な返答をするメネシオンに、ターニャは眉をひそめる。
「あのなぁ、メネシオン。王様なんてのは、普通表に出てこないんだから分かるわけないだろ?」
「ふーん?」
メネシオンが、自分の知らない世界の話しに曖昧な返事をしていると、ブラウエリヒトが消えた扉が開き、男性が入ってくる。
「お待たせしました。陛下の準備が整いました……」
ローブのように足元まで隠れている服装に、高さのある帽子を被る、その男は疲れ切ったような顔で、勇者一行に中に入るように促す。
「……はい」
覚悟を決めて、アリシアは先頭を切り謁見の間へと向かう。
謁見の間は、白を基調にしており、日の光が溢れる大きな窓が目立つ。中央には赤い絨毯が敷かれ、金色の縁取りが日の光に照らされてキラキラと輝いている。
その赤い絨毯の先、5段の階段の上には玉座があり、1人の男が座っている。アリシアたちを見つめるその目は紺碧に潤んでおり、見知ったものだった。
「えっ……と……」
アリシア、メネシオン。そしてターニャは絨毯を歩き、謁見の間の中央付近で立ち止り、言葉を失っている。千尋は俯瞰するように謁見の間の入口付近で立ち止まり、状況を観察している。
「ご苦労であった」
聞き覚えのある声だ。宿に訪れて、千尋たちをここまで案内し、ブラウエリヒトと名乗った騎士が玉座に座り、足を組んでいる。
「は?……なんで?」
メネシオンは間の抜けた声で疑問を口にすると、ブラウエリヒトと名乗った騎士は愉快そうに笑っている。
「余がレオニス・エーダフォストだ。神託の勇者」
「え……あっ……、お会い出来て光栄です」
アリシアの驚きを隠せず、礼儀も何もなく応える姿に、ブラウエリヒト改め、レオニス・エーダフォストは喉を鳴らして笑い目を細める。
「実に愉快だ。アリシア・フィル・ブライヤ」
満足気に顔を歪めるその姿は、ブラウエリヒトの演技じみた笑顔とは異なり、人を見下すように目尻が下がっている。
「それで……。そっちが赤い髪のメネシオンだな?ラズカリグを滅ぼした魔王と聞けば……、なんとも……」
「なっ……なんとも、なによ?」
狼狽えながらも、メネシオンは必死にいつも通りに振る舞おうとしている。が、声が裏返り恥ずかしそうに下を向くメネシオンを、レオニス・エーダフォストは頬杖をつきながら見つめる。
「……小物だな?」
口角を上げて、顔を歪めるレオニス・エーダフォストをメイド姿の千尋が静かに眺めている。中性的で見た目がいいが、尊大で人を見下すように振る舞う王。その内心を見透かそうと観察している。
「で?3人目……」
エーダフォストがターニャを指差した。3人目ではないターニャは狼狽えて一歩後ずさり、後ろにいる千尋を振り返る。
「なんだ?言葉をなくしたか?」
「いえ……その」
どうして良いのか分からず、ターニャは呟く。
「ん?どうした。聞こえんぞ?」
頬杖をつき、3人を見下ろすレオニス・エーダフォストは、実に愉快そうに微笑んでいる。
「陛下が勘違いをされているので、困っているのかと……」
千尋がすたすたとアリシアの横まで歩いて来ると、笑顔でレオニス・エーダフォストを見上げる。
「なんだと?メイド……」
「最初から勘違いをしているのです。陛下」
メイドが不遜にも前に出て視線を合わせて来た事実に、レオニスは不愉快そうに顔を歪める。そのレオニスの顔を愉快そうに微笑みながら、千尋は見返す。
「見た目だけで中身を見ようとしないから、そうなるのよ?陛下」
遂には言葉も砕けた千尋を、レオニスはキツく睨む。
「お前が3人目か……?」
「ええ、そうよ?」
立場が逆転し、千尋が愉快そうに顔をゆがめ目を細める。
「何故、余をたばかった?」
「陛下が勘違いをされて、私に下がっていろと言ったのよ。忘れたの?」
勝ち誇ったような余裕の微笑みの千尋の後ろで、ターニャが頭を抱えしゃがみ込む。その顔は青ざめて、頭を激しくかき乱している。
「なるほど……。確かにそう言ったな……。名はなんだ?」
「影山千尋。異世界人」
「……異世界人。なるほど、お前が3人目か」
「ええ、そう言ったわ」
千尋が、そう言うとレオニスは額に手を当て大声で笑い出した。
「なるほど……。人に魔族に、異世界人か。それで3人の神託の勇者か」
先程までの不愉快そうな態度はどこへ行ったのか、レオニスは立ち上がり、千尋たちに笑顔を向ける。
そのレオニスの笑顔を、なんとも嫌そうに千尋が顔をしかめ睨みつける。また立場が入れ替わり、ここからはレオニスの手番だ。




