ルナミリアの灯火
カールを救出した後、盗賊たちを牢屋に放り込んだメネシオンは、パンパンと手を叩き満足気に腰に手を当てる。
「これにて、一件落着!」
お白砂の沙汰を言い渡した町奉行のような言い方に、千尋は思わず鼻で笑う。千尋に笑われたメネシオンが、不機嫌そうに振り返る。
「なに?」
「知っている人の言葉だったのよ、悪気はないわ。それでこの盗賊はどうするの?」
話題を変えたい意図もあるのだろう。千尋の問いかけにメネシオンは、肩をすくめて無言で分からないと答える。
「よいしょっと……。次の宿場はギルドがありますから、そこで報告ですかね?」
盗賊が飢えないように、食料と水を牢の目の前に置き、立ち上がったチュクチが千尋の質問に答える。
「宿場にギルドがあるの?」
「ある所にはありますよ?城壁もない村や町では、こういう輩や魔物の被害もありますから……。ゼルディアと違って、討伐依頼や護衛依頼も多いんじゃないでしょうか?」
ゼルディアは採取依頼が多く、冒険者が底辺という印象だった。が、城塞都市の外は冒険者の存在価値が高いようだ。
「なるほどね」
確かに旅に出て、討伐をいう類の依頼を2件引き受けた千尋は、冒険者が必要な理由を肌で感じている。
「チュクチ。カールさんは大丈夫そう?」
メネシオンがチュクチに聞くと、チュクチは明るい顔を見せる。その顔だけで無事なのが分かったメネシオンは、チュクチの返答を待たずに安堵したようだった。
「ええ。クロエさんの回復魔法と、カンナさんの手当てで、意識ははっきりしてますよ」
「本当に、あの魔法使いは便利ね……」
「あんたも大概だけどね?」
まさか、無血で人質を救出するとは思っていなかったメネシオンは、千尋の肩に腕を乗せ、意味ありげに微笑む。素直に称賛できない、からかい半分の思春期特有の、面倒くささを感じさせるメネシオンの態度に、千尋はやれやれと首を振る。
メネシオンと千尋、チュクチが洞窟を出るとカールが立ち上がっていた。ターニャの手を握り、何度もお礼を言っている。
「本当にありがとうございます。3日は飲まず食わずでしたから、本当に……危ないところでした。」
カールが何度目かの礼を言うと、隣で談笑していたカンナとアリシアが、微笑みながら、カールをたしなめる。
「あんた?もう騎士様も聞き飽きてるよ」
騎士にしては貫禄の足りない振る舞いのターニャは、苦笑いをしながら頬を掻く。
そして、その和気あいあいとした雰囲気の輪の外で、傍観者を気取るクロエが、盗賊から拝借した酒を片手に干し肉を頬張っている。
「おう、ご苦労じゃった。カンナ嬢がターニャの活躍を、カール殿に語って聞かせたものだからな」
「盗賊の上前をはねるとか、何考えてるのよ?」
千尋の皮肉などクロエには通じない。笑って一笑に付すと、更に一口酒を煽る。
「ここに置いて行っても、悪くなって飲めなくなるからな。味わってやるのが酒のためじゃ」
「それって屁理屈……」
チュクチもメネシオンも同じ事を思っていたが、実際に口に出したのはメネシオンだった。
「何じゃ、言うではないか?魔王勇者」
酒が絡むとクロエが面倒になるのを理解していないメネシオンは、クロエに絡まれる。酒臭いクロエから逃げようと、たき火の周りを駆け回っている。
「千尋さんも活躍したんですけどね?」
いつの間にか千尋の隣に収まっているチュクチが、千尋を見上げて口にする。
「私はどっちでもよかったのよ。ただ殺せなくなるように振る舞っただけ」
そう言って斜に構える主を無言で見上げて、チュクチは尻尾を振るのだった。
「皆さん、ありがとうございました」
次の宿場町アルカンターラに着き、皆が馬車を降りると、カールが再度、深々と頭を下げて礼をいう。対照的にカンナは旅をした時間がある分だけ気恥ずかしいのか、鼻の下を指でこすり、誤魔化すように礼を言った。
「本当に助かったよ!ありがとね」
「いえ、お二人ともお気をつけて」
アリシアが2人に礼をすると、カンナも釣られて礼をして微笑み合う。
「本当にありがとうね。あんた達に会えて良かったよ」
今度こそちゃんと礼を言ったカンナは、カールと手を繋ぎ、オルビス行きの馬車乗り場へと向かって行った。2人を見送った一同はアルカンターラという街を、馬車に揺られながら散策し始める。
「それで、ここのどこに冒険者ギルドがあるわけ?」
「ここは大きな川を跨ぐ橋の両端に、それぞれ宿場が有ります。冒険者ギルドは橋を渡った先ですから、もう少しですよ」
石畳出てきた頑丈そうな長い橋を渡る。メイドとして御者席に座り、膝の上でジャギーを撫でている千尋が、退屈そうに空を見上げると、西の空が茜色に染まり出していた。
「この旅はさっぱり進まないわね?」
千尋が頬杖をついて、当初3日で足りたはずの旅を振り返っているようだ。チュクチはなんだかんだと人助けをしている主に、苦笑いを向ける。
「今日、ここで宿をとって朝早くに出れば、明日の夜にはルナミリアに着きますよ?」
「朝早いのは嫌ね……」
千尋の呟きに、ジャギーが顔をあげる。欠伸をした後、目を細めながらジャギーは千尋に話しかける。
「ジャギーが起こすよ?得意だからね」
そのジャギーの反応に少しだけ口角を上げて千尋は笑ってジャギーを撫でる。ようやく橋を渡り切った頃にはすっかり夕方になり、心地のよい風がアルカンターラに吹いてきていた。
レオニス・エーダフォストの待つ、王都まではあと1日。この旅もいよいよ佳境を迎えようとしている。
翌日。アルカンターラを出る前に、冒険者ギルドへの報告を済ませた勇者一行は王都ルナミリアへ向けて、出発した。
王都へ近づくほどに街道は整備され、一里塚の様に佇む大木の下で、休憩する旅人や商人が目立つようになってきた。
「この辺まで来るともう平和ですね〜」
御者を務めるチュクチが、のんびり昼寝をする旅人を見つめ微笑む。隣に座る千尋が退屈そうに遠くを見ていると、この世界には似つかわしくない物体、塔のような建造物を発見する。
「なに、あれ?」
だらけきっていた千尋は身を起こすと、遠くに見えるそれを凝視する。
「なに?なに?」
珍しく興奮した様子の千尋にメネシオンが話しかける。メネシオンも目を細めて、遠くにあるであろうそれを、千尋と同じように凝視している。
「あれはルナミリアの灯火ですね」
「「灯火?」」
千尋とメネシオンの声が被った。2人とも興味深げにチュクチを見つめているので、2人の視線が集中するチュクチは、少し恥ずかしそうに視線をそらしながら説明を続ける。
「あれはアクロシアへ続く塔なんです。夜になると光り輝き街を照らすから、灯火と言われています」
まだ距離があると言うのに見える塔の先端は、遥か天空に消えている。そして、空を見上げても見えないアクロシアという国に、普段唯我独尊の如くに振る舞う千尋でも、息を呑んで見つめてしまう。
「どうなってるの?」
「知りたいのなら、妾が教えてやろうか?」
恐らく塔の仕組みを知り、それを使い下界に来たであろうクロエが、含み笑いを浮かべながら千尋とメネシオンに話しかける。
「……お願いするわ」
普段なら嫌味の一つでも言う千尋だが、好奇心に勝てず、素直にお願いする。その千尋の殊勝さに一同、目を丸くする。
「マジ!」
シュナレが驚きの声を上げて、千尋に睨まれる。いつまでも学習しないシュナレに、ターニャは同情するような視線を送る。
「あれはな……魔導器なのじゃ」
勿体ぶり、千尋の反応を楽しむように、クロエは言葉を切る。
「魔導器って、魔力で動く道具よね?」
魔界育ちのメネシオンは、魔族たちの口伝で知っている知識を披露して、クロエの優越感を奪う。
「へぇ~、なるほどね。つまりはエルフのように、魔力がたっぷりないと動かない代物ってことね?」
「そうじゃ……」
メネシオンの一言で、ほぼ答えにたどり着く勘のいい千尋に脱帽しつつ、クロエはメネシオンを恨めしげに見つめる。
「え?わたしが悪いの?」
「そんな事ないわ。ねぇクロエ……?」
そんなやり取りを経て、勇者一行はルナミリアへと近づいて行く。日が沈むにつれてルナミリアの灯火は光り輝き、灯台のように旅人達の目印になっている。
「これを見たくて、遅くにルナミリアを目指す人もいるくらいなんですよ?」
チュクチがそう言って街道を歩く旅人たちを見つめる。確かに暗くなるにつれ、徐々に光が増していくルナミリアの灯火は美しかった。初めて見る、アリシアにターニャ、ハーゼとメネシオンは目を輝かせている。
「なんじゃ、シュナレは見たことがあるのか?」
さして興味なさそうに、頭の後ろで腕組むシュナレの様子を見て、クロエは話しかける。
「まあ、何度か来てるからねぇ〜」
そう言ってシュナレは、自慢げにニカッと破顔する。
そして千尋は光り輝く灯火を見つめ、自分のいた世界の電波塔を思い出していた。流石に天空に消える塔には度肝を抜かれたが、夜になると光る程度では、異世界である千尋は驚かないようだ。
「あんなのが光ってたら、趣もあったもんじゃないわね……」
千尋は頬杖をつきながら呟く。それは千尋独特の趣味嗜好から出た呟きだが、月明かりや星空を想う人間性があるようにも聞こえる。
「千尋さんは浪漫がありますね……」
そう言ってチュクチは微笑みながら、主人である千尋を見上げる。そして、笑顔が苦手は千尋はチュクチの頭を乱暴に撫でて誤魔化した。
ルナミリアが近づくと灯火のおかげで、ルナミリアの全貌が見えてきた。灯火の隣に王城があり、灯火の光で輝くことを計算してあるように白を基調にしながらも所々、金で装飾されている。
ほかの建物の屋根は群青や深緑など、暗めの色で染められており、王城とのコントラストが鮮やかで、王都に落ち着きを与えている。白い城壁に囲まれて、灯火に照らされる王都は、1つの芸術に見えなくもない。
「すごっ……。めっちゃ綺麗じゃん!」
メネシオンが身を乗り出しながら興奮している。馬車から落ちないように、両足をアリシアとターニャに押さえられている元魔王の姿はなんとも滑稽で、御者席に千尋たちと座るハーゼがクスクスと笑い、メネシオンをたしなめる。
「危ないですよ?メネシオン様」
「ハーゼも見てご覧よ?ヤバいよ!」
「見えてますよ!すごいですね?」
旅人たちが増えて行く王都への道を、勇者一行を乗せた馬車は、賑やかに進んでいくと、白い城壁とゼルディアよりも大きな鉄製の扉が待ち構えていた。
王都だけあり、人が多いのもさることながら、検問がしっかりと行われている。3列に分かれている割に、見るだけで辟易としてしまいそうな長蛇の列の最後尾に、勇者一行はたどり着いた。
「目的はなにか!」
使ったことなどなさそうな綺麗な防具に身を包んだ門番が、声をかけてきた。馬車からアリシアが顔を出して応える。
「レオニス王の召集令状に従い、ゼルディアから参りました」
「召集令状?」
訝しげな顔を浮かべた門番にチュクチが令状を渡すと、門番の態度が変わる。
「ご苦労様です!ご案内しますのでこのままお進みください」
列に並ぶ人々の視線を浴びながら勇者一行の馬車は進む。御者席に座るハーゼとチュクチは、針の筵の気分だったが、隣に座る千尋は足を組み、勝ち誇ったようにすまし顔だ。
「ゼルディアでもそうだったけど、楽でいいわね?」
羨望と嫉妬を全身に浴びながら、千尋はほくそ笑む。その胆力にチュクチとハーゼは苦笑いするしかなかった。




