優しい騎士様と恐怖のメイド
「足跡が光ったのは分かるけど、それが生存証明になるとは思えないのだけど……」
千尋の言うのことももっともだが、クロエの自信は揺らがない。クロエは勝ち誇ったように杖を掲げる。ジャギーがクロエの肩に飛び乗り、自分は何もしていないのに関わらず、偉そうに澄まし顔をしている。
「この魔法はな?熱を追跡するのじゃ。ここ来た足跡、ここから去った足跡を追跡したが、死んでおったら、今現在どこにいるか反応せんからのぅ」
興味深げに千尋やアリシアが、ぼんやりと光る足跡をのぞき込む。地面を踏んだ痕跡が熱として残り、こうやって光となって可視化されている。確かに森の奥に消える足跡は、クロエの言葉を裏付けるよえに確かな光となっている。
「流石、クロエ様です!」
「うむ、妾を崇めろ?」
竜殺し魔女が生存を保証してくれた安心感と、ジャギーが言っていたセリフの元を聞いてカンナは涙を流すほどに笑う。
緊張の糸がほぐれ、ひとしきり笑うとカンナは涙を拭いた。
「このお方が、ジャギュアに変な言葉を教えたんだね」
「「変な言葉?」」
クロエとジャギーが、お互いの顔を見る。こうしていると魔女と使い魔に見え、千尋は子供の頃に見た映画を思い出す。ジャギーはその喋る黒猫によく似ているが、クロエとその少女とのギャップに失笑する。
「なんじゃ?急に笑って。失礼なヤツじゃの?」
「こっちの話よ。生きてるのなら、さっさと片付けましょう」
こうしてクロエと、その肩に乗るジャギーを先頭に進んでいく。シュナレはジャギーが先頭を行くのが不思議なのか、ハーゼに声をかける。
「ねぇ?ジャギーって、ハーゼのジャギュアよね?いいの?」
ハーゼはシュナレが気にしてくれてる事に、照れくささを感じながらも微笑み返す。
「リーダー気分なの。ジャギーの尻尾立ってるでしょ?」
「あ~、そういうことね〜」
シュナレとハーゼがうんうんと頷いていると、先頭の1人と1匹は立ち止まる。
その視線の先には洞窟があり、見張りの2人がたき火を囲みながら、カールから奪ったであろう水着で遊んでいる。
「なあ、見ろよこれ!こんなの着てるくらいなら裸でいいんじゃないか!」
ゲラゲラと下品な笑い声でふざけ合う2人は千尋たちの接近には気がついていない。
「私がやる……」
ターニャが名乗りを上げた。千尋に任せれば、躊躇いなく盗賊を殺してしまうだろう。その意図を汲んだメネシオンが、同じく一歩踏み出す。
「私が左ね……」
メネシオンは、自分が売りつけられたものと同じ様な水着を馬鹿にし、悪ふざけをする見張りに言いようのない苛立ちをを感じていた。
人はそれを羞恥心と言う。
「よし……。行くぞ」
突然、森から白銀の騎士と赤髪の魔族が飛び出した。ふざけていた見張り2人は、反応が遅れ腰の剣を抜こうとした刹那。1人はターニャの剣に平打ちで頭を打たれ昏倒する。
もう一人は速さで勝るメネシオンに、手放す暇もなく持っていた水着ごと、みぞおちに飛び蹴りを食らい、前のめりに倒れた。
「は〜、スッキリした」
メネシオンは、前のめりに倒れる見張りの腰に足を乗せて押さえつける。ターニャはチュクチが持ってきた木のつるで見張りを縛り始める。
「助かる。チュクチ」
「いえ、ターニャさんも流石です」
見張り2人を木に縛り付け、一同は洞窟の入り口に視線を集中させる。
「洞窟なら、これが使えるかしら?」
千尋がパニエ替わりに腰に巻いている黒いマントを取り出すと、ターニャに渡す。
「なんで、私なんだ?」
千尋に差し出されたマントを、嫌そうに見ながらターニャは答えると、千尋はまたターニャが断れない様に言葉を選ぶ。
「使ってるところを見てみたいのよ?それに、私が使ったら全員死ぬわよ?」
快楽殺人者の矜持、趣味から、盗賊を殺す気など、さらさらない千尋だが、そう言えばターニャが断れない事を知っている。
「……分かった」
ターニャがマントを装備する。やはり日の光の下ではこの上なく悪目立ちする出で立ちだ。
「こんなに目立つのね……」
「だから、普段遣いやめたんだろう?」
悪目立ちする黒マントからジトッした目を覗かせるターニャは、文句を言うと洞窟へと入っていく。
一歩一歩ターニャが奥に進むに連れ、千尋達からもその姿が見えづらくなる。
「大したものね……」
洞窟の中はひんやりとした空気が流れていた。遺棄された鉱山なのか、所々木製の梁で補強されており、盗賊の根城にはお誂向きだ。
ターニャが木の扉を開ける。中は明るく照らされた部屋になっている。テーブルと椅子があり、3人の盗賊が酒を飲んで、日の沈む前から酒宴を開いている。
「あ?なんだ風か?」
赤ら顔の盗賊が、勝手に開いた扉を閉めようと部屋を出る。
「ぐっ!」
暗闇に身を潜めるターニャの一撃は的確に頭を捉えて、ブロードソードの平打ちで叩かれた盗賊は短い言葉を残して倒れた。
「おいおい、転けるほど酔ったのか?まったく……」
また1人、扉に近づいてくる。ターニャは部屋の中へ飛び出した。無警戒だった盗賊は首筋をブロードソードで打ち付けられて、痛みからしゃがみ込む。
「てめえ。何もんだ!」
「カール殿はどこだ!」
ターニャがマントのフードを下ろし、ブロードソードを構える。
「本当に、暗闇だと便利ね?」
部屋の中の緊張感など、興味がなさそうに千尋が入ってくる。メイドが入ってきた事に、しゃがみ込む盗賊が素っ頓狂な声を上げる。
「は?メイド……?」
「ごきげんよう、皆さん」
突然現れたメイドが、丁寧に礼をするので状況が分からず、盗賊の警戒心が緩慢になる。その隙を逃さずに千尋は、しゃがみ込む盗賊の顎を蹴り上げる。
顎を蹴り上げられた瞬間、盗賊が見たのは千尋のスラリと伸びたカモシカのような脚だ。直後盗賊は意識を手放し、その体は糸の切れた人形のように後ろに倒れる。
「相変わらず、よく思いつくのぅ?」
千尋のやり方の鮮やかさに、クロエが呑気に反応する。
「殺すよりは楽でしょ?」
「何なんだ!お前ら!」
一人残された盗賊が後ずさりしながら叫ぶ。
「ああ、まだいたわね。良かったわ、カールはどこ?」
メイド姿の千尋が、盗賊に笑顔で歩み寄る。盗賊には、それが堪らなく恐ろしかった。盗賊は部屋の奥に逃げるように駆け出す。
「くそっ!なんなんだよ……」
盗賊はカールを閉じ込めている牢の鍵を、必死に探す。千尋はゆっくりと距離を詰めていく。
ガチャッと鍵を開け、盗賊は牢の中に入る。食事も取らせてもらっていないのか、カールは朦朧とした意識で、盗賊と千尋を交互に見る。
「た……たす……け」
「ああ、良かったわ。生きていたのね……」
言葉とは裏腹に、千尋の顔には先ほどから変わらぬな笑顔が張り付いている。カールが生きていたことへの安堵感など、微塵も感じさせない。その愉快そうな笑顔が堪らなく怖い盗賊は、カールを抱きかかえようとする。
が、抵抗する力もないカールの体は重く、なかなかうまくいかない。そんな間に千尋も、牢の中に入って来ていた。
「来るな!こいつを殺すぞ!」
言うやいなや、盗賊はカールにナイフを突き立てる。後ろからターニャやメネシオンが牢の前までやってきて、人質に取られたカールをどう助けるか、苦虫を噛み潰したような顔をして考えている。
「あんた!」
飛び出そうとしたカンナをチュクチと、ハーゼが取り押さえる。こういった時の獣人の力は強く、恰幅のいいカンナをしっかりと抑えている。
「あら、困ったわ……。人質を殺されたら、あなたを殺さないといけない」
「は?」
盗賊はカールにナイフを突き立てているが、その切っ先は恐怖に震えている。
「だって、そうでしょ?私たちはカールを助けに来たのに、目の前で殺されたら……」
千尋が盗賊の顔を覗き込むように、顔を近づけ耳元で囁く。
「怒りに任せて、あなたを殺すしかない……」
盗賊は涙ぐみながら、ナイフを落とす。そして頭を抱えるようにその場に蹲る。
「た、たすけてくれ!」
盗賊は、壊れてしまった様に助けてと繰り返している。
「あら、そう……」
千尋は盗賊に興味がなくなったのか、牢を出てくる。そして肩をすくめて仲間たちを見る。
「残念だけど、後は任せるわね?」




