観光地 オルビス
勇者一行にカンナを加え、王都ルナミリアへと向かうフィル・ブライヤ家の馬車が出発したのは、昼過ぎのことだ。
「わざわざうちの旦那の為に、悪いね……」
「いえ、構いませんよ?私たちもチュクチとハーゼが帰ってきたら、出る予定でしたから」
笑顔で答えるアリシアに、カンナは胸をなで下ろす。料理屋に行ってからというもの、驚きが絶えず気疲れしていた。アリシアという存在がカンナの癒しになっているようだ。
「そうです。我らも王都へ向かう道中ですし、早いほうが助かります」
白銀の騎士となったターニャがそう言うと、何故か説得力や安心感が増している。
「そう言ってもらえると、有難いよ。騎士様」
ようやく緊張感から解放されたカンナがアリシアとターニャに笑顔を向ける。カンナがターニャを騎士様と称した事に、メネシオンは微笑み、ターニャと肩を組み身を寄せた。
「もう、立派な騎士様じゃん?」
「私なんて、まだまだだ。見た目だけだ」
見た目が勝っていると自覚して、自身を律するターニャだが、その表情は暗くない。シッカリと足元と前が見えている立派な騎士になりそうな気配を感じ、メネシオンは破顔する。
チュクチを真ん中に、メイド2人が御者席に座っている。そのうちの1人、千尋が振り返る。
「それで?旦那様はどこに寄る予定だったわけ」
千尋が、見た目だけは従者に見えるようにしながら、カンナに話しかける。
「次の宿場オルビスで仕入れたい商品があるって言ってたから、そこに寄ってると思うよ」
千尋が訪れたオルビスは大きな湖のほとりに出来た宿場町だ。湖畔には露店が並び賑わっているようだ。背伸びをして珍しそうに周りを観察する千尋に、チュクチが話しかける。
「ここオルビスは、泳いだり、釣りをしたり出来る湖が観光資源になっているんで、お魚が美味しいですよ?」
チュクチが千尋に説明した言葉に、ハーゼの膝の上で、丸くなっていたジャギーの耳がピクッと反応する。
「お魚、楽しみ?」
ハーゼがジャギーを撫でると、そっぽを向いたままのジャギーが興味なさそうに答える。が耳はチュクチの説明に聞き入っているようだ。
「ジャギーは魚は捕れないからね?用意されたら食べるけど……」
隣から聞こえるハーゼのクスクスと言う笑い声を聞きながら、チュクチは千尋に説明を続ける。
「お陰で王都からも結構人が来てるらしいので、盗賊団が出るなら、この先なのかもしれないですね……」
「じゃあまずは聞き込みね。ここで目撃されてるかを確認しましょう」
千尋がすっかり、人探しに乗り気になっている事にチュクチの頬が緩む。千尋はただ楽しんでいるだけだが、チュクチには自分の主が捻くれた優しさを内包していると見えているようだ。
オルビスに到着すると、カンナの旦那さんの目撃情報を探すこととなった。こういった話しになるとこの勇者一行は非常に強い。
「貴女の旦那さんの名前と、主に何の取引をしているのかを教えてくれる?」
メイド姿の千尋に矢継ぎ早に質問され、面食らったカンナは千尋の勢いに気圧されながら何とか返答する。
「えっと……。旦那の名前はカール。被服の商人をしてる」
「じゃあ、服行商人ね?」
そう言って千尋が、このオルビスの人々を見ると、この世界の住民が着ているものよりも薄着の人たちが目立つ。観光地化が進んだオルビスの露店では、水着のようなものや薄手の服が売られており、それはどこでも見たことのない、目玉商品になり得るのかもしれない。
「確かに現地で安く買って、王都で売り歩いたほうが利益率高そうね……。ここならではの服を売ってる店を探しましょう?」
千尋はその異世界人特有の思考で、目星をつけて聞き込みを開始する。
人数の多さを活かして、2人組に分かれて行動を開始する。メネシオンとシュナレが聞き込みに選んだお店は、所謂際どい水着を扱うお店でメネシオンは居心地が悪そうだ。
だが、対照的にシュナレは、自分の服装に近いものが飾られている露天を気に入り、楽しそうに店主に声をかける。
「オジサン。こういうのが好きなの?」
自分の店の水着よりも、際どい格好をしたシュナレに言われて店主はまんざらでもなさそうに答える。
「いや~。趣味半分、実益半分ってところだな?お嬢さんもいい趣味してるじゃないか?」
目の前の女がまさか魔族で、夢魔のシュナレと言われる悪名を持つなど思いもよらない店主は、自分の趣味を具現化したようなシュナレを褒め称える。
「ねぇねぇ、これすごくない?」
シュナレは飾られている水着を自分の体に合わせてみたり、メネシオンに合わせてみたりして遊んでいる。
「ちょっと。わたしそんなの着ないからね!」
「そんな事言うなよ。ついこの間も、王都で売れるんだって大量に買っていった商人がいるんだぜ?」
「ちょ?おじさん。それってカールって人?」
メネシオンは、シュナレに露出度の高い破廉恥な水着を押し付けられながらも、店主の言葉を聞き逃さなかった。
「そうそう。よく来るんだよ。知り合いか?」
「知り合い……じゃないけど、探してるんだよね……」
メネシオンは、破廉恥な水着を持つシュナレの手を押しのけながら、どうにか店主と会話を試みる。どうにか目的の証言を得ることができたが、目の前の悪友をどうするべきか、メネシオンは頭を悩ませている。
「買うかい?それ」
「買うわけ無いでしょ!」
そんな悶着に辟易したメネシオンが、合流場所の茶屋にやって来た時には水着をしっかり買わされていた。
「……最悪」
まるで純血を汚されたかのように落ち込むメネシオンだが、シュナレは満足そうな顔で笑っている。
「カールって人に水着売った人見つけたよ?」
まさかシュナレが、仕事をこなしてくるとは思わず、一同は驚いた。
「本当か!」
ターニャが椅子から立ち上がり、確認するとシュナレはニヤニヤと笑っている。嘘か真か分からないような反応をするシュナレにため息をつき、メネシオンが悪友の尻拭いをする。
「本当。この間売ったって言ってたよ……。詳しく聞こうと思ったら、変な水着売りつけられた」
ムスッとした顔で頬杖をつくメネシオンに、同情するようにターニャは、メネシオンの肩に手を置く。
「ご苦労だったな。メネシオン」
「なら、急ぎましょうか?こういうのは早いほうがいいわ」
またしても主導権を握る謎のメイド、千尋に呆れたような目線を送るカンナが、チュクチとハーゼに耳打ちする。
「あのメイドは大丈夫なのかい?」
「うん!千尋はこういうの得意だから。ね?」
ハーゼが微笑み、チュクチに同意を求める。チュクチは、カンナが言いたかったことはハーゼの解釈と違うのでは無いかと苦笑いで返す。
「ええ。まぁ……」
情報を集めてすぐにオルビスを出た千尋達を乗せた、フィル・ブライヤ家の馬車が街道を進んでいく。湖畔が近いだけはあり、森の緑が色濃く、街道の両脇には深い森が広がっている。
「これは盗賊団が好みそうな場所じゃな?」
鬱蒼と茂った森は、身を潜めるには最適そうな茂みがそこかしこに有り、一同が馬車の前後を警戒していると、チュクチが急に場所を止める。
「どうしたの?チュクチ」
千尋が声をかけると、チュクチとジャギーの鼻がスンスンと動いている。その様子を見てフィルミナの冒険を経験してきた面々は、その意味を理解して息を潜め警戒する。
「血の匂いだね……」
「はい」
ジャギーとチュクチがお互いの答え合わせをする。血の匂いと言う言葉にカンナの血の気が引き、顔を青染めさせる。
「うちの旦那かい!?」
「いえ。多分馬の血です」
顔色は戻らないがカンナは恰幅のよいその胸をなで下ろす。
一同が場所を降りて、チュクチとジャギーに案内されるように森へと足を踏み入れる。腰ほどまで伸びた草をかき分けて進むと、小型の馬車と首を落とされ、肉を取られた馬の死骸が転がっていた。
「うちの旦那の馬車だよ……」
カンナの言葉を待たずに中を覗いていた千尋が、人間味のない事を口にしてカンナを閉口させる。
「ここでは死んでないみたいね?」
「「千尋!」」
ターニャとメネシオンが千尋を咎める。事実をありのままに伝えただけの千尋は、悪びれるでもなく振り返ると反論する。
「生きてる保証もないもの。当たり前でしょ?」
千尋の言葉に、カンナは今にも泣きそうな顔になる。が、その絶望感を救ったのは大樹の冒険者、竜殺しの魔女クロエだった。
「サーマルトレース」
そうクロエが唱えるとわ馬車の周りの足跡が光り出す。森の奥へと続いていく光る足跡を見て、クロエはにやりと笑う。
「残念じゃったな、千尋。カール殿は生きておるようじゃぞ?」




