依頼人 カンナ
千尋達が、料理屋でそんな事を話していた少し前。チュクチとハーゼは、水汲みへと出かけていた。
通常3日程度で王都へ着くはずが、思ったよりものんびりとした日程で進んで、道中の水などの必需品を追加する必要があったからだ。
「本当に皆、のんびりだよね?」
ジャギーを肩に乗せ、ジャギーの顎を撫でながら他人事のように感想を言うハーゼに、チュクチは苦笑いで返す。
「まぁ、いろいろ巻き込まれてますし……」
奴隷商人の一件から、商人ギルドの依頼と千尋のそばで見てきたが故に、チュクチは千尋を擁護する。
彼からすれば、千尋は奴隷を解放して商人ギルドと話を付けて、依頼を解決した獣人に優しい主だ。過分に誤解があるようだが、チュクチ自身はそう信じている。
「確かに……。何かと、事件が起きるよね!」
当事者意識の欠片もないハーゼが、次は何が起きるのか期待しているように、スキップをするように歩く。
「ちょっとハーゼ。ちゃんと歩かないとジャギーが落ちるよ?」
そうジャギー本猫が、文句は言うものの器用にバランスを取り、ハーゼの肩から微動だにしない。
「あんたたちも、水汲みかい?」
ハーゼとジャギーのやり取りを微笑ましく見つめていた女性が声をかけてきた。
「ジャギーは違うよ?ハーゼの肩に乗ってるだけ」
見たらわかることを馬鹿正直に言うジャギーの言葉に女性は豪快に笑う。天を仰ぐように笑うその姿は、骨太の肝っ玉母さんを思わせるが、そんな薹が立っているようには見えず、見た目は二十代といったところだ。
「本当に、面白い子を連れてるね。このあたりじゃ、人に懐いたのはあんまり見ないから新鮮だよ」
「うん、崇めるといいよ」
耳の裏まで丁寧に顔を洗いながらそう言うジャギーに、一同が目を丸くする。
「クロエさんの性だね……これ」
ハーゼが呆れたように、そう言う発言をしそうな人物の名を挙げると、女性が反応する。
「クロエ?どっかで聞いたね?」
腕を組み考え込みながら、井戸の列に並んだ女性だが、降参とばかり腕組みをやめた。
「クロエさんはね〜。竜殺しの魔女なんだよ?」
アリシアの屋敷からずっと、クロエの面倒を見てきたハーゼが誇らしげに紹介すると、女性の目の色が変わる。
「竜殺しの魔女……」
「どうかしましたか?」
その女性の真剣さにチュクチは違和感を覚え、思わず聞いてしまう。すると女性はまた腕を組んで考え出した。
井戸の列が少し前に進み、もう少しで女性の順番という時に、ポツリと女性がつぶやく。
「その人は、強いのかい?」
「ええ、まあ。頗る」
チュクチの冒険者ギルドでも、クロウのように大樹のバッジをつけているものは少ない。
そういった事情を知っているからこそ、チュクチは頗ると口にしたが、即答しない所にチュクチのクロエに対する信頼の度合いが見て取れる。
「実はうちの旦那が帰って来ないんだよ?」
「……はっ!浮気!?」
色恋に憧れる年頃のハーゼが、不貞かと不謹慎に目を輝かせる。
「そういうのじゃないよ?うちの旦那、商人をやっていてね……。王都までの道中で、なんかあったんじゃないかと……」
水を汲みながらハーゼに説明する。女性は汲み終わった水を肩に乗せるとチュクチとハーゼを見る。
「私はカンナってんだ。無理を承知で言うがそのお強い魔女様にうちの旦那を……。探してもらえないだろうかね?」
「ええ、いいですよ?」
チュクチは即答した。元冒険者ギルドの職員として知っているのだ。クロエが困ってる人の依頼を断るようなエルフではない事を。
水の調達を終えたチュクチとハーゼが、カンナを連れ立って料理屋に戻ってくると、丁度メネシオンが項垂れているところだった。
「どうしたんですか?メネシオンさん」
呑気に帰ってきたチュクチに、メネシオンはため息をついた。
「……あ、ごめん。チュクチのせいじゃない」
メネシオンの視線の先には、悪巧みでもするかのように机を囲むメイドと魔女、そして魔族の姿がある。
チュクチはメネシオンの視線だけで、意味を理解して苦笑いをする。行方不明の旦那を探しているカンナに、この状況を見せていいものかと逡巡したが遅かった。
「大丈夫なのかい?あの人たちは……」
「悪い人たちではないんですけど、ちょっと特殊な人たちでして……」
チュクチが、そんなふうに千尋達のことを紹介しているのが聞こえたようで、厭味ったらしい笑顔で千尋がチュクチを見てくる。
「あら、チュクチも言うようになったわね?」
なんとも偉そうなメイドに、カンナは閉口して苦笑いを浮かべでいる。内心ではこんな連中に頼んでよかったのかと後悔しているのかもしれない。
「まったくじゃな……。で?そのおなごはなんじゃ?」
「おなごって……。あんたも同じくらいじゃないのかい?」
クロエが帽子姿の為、耳が見えていないカンナには、体格や背格好が似ているクロエを同じくらいの年齢と誤解しても仕方がないのかもしれない。
おなごと言われて、やや不服そうに背筋を伸ばして椅子に座るクロエを見つめるカンナをみて、ハーゼが助け舟を出すように、だが、誇らしげに紹介する。
「この人がフィルミナの竜を討った、あの竜殺しの魔女!クロエさんで〜す!」
「いや、フィルミナの竜ってのは、三百年前くらい前の話だろ?そんな訳……」
そう言ったカンナは、ハーゼの自信にあふれてた笑顔と、申し訳なさそうに頷くチュクチを見て、ようやくそれが真実だと理解したようで、目をパチパチと激しく瞬きをする。
「こう見えて齢三千歳のエルフなんです……」
チュクチが補足して一般人には、三千歳のエルフという現実を受け止めるのには時間がかかるのだろう。そこでチュクチが井戸端で出会ったカンナとの経緯を、仲間たちに説明する。
「なるほどのう……。それで妾か……」
うんうんと頷き、まんざらでもなさそうにクロエが顔を緩ませる。なんだかんだと冒険者としては頼られるのはうれしいようだ。
「勝手に了承してきたわけ?」
クロエとは対照的に面倒くさそうに、千尋は椅子に座り頬杖をつきながらカンナを見る。
「クロエさんなら断らないと思いまして……」
「なるほどね?」
クロエの顔を見る限り、チュクチの見立ては間違っていない。飼い犬の成長を喜ぶように千尋は口角を上げチュクチに微笑む。
「じゃあ、行きましょうか?王都へむかったのなら、同じ道を辿るわ」
何故か主導権を握るメイドに困惑するカンナに、チュクチとハーゼが頷き、カンナを安心させようとするが彼女が状況を理解するには、もう少し時間が必要になるようだ。




