幕間 ジャギーの朝
ジャギュアの子、ジャギーの朝は早い。夜明けよりも早く起き出しては、大きなフィル・ブライヤ家の敷地を縄張りに狩りを行う。
いつもの様にげっ歯類を仕留め、意気揚々と部屋に戻ると、今日は珍しくハーゼも早起きだった。部屋の中をひっくり回しては大きな鞄に荷物を詰めている。鼻歌交じりに楽しそうに、作業している。
「ジャギー、おかえり。ごはんは?」
ハーゼがジャギーに話しかける。何故かハーゼはジャギーによく話しかける。それが何故だか生まれてすぐに親とはぐれて一人で生きることになったジャギーにはよく分からなかった。
しかしながら、最近はハーゼの言っていることが理解できるようになっていた。言葉を学習しハーゼの行動の意味を理解出来るようになっていた。
しゃがんで必死に鞄を閉めようとしているハーゼの背中に、ジャギーが飛び乗る。わずかに加わったジャギーの体重と飛び乗った勢いで、ハーゼの鞄はしっかりと閉まる。
「ありがとう、ジャギー」
「気にしなくていいよ?」
ハーゼが目を丸くする。そして満面の笑みでジャギーを抱き上げた。ジャギーにも意思がある。助けてくれたのはカレンから千尋になったメイドだったが、飼い主を自称するハーゼにも恩義を感じていた。
その気持ちが口をついて出ていた。そしてひとりぼっちだったジャギュアの子は理解する。ジャギュアは大きくなったら喋るのだと。
「やっと言葉を覚えたのね?旅に間に合ってよかったよ〜」
ハーゼはジャギーの腹に顔を埋めるように抱きつく。
「旅に出るのかい?ジャギーも?」
ハーゼはジャギーの頭を撫でながら、いたずらっぽくっ笑う。
「そうだよ、ジャギー。わたし、ちょっと忙しいから千尋を起こしてきてくれる?」
「仕方ないね、任されたよ」
少し間違っている言葉遣いで、尻尾を立てて部屋を出ていくジャギーを、ハーゼは微笑みながら
見送った。
ジャギーが、器用に千尋の部屋のドアノブに飛びつく。前足を使いドアノブを抱え込むとゆっくりと部屋へ侵入した。
「まったくいつまで寝てるんだか?」
仰向けにすやすやと眠る千尋の上にジャギーが飛び乗る。元野生動物とは思えない行儀の良さで、千尋の胸の上に座ると声を上げた。
「ほら、朝だよ」
ジャギーが喋った。
「分かってるわ、チュクチ……」
チュクチは旅の支度で忙しい。ハーゼも同様だ。意外と低血圧で朝の弱い千尋を起こしてきてとハーゼに頼まれて、ジャギーが起こしに来たのだ。
「もう!チュクチと間違えるなんて……」
後ろ足で器用に耳をかきながら、ジャギーは当たり前のように不満を漏らす。その反応と、胸を圧迫する感覚に千尋の意識は覚醒していく。
「やあ?起きたね」
「ジャギー?」
ジャギーは起きた千尋にマーキングをするように頬擦りをする。
「そ、ジャギーだよ?」
「なんで喋ってるの?」
微動だにせず千尋は目の前の猫のような獣に問いかける。
「そりゃジャギュアだもの。大きくなったら喋るよ?」
「あり得ないでしょう?」
千尋の世界の猫は話さない、そんな事をこの異世界の猫のような獣は知る由もなく、ジャギーがキョトンと首を傾げる。
「起こしにきたことかな?」
「会話してることよ」
「そりゃジャギュアだもの。大きくなったら……、さっきもこの話しなかった?」
首を捻るジャギーとは埒が明かない。何でしゃべるのか問いただしても、同じ返事が来ると理解した千尋は徐に起き上がる。
「いいね、やっと起きる気になったね?」
ジャギーはベッドから飛び降りると、長い尻尾をピンと立てて歩き出す。
「ついておいでよ?皆、旅の支度で忙しいんだ」
「……わかったわ」
最低の起床だったが、気分は悪くない。部屋を出るジャギーに、相変わらず着替えもせず寝間着でついて行く千尋だった。
「あ、千尋!おはよう。ジャギーありがとね!」
旅に持っていくのか何枚ものリネンを畳ながら、ハーゼはジャギーに礼を言う。
「なあに、大したことないよ?」
「大したことあるわよ……、いつから喋りだしたの?」
ハーゼは、ああ。そうでしたという様に苦笑いをした。畳終わったリネン類を抱えて歩きながら千尋の質問に答える。
「そうなの!今朝から喋りだしたの!」
千尋はため息をついた。どうせだめだろうと思いながら、この世界の常識を問いただす。
「なんで喋ってるの?」
「何でって、ジャギーは大きくなったら喋るよ?」
飼い猫は飼い主に似ると言うが、本当にそうなのだなと千尋は理解した。ハーゼとジャギーの頭の構造が一緒な事と、この世界の猫は喋る事を。




